31F 職人に魅せられて ②

31F-②


彩希は、新之助も同じようなことを思っているのではないかと、鼓動が速まっていく。


「私は、これを食べて、『福々』のどら焼きを思い出した」


彩希の言葉に、新之助は黙ったままうなずいた。

それでも、さらに後押しするようなセリフは、出てこない。


「ねぇ、おじいちゃん……もしかしたら、これにお父さんが関わっていないかな」

「彩希」

「『和茶美』には、色々なところで修行をした職人さんが数名働いているんだって。
以前、友達から聞いたことがあるの。でも、職人に注目が集まると、
商品が前に出なくなるからって、どういう人がいるのか、まるでわからない。
だから、今回、会わせて欲しいとお願いしたけれど、それは無理だって断られた。
でも、全然、確信がないけれど、思い込みだろうけれど、でも……」


彩希は、父、晶につながる何か、小さなヒントがここにあるような気がすると、

そう新之助に訴える。


「彩希……」

「はい」

「これは違うよ」

「エ……」


新之助は、これを作ったのは晶ではないというと、

カツノがよこした湯飲みに口につける。


「おじいちゃん」

「このどら焼きは晶ではない。
確かに『皮』も『餡』も、『福々』を思い出したという彩希の気持ちはわかる。
でも、晶はこの味にはしない」

「……どうして? どうしてそう」

「これは、むしろじいちゃんの味だ。晶なら、もっと別の切り口がある。
それは職人を辞めた今でもまだまだわかるぞ」

「おじいちゃん、でも……」

「でもじゃない。彩希、あんまり思い悩むな。今はこれくらいのものを出す店はある。
研究熱心の人なら、出せるものだ」


新之助は確かに美味しかったがと、笑顔だけは残す。

彩希は、新之助の反応が思っていたものと違ったため、力が抜けてしまった。

そこからはカチカチと時計の音だけが部屋に響く。


「ほら、彩希。お茶、飲みなさい」

「うん」


もし、新之助も同じように思うのなら、なんとしても栗原に頼み、

職人と会わせてもらおうと思っていたが、新之助にあっさりと否定され、

その小さな期待が、一気にしぼんでいく。


「そうか、これが『伊丹屋』になぁ」

「うん……」


新之助は、残りの半分をカツノに渡し、湯飲みを持ったまま、窓の外を見る。


「そっか……違うんだ」


彩希は、カツノに出してもらったお茶と、もらい物のカステラを味わった後、

『あゆみの丘』を出た。





彩希は駅まで戻ると、ホームのベンチに腰かけた。

拓也にも、可能性は低いとそう言ったものの、心のどこかでは父ではないかと、

思い続けていた。新之助が自分の意見に賛同してくれたのなら、

なんとしても栗原に頼んで、会ってみたいと思っていたのだが、

あの口ぶりから、やはり思い込みだったかとそう考えを変えていく。

彩希は、以前聞いた純の携帯番号を呼び出し、

お礼と報告会の日付を決めようと番号を押す。

何度目かの呼び出しで、純の声が聞こえた。


『はい』

「すみません、江畑です」

『あぁ……はい』

「今回は、色々とありがとうございました」


まずは、『和茶美』のお礼と、無事に戻ってきたことの報告をする。

純は、満足できたのならよかったですと、そう彩希に告げた。


『それで、僕への報告会参加許可は、いただけますか』

「はい……」

『そうですか、それはよかった』


純は、それならばと仕事が終わってからの時間を、指定した。

彩希は頷きながら聞き続け、『あさって』という時間で決定する。


『お会いできるのを、楽しみにしています』

「はい」


彩希は電話を切ると、電車が来るはずの線路に目を向けた。





彩希が帰った後、カツノはホームで親しくなった女性と、

談話室で世間話をしながら、午後の時間を過ごしていた。

いつもなら、同じ場所でテレビを見ている新之助の姿はない。


「ちょっとごめんなさい」

「はいはい」


カツノは新之助がどこに行ったのかと、一度部屋に戻る。

新之助は椅子に座ったまま、窓からの景色を見ていた。


「おじいさん、談話室で将棋をみなさんしてますよ、行かないのですか」


カツノがそう声をかけると、新之助は『うん』と頷き、何やらポケットに入れた。


「そうか、そうだったな。勝負だ、勝負だ」


新之助はカツノの横を通ると、談話室に向かっていく。

カツノは彩希が来てから、どこか考え事をしているような新之助を見る。

そういえばと思い、ゴミ箱をのぞくと、彩希がくれたどら焼きの袋がなくなっていた。



『ねぇ、おじいちゃん……もしかしたら、これにお父さんが関わっていないかな』



カツノはもう一度、包み紙が落ちていないかと、部屋の中を確認した。





『有給』を取り終えた彩希は、次の日から仕事へ戻ることになった。

『秋のイベント』準備が、しっかりと終了したら退社をしなければと思いながら、

2階の『第3ライン』に到着すると、

武とエリカが、朝から何やら話しこんでいるのがわかる。


「これはなぁ……」

「そうですよね、飛び込みだし」

「おはようございます」


彩希の挨拶に、エリカも武も返事をしてくれたが、視線はまたすぐに戻っていく。

彩希は自分の席に座り荷物を置くと、

イベントのミニポスターをお得意様宛の封筒に入れるため、丁寧に折り始めた。


「そうよね、ここまで決まっているのだから、ちょっとスペースが難しいかも」

「広瀬さんは……」

「まだみたいだけど」


彩希が二人の前を見ると、何やら大きな包み紙があり、

そこには1枚の名刺が置いてあった。


「確かに『キセテツ』の沿線ですし、
うちが採用すれば開店前に向こうも話題にもなるでしょう。
こういう機会に取り上げてくれという気持ちも、わかりますけど」

「そうよね……奥さんの腕は間違いないとしても、結局、実績がないからな」


エリカはそういうと、紙袋を開けた。

出てきたのは、野菜の甘みを生かした、『スポンジケーキ』になる。


「あ、そうだ、江畑さん」

「はい」

「これ、食べてみてくれない?」


エリカはそういうと、一切れになったスポンジケーキを差し出した。

彩希はそれを受け取る。


「今朝一番にね、『第1ライン』の方から、直接売り込みがあったの。
元々、このお店のご主人が、うちに出入りしている業者さんで、
知っている方らしいのよ。お店が来週オープンなんだって」

「……オープン」

「そうなんだよ、普通なら実績がないし、もう決まっているからと断るわけだけれど、
でも、パティシエになる奥さんは、実は2年連続、
手作りのお菓子を作るコンテストで『賞』を獲るような人なんだ。
この人のお父さんも、亡くなるまでずっと洋菓子の職人をしていた人で、
まぁ、才能は家族譲りと言うことなのだろうけれど……」


武は、『話題性』を考えるだけなら、魅力的なところもあるがと、

資料の紙をもう一度見る。


「まぁ、大山君、ここは無理しないほうがいいわ。
やっとバランスまで決めたわけだし」

「まぁ、そうですよね」


二人の話を聞きながら、彩希はとりあえず商品を味わうことにする。

ビニールを取り、スポンジケーキに触れた。



『親子揃って、洋菓子の職人』



彩希は、自分と違い、父親の思いを引き継げた人の作品を見た。

しっとりとしたケーキの表面に鼻を近づけると、甘い香りが向かってくる。

手で半分に割り、少し大きめサイズのまま、ほおばってみた。



31F-③




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