31F 職人に魅せられて ④

31F-④


彩希が向かったのは、野菜のスポンジケーキを作る『コートレット』という店だった。

とはいえ、まだオープン前のため、シャッターは閉まっている。

材料を納品していたのだろうか、業者が車で出て行くところとぶつかり、

彩希は道を空けるように体を横にした。

広くなった駐車場から、窓に向かって進み少し背を伸ばす。

人の動く気配がしたため、持ってきたメモを見て、

住所が間違っていないことを確認し、彩希はインターフォンを鳴らした。

『はい』という声が聞こえ、ゆっくりと玄関が開く。

扉の隙間から顔を出したのは、髪の毛を束ねた女性だった。


「すみません、『KISE』から来ました、江畑と申します」

「……はい」

「秋のイベントについてのお話を、させてもらおうかと……」


「……エ?」


まさか『KISE』の人間が直接ここへ来るとは思わず、

女性は慌てて玄関を開けてくれた。彩希は丁寧に頭を下げる。


「あの……スポンジケーキをいただきました」

「あ……エ? いえ、はい」

「実は、秋イベントの参加店舗については、すでに選考が終了していて、
今から入るのは、難しいかもしれません」


女性は、慌てて中へどうぞと彩希を案内する。

彩希は『ありがとうございます』と挨拶をし、店内に入れてもらった。

機械はすでに運転を開始しているのか、甘い匂いが鼻に向かってくる。

彩希は、道具も丁寧に扱っている女性の姿を見た。


「すみません、『KISE』の方にそんなことをお願いしたのは、きっと主人です。
主人は、『KISE』に入っている生花店で働いているものですから。
ちょっと出かけてくるって、朝からいなくて。少し前に電話があったんです。
『KISE』に頼んでみたって」


申し訳なさそうにそう言ったのは、

『コートレット』のケーキを作った『吉原しのぶ』だった。

しのぶのご主人『吉原恭平』は、仕事の関係者を通じ、

『第1ライン』の担当者に『スポンジケーキ』を持ち込んだ。


「幼い頃から、ずっと『キセテツ』の沿線に住んでいるのですが、
4年前に亡くなった父も、ケーキ職人だったものですから、
いつかは自分のお店を出したいと、そう思っていて。
何度かコンクールでも、賞をいただけるようになりましたので、
ここはと勇気を出して……」


しのぶは父の思いを受け継ぐ店が、やっとここに完成しそうだと、

工事の人たちを見ながらそう言った。

彩希は、『父の思い』を受け継ぐしのぶに対して、うらやましいという思いを持つ。


「お父さんの思いを受け継げるなんて、素敵ですね」


彩希は、自分の父と祖父は『和菓子職人』だったけれど、

今はお店も無くなってしまい、自分は職人にはなっていないのでと話していく。


「和菓子ですか」

「はい……」

「お店のお名前は……」


彩希は『福々』と言いますと同じく『木瀬電鉄』沿線にあったと話す。


「『福々』、知っています。北住の方にありましたよね。
私、何度か買ったことがあると思いますよ」

「本当ですか?」

「はい。小さい頃から甘いものには目がなくて」


しのぶは和も洋も両方好きだからと、笑顔になる。

彩希は、『福々』を知っている人とまた出会えたことに、自然と口元が緩む。


「吉原さんのお父さんは、どこかでお店を?」

「いえ、父は洋菓子職人として働いていただけです。
もちろん、お金を貯めたら自分の店をという夢はあったはずですが、
そうなる前に亡くなったので」

「そうでしたか」


彩希は、しのぶのケーキについて、味も美味しかったし、価格設定もいいので、

『味の旅』に出したとしても、それなりに動きがあると思うことを話す。


「ただ、会場の設定はほぼ終わってしまっているので、
今からそこに割って入るのは、正直、難しいようです」

「わかります。私もまさか、主人がと驚いていますので」


しのぶはご迷惑をおかけしましたと言うと、次回のチャンスにはぜひと笑顔を見せる。


「あの……」

「はい」

「あくまでも、まだ未定のご相談なのですが」


彩希の提案に、しのぶは小さく何度か頷いた。





「新規の飛び込み?」

「そう、開店前の店。確かに野菜を使ってあって、味も美味しかったと思うけれど、
もう、配置もほぼ決めたし、今冒険する必要はないと思っていたのよ、でも……」

「でも……ということは、決めたわけだ」

「江畑さんがね、とにかく味を気に入ったみたいで、職人に直接会って交渉してきたの。
もちろん、店舗はもう空きがないから、色々と工夫するつもりなのだけれど」

「ほぉ……工夫ね」


純は、隣に座るエリカに近付き、具体的にはと問いかける。

エリカは、当たり前のように横を向く純を見た。


「悪いけれど、ここからは言わないわよ、秘密」

「秘密? どうして」

「どうしてって前にも話したはずよ。純は『伊丹屋』の人間でしょ。
『KISE』にとっては、ライバルだもの。私はスパイじゃないですし」


エリカはそういうと、ワインのおかわりを注文する。


「ライバルか」

「そうよ……」


エリカの言葉に、純もそうだねとうなずき返す。


「明日、彼女に直接聞くことにするよ。江畑彩希さん」


純は、明日、『和茶美』の『彩』を買えるようにしたお礼の食事会だと、

エリカに説明する。


「食事会って……また妙な企みをしているのでしょ」


エリカはそういうと、純の股を軽く叩く。


「妙な企み? 変なことを言うなよ。僕は正々堂々と交渉するつもりだよ。
『KISE』からうちに移りませんかと」


純は、条件面でも絶対にうちの方が上だと、そう言い続ける。


「純……」

「何」

「正々堂々? どこがよ……前に私も言ったわよね。
彼女は広瀬さんのために動くって。あなた聞いていなかったの?」

「いや、確か聞いた気がするね」

「だったら無駄でしょ。いい? 結果的に、飛び込みの『コートレット』は採用になった。
その工夫した方法というのは、江畑さんの頑張りを生かそうとした広瀬さんが、
担当の大山君を動かしたということなの。あの二人は気づいているのか、
いないのかわからないけれど、互いの力が加わると、そのパワーが倍になる」

「うん」

「でも、相手が誰でもいいわけではないわ。純にはそれが出来ないと思うけれど」


エリカは、『伊丹屋』は元々力があるのだから、

あえて面倒なことをしなくてもいいのではないかと、そう言い返す。


「江畑彩希が、広瀬のために頑張ろうとするのはわかる。
誰でも同じようにはならないだろうという君の分析も、理解はする。
でも、だからといって、ただ黙ってみているのは、僕の性分にあわない」

「……ん?」

「まぁ、ここからは企業秘密だ。
エリカの言うとおり、『KISE』は『伊丹屋』のライバルだからさ」


純はそういうと、軽く笑ってみせた。





次の日、彩希の姿は『KISE』の売り場にあった。

復活した『チルル』の売り上げは相変わらずの好調ぶりで、

以前、食事会で試食した『ライナス』の新しいケーキも、客足が伸びる。

『東栄百貨店』との時給が10円違うと、愚痴をこぼしていた竹下や高橋も、

年中痛くなる足や腰と戦いながら、今日もお客様のために動いていた。


「バタちゃん、ねぇ、これ、向こうに運んでくれる」

「はい」

「あ……これもお願い。もう、足が棒なのよ」

「わかりました。すぐに動きます」


彩希の使われようも、『第3ライン』へ行く前とそう変わらないまま、

その日も昼休みを迎えようとする。

すると、小さなブーケを持った男性が、売り場をキョロキョロしながら、

歩いているのが見えた。若い男性に目がない竹下が、何かをお探しですかと、

すぐに声をかける。


「はい、こちらに江畑彩希さんという方は」

「あら、バタちゃんですか?」


竹下は、荷物をまとめて出してこようとしている彩希を、そこから呼び止めた。

彩希は、台車を持ったまま、振り返る。


「はい」

「あ……どうも」


彩希を見つけた男性は、そのままこっちに近付いてくる。

彩希は、誰なのかわからないまま、軽く頭を下げた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【31】鳥取   白ウサギフィナンシェ  (バターとアーモンドプードルの風味が広がるフィナンシェ)



32F-①




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント