33F 寂しく光る小さな灯 ②

33F-②


「どうした。君は昔から、上司に止められても、
自信があるものに関しては一歩も引かなかったと、そう聞いているが」


佐々木は、それが難しいと思うのなら、『リリアーナ』に関してだけは、

創業時からの約束をしっかり守りなさいと、そう提案する。


「新商品はうちから出すこと、限定商品も作ること。
それを約束してもらわないと、関係はますます崩れていくぞ」


佐々木はそういうと前を向く。

拓也は、『味の旅』に出てくるお店の状態を、色々と考えた。

『夢最中』を始めとし、『キセテツ』の路線図から出てくるお店を、

集めてみたのが、今回の『味の旅』だった。

ちょっと足を伸ばせば、少し気分を変えて電車に乗れば、こんな味に会えるという、

小さなチャレンジを生み出す企画になっている。

しかし、大量の商品を仕入れ、売り上げをアップさせるようなものは、

何も組み込んでいない。佐々木はその状態を知りながらも、

あえてこの段階になって、そういった難しい条件を拓也に押し付けてきた。


「益子と君が、どれだけ企画に自信を持っているのか、
私はじっくりと拝見させてもらうよ」


佐々木はそういうと、拓也の横を通り会議室を出る。

拓也の背中越しに、扉の閉まる音が、重たく聞こえた。





「はい……わかりました。でも……」


新之助とカツノから、佐保は電話を受け取っていた。

群馬に住む友人が、入院することになり、

その前に二人揃って会いに行きたいというもので、

施設側に外出許可を取ってくれないかと、そういう電話だった。

入所したものが単独で外出するのには、家族の同意が必要になる。

佐保は突然の申し出に驚きながらも、二人一緒ならそれもいいだろうと思い、

明日にでも連絡をしますと、受話器を置いた。





「それじゃ、失礼します」

「あ、お疲れ……」


彩希が階段を降りるのとすれ違うタイミングで、喫煙所から拓也が戻ってきた。

帰り際に掴まえようと思った彩希の姿は、すでに見えなくなっている。


「あれ、江畑は」

「あ……バタちゃんなら今、帰りましたよ。ほんの1分くらい前……」


まつばにそう言われ、拓也はそうかと返事をする。

『明日また』という思いが頭をよぎったが、足は頭とは違った指令に動き、

彩希をすぐに追いかけた。

拓也は階段を降りながら、やはりこのまま純が何を言ったのか、どんな話をしたのか、

明日まで知らないで済ませられる気がしなかった。

受付側の扉を開くと、正面玄関の前に立つ彩希を見つける。

拓也がすぐに声をかけようとしたが、彩希の目の前には冬馬が立っていたため、

その言葉は出ないままになった。


「冬馬……」

「よぉ……昨日言ったよな、明日はって」


彩希が本社の玄関から出ると、冬馬は、見ていたスマホから顔をあげ、

すぐに声をかけてきた。

冬馬は、ここに来る前に売り場に行って聞いたら、今日は本社勤務だと言われた話をする。


「あ、うん」


彩希は正直、冬馬と食事をしに行くという昨日の『軽い約束』を忘れていたが、

ここまで来られてしまうと、冷たく断ることも出来なくなる。


「行こうぜ、すごいうまい店なんだ」

「……うん」


彩希はせっかくだからとそう思い、冬馬の後についていく。

拓也は二人が一緒に歩き出す様子だけを見た後、

声をかけることなく2階の『第3ライン』に戻ることにした。

勢いよく下ってきた階段を、一歩ずつ昇って行く。


「あ、広瀬さん、お疲れ様です」

「あぁ……」


戻ってきた拓也とすれ違うように、まつばが部屋を出て行ったので、

『第3ライン』内には誰もいなくなった。

拓也はきちんと片付けられている、彩希のデスクを見る。


「ふぅ……」


ほんの少し姿を捉えただけだったが、

以前、怪しい仕事をしていた頃の冬馬とは、雰囲気がまるで変わっていた。

服装にも姿勢にも、何やら自信が見て取れるくらいだったが、

その強引なくらいの変化振りに、正直、また別の不安が上がりだす。

冬馬が電話をかけてきた時、

『三成不動産』で先輩だった杉山が興した会社にいるとそう聞いた。

当時のことを思うと、3年先輩の杉山は、何も躊躇無く仕事に取り組み、

小さな嘆きなどは、全て払いのけていた。

聞く耳ばかりを持って、考えがまとまらなくなる営業マンもいる中で、

いい意味でも悪い意味でも『ブレ』がない男、

そういうイメージを、今でも思い浮かべることが出来る。

彩希にとって冬馬は、過去も知っている気心のしれた相手であることは間違いなく、

仕事をしっかりしてくれたとなれば、二人がまた距離を近づけることに対して、

自分があれこれ言える立場ではないこともわかっていた。

もしかしたら、純と話した内容に関して、少し立場が離れた冬馬に対して、

相談をするつもりなのだろうかとさえ思えてくる。

拓也は、椅子に座ると両手を頭の後ろに組み、天井を見た。


たとえ、『福々』との過去があっても、言いづらい立場になったとしても、

冬馬より自分の方が頼られていないのかと思うと、やはりどこか寂しく、

そしてなぜか怒りまで湧き上がる。



彩希が一番願っていること。



『江畑晶』という人物が、今、どこで何をしているのか、

それを調べる糸の先さえ見えない状態に、『ジレンマ』とはこういうものなのかと思い、

拓也は、一度帰り支度をしようと思ったが、またポケットのタバコを握ると、

喫煙所に向かった。





冬馬が彩希を連れて行ったのは、とある店だった。

1、2階は数件の店が入り、3階以上は賃貸マンションになっている。

冬馬が入ると、店員はすぐに席へ案内してくれた。

そこは窓があり、道路の反対側がよく見えるようになっている。


「食べるものは俺に任せて」

「……うん」


彩希は、店から見える景色に、どこか違和感を持った。

駐車場と小さな店、そしてその奥にある古そうなアパート。

しかし、周りは穴だらけのように、家との感覚が空いている。

冬馬は、彩希の視線に気付き、『どう思うのか』と尋ねた。


「どう思うって?」

「前に見える景色だよ。あの駐車場のところから、ほら、後ろにあるアパートまで」


冬馬は、ここにこのビルと同じオーナーがマンションを建てるのだと話し出す。


「マンション? でも、まだ家が」

「そんなもの、あっという間にさらってみせるよ」


冬馬は、古いアパートは自分が立ち退きさせたと、そう自慢げに話し出す。

彩希の視線には、全体的に暗い空き地の中に、潰れそうになっている古いアパートが入り、

その中に1件だけ明かりがついているのがわかった。


「まだ、あの部屋には人がいるみたいだけど」

「あぁ……頑固な中年男が一人ね」


冬馬は、もう出ることが決まっているのに、ギリギリまでどかないから、

予定より早めに工事を開始したのだと、そう言い始める。


「工事って?」

「ほら、駐車場のところ、掘り起こしているだろ。重機を入れて、朝からやっているよ。
ここは元々、住宅が少ないし」

「でも、まだ……」


5軒並んでいる家の中に1つ、駐車場の隅にある家が1つ、確かに明かりがついている。


「決まったことなんて覆せないし、金だって渡してあるのに、
何が面倒なのか、朝からうるさいこの土地に、ギリギリまでいるんだって」


冬馬はそんなことより、自分の仕事振りが認められて給料がまた上がったと、

目の前の彩希に言い始める。


「うちの会社、とにかくすごいんだ。やればやった分、あげてくれる。
大卒の連中がもらえる給料以上だと思うぞ。自分でも驚くけどさ……」

「冬馬」

「何」

「出て行ってもらう期限が決まっているのに、どうして工事を早めて始めたりするの?
今までみなさん、静かに暮らしていたのでしょう」


彩希は、昔、『福々』を追われて出て行った時の記憶が、蘇ってくるのを感じ、

寂れていく町の姿から目をそらした。


33F-③




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