33F 寂しく光る小さな灯 ③

33F-③


「どうして、弱い人たちを追い込むようなこと……」

「追い込む? 違うよ。区切りをつけさせているだけだ。
甘い顔をして待っていると、あぁいう連中は、聞こえないふり、
わかっていないふりをして、居座るって先輩から言われている。
もう、戻れない、出来ないって突きつけないといけないんだよ。
俺は、当たり前のことをしているだけだ。実際、新しく出来るマンションを期待して、
引っ越しをしようとしている人たちだっているんだぞ」


冬馬はそういうと、自分はきちんと相手に援助しているとそう宣言する。


「『福々』とは違う。『福々』は、ウソをつかれたんだ、結局付け込まれただけだろう。
あの時、色々な店があって、立ち退きがイヤだって顔をして
実際には、お金を釣り上げて出て行った人もいるし、交換条件を出して、
優位に交渉を進めた人もいる。それは杉山さんからも聞いた。
『自分のこと』を考える人間が、この世は得をするんだ。
その競争の中に、俺たちは生きているんだぞ」


冬馬は、この仕事と向き合って、初めてそういう気持ちが芽生えてきたと宣言した。

負けたくないから、周りの人など構っていられないと言ってみせる。


「俺は勝負に勝ちたいんだ。人の顔を見ながら、這い蹲るのはもうたくさんだ」


冬馬は彩希の顔を見る。

彩希は冬馬の力強い訴えに、それを間違っているとは言えなくなった。

そこからは寂しそうな明かりを見ないようにしながら、食べ進める。


「彩希……」

「何?」

「お前、あいつのところでまだ仕事しているんだ」


『あいつ』というのは拓也のことだと、彩希にはすぐわかった。


「秋のイベントが目の前なの。今、勝手に抜けたら、みなさんに迷惑がかかるから。
それは出来ない」


彩希は、『第3ライン』に残っているのは、あくまでもイベントのためと強調する。


「お前が頑張ったって、何一ついいことなんてないのに」


冬馬はそう言ったものの、彩希から拓也への思いが抜けないのかと、

あらためてそう考える。


「そうかもしれないけど……」


彩希にとって、出てきた食事は美味しいものばかりだったが、

心だけはどうにも逃げられず、せめて暗闇にポツリと光る、

小さな明かりは見ないようにしながら、食べ続けた。





『勝負に勝ちたい』



彩希は、冬馬の言葉を帰りながら、何度も頭の中で繰り返した。

目指す大学に入ったものの、そこからの夢の地図を描くことが出来ず、

結局、中途半端に時間を使ってきた。

彩希の前に顔を出し、こっそり立場を利用しようとしていた頃に比べたら、

今の冬馬の顔は、自信満々に上を向いている。

彩希は『それでもやはり』という言葉を、頭の中に出しながら、

何度も消しゴムで消し続けた。





「ただいま」

「おかえり、彩希」


佐保は居間から声を出し、部屋への階段を上がる彩希を見る。


「ねぇ、彩希」

「何」

「群馬にいるおじいちゃんたちの友達って、知っている?」

「群馬?」

「そう……」


佐保は、学生時代の友達に会うため、新之助とカツノが揃って出かけることになり、

許可を出して欲しいと頼まれたことを、彩希に話した。

彩希は、二人で出かけるのかと、聞き返す。


「そう、私が付き添いましょうかと言ってみたけど、
相手が、新幹線の高崎駅まで迎えに来てくださるって。だから大丈夫だって……」

「ふーん……まぁ、そこまで来てくれるのなら、
別に二人で迷うこともないでしょうけどね」


彩希はテーブルの上にあった、小さなおせんべいを一つ食べる。


「群馬かぁ……あんまりイメージないけれど」


パリンと音をさせたせんべいは、しょうゆ味のものだった。

口に残るほんのりした焦げの香りが、散らされてついている海苔と合わさって、

また別の香りを残す。


「でしょ。私も一瞬、誰なのかなって思ったけれど、晶さんじゃないから、
そこまでおじいちゃんたちのこと、詳しいわけじゃないし。
どんな人なのか、どういう関係なのかって、なんだか聞きづらいでしょ」

「うん」


彩希は、どちらか一人だと心配だけれど、二人だから何とかなるでしょうと言い、

着替えるために部屋へ入った。





「ねぇ、彩希、おもしろいよね、この人」

「うん」


彩希は着替えを終えた後、あらためて居間に戻り、一緒にいる佐保を見た。

佐保は、テレビのバラエティー番組を見ながら、時々、せんべいに手を伸ばす。



『僕は応える自信がありますから……』



純と食事をした時、『和茶美』に働いている職人について、

父、晶のことだとは言われていないが、何かつながりがあるのではないかという、

そんな期待を持たせるコメントを出された。

『山田数行』という人物が、本当は父なのか、別人でも縁のある人間なのか、

それを知りたいと思う気持ちと、仲間を裏切れないという思いが、

少し時間が出来ると、彩希の頭の空間を一気に埋めていく。

本社で仕事中にも、拓也の顔を見るたびに、

純の話を『どう思うのか』と聞きそうになったが、

それは決断を迫られる気がして、避けてしまった。

大事なイベントを前にして、今、『KISE』を抜けることなどありえないと思ってみるが、

長い間、父を待っている母は、どう考えるのだろうかとまた顔を見る。


「どうしたの、彩希。何かあった?」

「エ? ううん」

「冬馬君と食事をしてくるって、連絡くれたから夕食残していないけれど、
ご飯はあるから……」

「食べたよ、ちゃんと食べました」

「そうなの?」


佐保は、老眼鏡を取り出すと、何やら書類に名前を書いた。

職場の契約書だけれど、文字が見づらくなったのだと、笑い出す。


「あぁ、見える、見える」


彩希は、麦茶のコップを両手で持つ。


「ねぇ、お母さん」

「何」

「私、『伊丹屋』さんにスカウトされたの」

「『スカウト』?」

「うん……」


彩希は、今まであえて触れなかった『和茶美』のことを、初めて佐保に語った。

そして、少し待ってと言い、部屋まで戻る。

昨日純から渡された『彩』は、机の上に置き、見えないようにタオルをかけておいた。

彩希はそれを手に持ち、あらためて佐保のところに戻る。


「これ……」


佐保は、初めて見る『彩』の包み紙をじっと見た。

彩希は、自分なりに味を知るたびに出た旅の中で、『彩』を食べた時の衝撃は、

予想以上だったこと。確率は低いけれど、もしかしたら父と関連があるのではないかと、

許可を出してくれた純に話をしたことも触れていく。


「お父さんが?」

「そうなの。昨日お会いして、栗原さんに『伊丹屋』で、
お菓子のソムリエのようなことをしてもらいたいって言われた。
『KISE』では派遣会社に勤めているから、
いくら本社で企画の仕事に混ぜてもらっていても、私には何も権利がないの。
業者との打ち合わせも出ないし、あくまでも売り場との架け橋という役割で。
でも、『伊丹屋』は、私の舌で、色々と参加して欲しいって……」


『和茶美』にいる職人たちのことも、『伊丹屋』という全国規模の店で、

お菓子の場所を仕切る栗原さんなら、何か調べられるかもしれないし、

自分も参加できるのではないかと、話し続ける。

佐保は、彩希の話を黙って聞き続け、その言葉が終わりを迎えるまで、

何も言わないまま、『彩』にも触れないままだった。

彩希は、どうなのかという思いで、佐保を見る。


「『伊丹屋』に移ってやる仕事は、彩希がやってみたいと思う仕事なの?」


彩希は、その言葉にすぐ返事が出来なかった。



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