34F 駆け引きの表裏 ①

34 駆け引きの表裏

34F-①


「……『伊丹屋』に?」

「はい。正社員待遇で、売り場のお菓子を知り、紹介し、アドバイスするような、
仕事をして欲しいとそう言われました」


彩希はそこから、『和茶美』の『彩』を作った職人の名前は

『山田数行』という人だけれど、

すでに、その人が亡くなっていることも教えてもらったと話し続ける。


「『山田数行』……亡くなっているのなら、その人の名を誰かが語っていると……」

「はい」

「で……」

「で……って、栗原さんが教えてくれたのはそこまでです。話しぶりからすると、
まだ、情報はありそうでしたが……」


彩希の言葉に勢いがなくなったことに気づき、拓也はわかったのか首を縦に振る。


「そうか……『伊丹屋』に来るのなら、全て話してやるとそういうことか」

「そうは言いませんでしたが、そういうことかと……」


彩希の話を聞きながら、拓也は『栗原純』の『強さ』を痛感する。

『山田数行』という名前を聞いても、拓也自身は何もわからないし、

『江畑晶』を突き止める方法も、何も浮かばなかった。

これから無制限に時間をかけていいというのなら、自分にもまだ出来るかもしれないが、

彩希の顔を見れば、それは無理だと言うことくらいすぐにわかる。



『知りたいことをすぐに知る力』



これが本当に実力を持つ男のやることなのかと、下を向く。


「でも、私は行きません」


彩希の言葉に、拓也は顔をあげた。


「行かない?」

「はい。私の中に、『伊丹屋』での仕事は考えられませんでした。
今回のイベント『キセテツ味の旅』も成功して欲しいですし……。私には……」

「江畑……」

「はい」

「俺たちのことなら気にしなくていい。そんな上っ面なことを言うな」


彩希の言葉を、拓也はさらに強い言葉で遮った。

彩希は、真剣な拓也の顔を前にして、黙ってしまう。


「いいか、江畑……世話になったからとか、みなさんがどう思うかとか、
人のことなど気にしなくていい。お前らしいと言えばらしいけれど、
でも、俺も、今、お前の心が考えている通りだと思う」


『心の考え』と言われ、彩希は鼓動が速くなっていく。


「栗原はおそらく全てを知り、お前に話を持ってきた。
今、出てきた『山田数行』という人物が、江畑のお父さんなのかどうか、
そこまではわからない。でも、確実に情報を得ているからこそ、
その自信があるからこそ、お前を誘っているはずだ」


彩希は『そう思います』という言葉を、心の奥に押し込むように口を閉じる。


「俺は、思いつきのまま言っているわけではない。
いいか、よく聞けよ。江畑に仕事を手伝って欲しいと話した時、
賭けの対象になったのは『ひふみや』だった。数日間あれこれ探して
やっと見つけたと思ったら、栗原は俺より先に店へ行って、交渉をしていた」


彩希は、拓也の話を黙って聞いた。

『栗原と広瀬』

二人が店を尋ね、『夢最中』を予約したという話は、

彩希自身が『ひふみや』を訪れた時、喜助からも聞いていたことだった。

喜助の性格からすれば、『伊丹屋』のような会社と、

別のところで、縁があったとは思えない。

となると、『栗原純』自身が、アンテナを張り巡らせたと思うのが正しい気がしてくる。


「チルルのこと、そして『和茶美』のこと、栗原の情報量は敵ながらすごいと思う。
『伊丹屋』の規模は全国で、元々うちよりも大きいし、待遇も正社員なら問題ない。
就職のレベルという面から考えても、
お前がうちに縛られる理由はどこにもないはずだろう」


拓也の話を聞きながら、彩希は下を向き続けた。

『伊丹屋』だとか『KISE』だとかではなく、仕事自体を辞めようと考えていることは、

ここで口に出すわけにはいかない。


「江畑が気にしているのは、今まで一緒に仕事をしてきたラインのメンバーだろうが、
それは俺が誤解させないようにする、引き受けるから……」


拓也は、こっちのことなど気にするなと、そう繰り返した。

彩希は、黙って首を振る。


「いいんです、広瀬さん。私、母に言われました。
父のことで、引きずられるのはダメだって」

「エ……」

「私が『伊丹屋』で仕事がしたいのならいい話だと思うけれど、そうは思えないって。
たとえ、私が向こうに行って、父の居場所がわかっても、
本人が家族のところに戻りたくないと思っているのなら、無理に近付くこともないって。
戻ってこなくていいって」

「……お母さんが?」

「はい。私も正直、栗原さんに色々と聞かされたときには、迷いました。
会えるのなら会いたいと思ったし、どういう理由があるにしても、
戻ってきて欲しいと思ったし……。でも、母の言葉を聞いたら、そうだと思えて」


彩希は、今はその時ではないと思うと、またカフェオレに口をつける。

拓也は本当にそれでいいのかと言おうとしたが、言葉が出ない。

彩希の決断に『わかった』と言うしかない自分の立場が歯がゆく、ため息をつく。


「江畑……」

「はい」

「俺、前に江畑と約束したな」

「……約束?」

「あぁ……仕事を手伝ってくれと頼んだとき、
お前がいくら『KISE』のことをあれこれ考えても、結局は俺たちが決断するんだって。
俺に力を貸してくれたら、お前の望むようなことを、俺がかなえるって……
確か、そんな約束をしたはずだ」


彩希は、自分の仕事や意見に、自信たっぷりだった拓也に対し、

当時は、『嫌』という思いしか、持てなかったことを思い出す。


「そうでした、そんなことありましたね。自信がある、俺は出来るって、
なんて嫌みな人だと、私、思っていましたから」

「……嫌みか……そうかもな」


拓也も、彩希の言葉に軽く笑う。


「お父さんの居場所を知ること、事情を知ること……
これこそが、お前が一番望むことなのにな……」


拓也はそういうと、もし気が変わって『伊丹屋』に行くのなら、

いつでも言ってくれと彩希に話す。

彩希は、『ありがとうございます』と頭を下げると、カフェオレの残りを飲みほした。





その週の後半、彩希は売り場に戻り、元気に荷物出しや、接客の仕事に取り組んだ。

味をめぐる旅に出るときには、すぐにでも『KISE』を辞めようと思っていたが、

今はイベントの成功を、成し遂げてからと考えるようになる。

あれだけ憎いと思い、悔しさが募った拓也の過去に対しても、

今現在、感じる思いの方がやはり強く、互いに同じ目標を持てていることで、

乗り越えられる気がしていく。

彩希がケースにお菓子を詰めていると、

幼い子供のいる家への、手土産を選んで欲しいという男性が前に立つ。


「はい、かしこまりました。洋菓子、和菓子、どちらがお好みですか」


彩希は男性から子供の年齢、家族構成などを聞き出し、

それではこちらはどうでしょうかと、動物の顔をしたケーキを売るお店を紹介した。





『私も正直、栗原さんに色々と聞かされたときには、迷いました。
会いたいと思ったし、戻ってきて欲しいと思ったし……』



気持ちを吹っ切ったように思える彩希とは違い、拓也はまだ迷いの中にいた。

どんなに理由をつけようとも、家族は父に会いたいと思っていることは間違いなく、

あの日、自分が『福々』を壊していなければ、今もまだ、家族で協力し、

江畑家は『福々』をを盛り上げているはずだった。

全員で意見をぶつけたり、仕事の中身について話しているときには集中できても、

こうして喫煙所に来ると、頭の中は彩希のことで埋め尽くされてしまう。

彩希が迷うのなら、自分から栗原に会うべきなのかとまで考えた。


「広瀬さん、タバコの灰」

「……ん? あ、うん」


同じくタバコを吸いに来たエリカに言われ、拓也は吸わずに灰になったタバコを、

灰皿に押し付けて消してしまった。

エリカは、そんな拓也の様子を見ながら、ケースからタバコを取り出し火をつける。


「どうしたのかしらね、うちのチーフは。イベントを目前にして、
順調な仕事に、何かご不満でも?」


エリカはそういうと、横にいる拓也を見る。


「いや……不満はない。本番までの流れも出来た」

「だったら」

「そうなんだよな、そうなんだけどね」


拓也はそういうと立ち上がり、喫煙所から部屋に戻っていく。

エリカは一度タバコを吸い込み、煙を吐き出した後、もう一度拓也の背中を見た。



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