34F 駆け引きの表裏 ③ 

34F-③


『伊丹屋よりもKISE』という彩希の決意は固く、

純にたとえ1週間待ったとしても、状況など変わらないと思っていたが、

昨日の思わせぶりな電話があり、そして次の日、大きな台風なみの風が、

その気持ちなど無視するように一気に吹き荒れた。

次の日、売り場に立っていた彩希は、慌てふためいたチーフに呼び止められる。


「はい」

「え……江畑さん、君……君、何をしたんだ」


チーフは、手に持ってきた受話器を彩希の顔の前に押し出した。

彩希は、どうしてチーフが慌てているのかわからなかったが、

とりあえず受話器を受け取った。チーフと彩希の様子を見た高橋と竹下も、

興味本位で仕事をするふりをしながら、耳だけは傾けてくる。

彩希は、誰だろうと思いながら、『江畑です』と名乗った。


『すみません、お仕事中、『伊丹屋』の栗原です』


電話の相手は、純だった。

彩希は、まさか『KISE』にかけてくるとは思わず、チーフの顔を見る。

チーフは『ほら、ほら』と、彩希を指差し、

ただごとではないのだろうというように、顔をゆがめてしまう。


「あの……栗原さんがどうして」

『申し訳ないが、緊急だったもので。今、『和茶美』から連絡があってね。
江畑新之助さんという方が店に来て、職人に会わせて欲しいと粘ったらしく、
社長の菅山さんから電話が入ったんだ。『江畑』って名字だろ。
向こうが、この間こちらに来た女性と関係があるのかと……』

「江畑新之助……」

『あぁ……江畑さんの知り合い?』


純の言葉に、彩希の鼓動は一気に速まった。状況が掴みきれないことは間違いないが、

『和茶美』が、そして純がウソをついているとも思えない。


「本当に、江畑新之助ですか」

『それならやはり、江畑さんの?』

「私の祖父です。でも……」


彩希は、佐保から聞いた『群馬の友達』のことを思い出す。

佐保に外出の許可を出させたのは、

友達のところではなく『和茶美』に行くためだったのかと、初めてわかる。


『ご夫婦でお店にいらしたそうだ。
もちろん君の時と同じように、職人に個人的には会えない決まりになっていると
店員は話したようだけれど、東京から来たのでと結構粘られたそうで。
わからないお客様が交番の警官を呼んだりして、菅山さんも困ってしまったと』


彩希は、結局二人が自分と同じように寂しく店を出た話を聞き、

とりあえず『すみませんでした』という謝罪と、連絡をもらったことへのお礼を言い、

受話器をチーフに戻した。


「江畑さん……」


彩希はチーフに『すみません』と頭を下げ、冷静に接客をしている気分になれず、

そのまま売り場から出て行ってしまう。


「あらあら、バタちゃん、急に職場放棄?」

「職場放棄っておおげさね」


高橋の言葉に、竹下がそう返事をする。


「チーフ、いいんですか? バタちゃん出て行きましたよ。
時給、ほら、この時間にもカチコチ発生していますよね」


高橋は、指を時計の針のように動かしながら、

勝手なことをしてはいけないのではないかと、チーフの肩を叩く。


「……わかっていますよ」


チーフはそういうと、売り場を出て行った彩希を追いかけた。



電話を切った純は、思いがけない展開に、口元が自然と緩んだ。

彩希の決断をさせる手段として、何を動かそうかと思っていたが、

祖父が『和茶美』に向かったことで、電話に出た彩希は、相当動揺していた。

彩希同様、本物の舌を持つ職人だった祖父が動いたとなると、

『山田数行』という男の存在が、自分の思う方向に進むのではないかという、

希望的観測も出来上がってくる。


「鈴木……、一人、女性を入社させる」

「は?」


ここのところ、純のそばにいる入社2年目の鈴木は、どういうことですかと聞き返した。

中途採用の予定も聞いていないし、新人が来るにしても時期がおかしい。


「1階の売り場にある商品を、色々と研究してもらう人だ。
食べてもらって、それで感想を聞いて……」

「『伊丹屋』に入っている店舗、全てですか」

「まぁ、今は、深くあれこれ考えなくていい。
とにかく、彼女の場所を用意だけしておいてくれ」


純は立ち上がると、窓から外を見る。


「京都から報告に戻ってきたら、すぐにここへ通して」

「あ……はい」


鈴木は純に一度頭を下げると、『席を作る』という任務をどうするべきか考えながら、

廊下を歩き出した。





『江畑新之助さんという方が店に来て、職人に会わせて欲しいと粘ったらしく……』



売り場から控え室に戻ってしまった彩希は、着替えを出そうとロッカーに手をかけた。

しかし、そこから動けなくなる。


「江畑さん、何しているんですか。まだ仕事の終了時間ではないですよ」


彩希を追いかけてきたチーフが、少し息を切られながらそう話す。


「あ……すみません」

「すみませんって、『伊丹屋』からあなたに連絡って……どういう」


チーフはもっと強気なコメントを出そうとするが、彩希の顔が辛そうに思え、

それ以上のセリフが出なくなる。とにかく持ち場に戻ってくださいという、

当たり前の意見だけ告げると、事務所に入っていった。

彩希は頭を下げ、現実に戻りながら、売り場に1歩ずつ進む。

右は本社に続く地下通路へ向かう道、そして左は売り場へ続く道。

彩希は、このまま右へ歩き、拓也の顔を見たくなる。

祖父、新之助が『和茶美』に行ったということは、

あのときはごまかしたものの、『彩』を食べたあと、

本当は、自分と同じ思いを持っていたということの証拠だった。



『和茶美』に父がかかわっているのではないか……



諦めた思いが、また大きく気持ちを揺さぶっていく。

左側の扉が開き、他の店員が忙しく荷物を移動させているのがわかり、

彩希は声をかけると、その仕事を手伝った。





「お疲れさまでした」

「お疲れ様」


その日の売り場での仕事を終え、彩希も制服から私服に着替えた。

恵那は彩希の様子を見ながら、一緒に帰ろうかと声をかける。


「あ……うん、ごめん。今日は……」


彩希は今日は本社に顔を出してから帰ると言い、恵那はそれならお先にと更衣室を出る。

高橋や竹下もいなくなり、賑やかだった部屋は、あっという間に静かになった。

次にこの場所が賑やかになるのは、閉店まで勤務した遅番担当たちが戻る頃なので、

しばらくは誰もいない状態が続く。

自分と新之助が感じたこと、そして純の言葉。

色々な要素を掛け合わせると、やはり『父、晶』の影が目の前をちらついてしまう。


『バタちゃん……見て』

『江畑さん、いいよ、これ』


同じ思いを持ち、『味の旅』を手がけてきたメンバーや、彩希と拓也のことを知り、

出店を決めてくれた『夢最中』の喜助のことなどを思い出す。



『江畑……』



彩希は拓也の声を思い出した瞬間に立ち上がり、荷物を持つと、

従業員の出入り口ではなく、本社へ続く地下通路を歩き出した。



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