34F 駆け引きの表裏 ④

34F-④


彩希が本社に向かい始めた頃、拓也は益子と一緒にいた。

先日、『第1ライン』を仕切る佐々木に、

秋のイベントが、前年度の25%アップの売り上げを求められた話を語る。


「私がいない間に、そういう話を君にするとは……」

「佐々木部長は、元々『リリアーナ』とも近しいと、聞いていますし。
今回の決断が気に入らないのだと言うのもわかります」


拓也は、自分が作り上げてきた関係を崩そうとしていることに、

不満があるのだろうとそう話す。


「佐々木部長は、確かに『KISE』の地下食品売り場担当としては一番長い。
でも広瀬、君が気にすることはないぞ。新しいことをやろうとするときには、
こういう問題が必ず上がる。それでも変えなければならない時期だと思い、
私も賛成したことだ」

「はい」


益子は真剣な表情の拓也を見る。


「部長……。でも、それならそれでいいと、正直思っています」


拓也は、もし、佐々木部長の言うような結果が出なかった時には、

自分は『第3ライン』から異動させて欲しいと、あらためて言い始める。


「広瀬、それは」

「ここまでこじれてくると、何かでけじめをつけた方がいいと、思っているのも事実です。
向こうも老舗だけに、折れるという態度には出なさそうですし。
イベントはもちろん成功させたいと思いますし、結果も必要です。
それをこなして、相手にうちとの関係は、
これからも不可欠だと思わせることが出来たら……」


拓也の中に、エリカをはじめとしたメンバーの顔が浮かぶ。


「俺がいなくても、ラインは大丈夫です」


拓也の決意を聞き、益子は軽く肩を叩く。


「お前が背負うことじゃない。正しいことをしている人間が、居場所を無くすのは、
企業として間違っている」


益子はそういうと、あまり考えるなと拓也に声をかける。


「部長……」

「ん?」

「どれくらいのアンテナを張り巡らすことが出来たら、色々なトラブルに対しても、
満足した解決方法を見つけられるようになるのでしょうか」

「アンテナ?」

「はい」

「正しいことをしているのだと、自分では信じてきましたが……」


拓也の脳裏に、『伊丹屋へはいかない』と宣言した彩希の顔が浮かぶ。


「どんなに卑怯なやり方でも、方法を探せるのなら、その方が上なのかと……」


拓也は、父親の情報を交換条件とした純のことを考え、そう言ってしまう。

益子は、拓也の悩みの芯を知らないため、移り変わりの激しい業界だからなと言い、

両手を組み窓の外を見た。





彩希が『第3ライン』に顔を出すと、拓也の姿はそこになかった。

エリカがデータ処理をしていたため、挨拶をする。


「どうしたの?」

「あの……広瀬さんは」

「あぁ……今、益子部長と話をしているみたい。小会議室だと思うから、
急ぎの用事なら、行ってみたら?」



『急ぎ』



彩希は、『そうですか』と言うと、会議室の方を見る。

エリカは、彩希の表情が優れないのは、純が『伊丹屋』への転職を希望したからだと思い、

これから拓也に相談でもするつもりなのだろうかと思い始める。


「部長と一緒なら、きっと大事な話ですよね」

「おそらく『リリアーナ』のことでしょう。今まで散々いい思いをさせたから、
わがままなのよ」


エリカは、内線で呼んであげるからここにいたらいいと受話器を上げる。


「いえ、明日、あらためて来ます」


彩希は受話器を持ったエリカに向かって両手を大きく振ると、

『お先に失礼します』と階段を降りてしまう。

エリカは、その足音を聞きながら、

『伊丹屋は辞めなさい』と口から出かかった台詞を心に押し込んだ。





彩希が『第3ライン』に顔を出してから15分後、

そのまま会社を出た益子と別れ、拓也は『第3ライン』に戻ってきた。

壁にかかる時計は、すでに夜の8時を回っている。

一度席に座り、『無』の状態を作ろうとした時、

喫煙所から戻ってきたのはエリカだった。


「お疲れ様です」

「あ、うん……お疲れ」


エリカは、『リリアーナ』はまだ妙な条件を出したのかと、拓也に話す。


「うちの中にも、『リリアーナ』との関係を、
とにかく大事にしろと忠告する人間がいて、あっちからもこっちからも矢が飛んでくる」


拓也はそういうと、苦笑する。


「佐々木部長でしょう。あの人のことは大山君も言っていたから」


エリカは帰り支度をするために、バッグを取った。

横にいる拓也を気にしながら、『彩希を純が狙っていること』を、知っているのか、

それとも知らないのかと気になり始める。


「少し前に、江畑さんが来たのよ。広瀬さんはって」

「江畑が?」


拓也はすぐにエリカを見た。

エリカは部長と話をしているから、内線しようかと言ったけれど、

明日でいいですって、帰ってしまったと話す。


「そうか……」


拓也は、勤務日ではない日にこっちへ来たということで、

『伊丹屋』へは行かないと言い切った気持ちが、変わったのかと思い始める。


「初めて、広瀬さんが彼女を連れてきたとき、私、何を考えているのかと本当に驚いたし、
冗談はやめて欲しいと、真剣に考えた」


エリカはそういうと、拓也を見る。


「何だよ、いきなり」

「いきなり……まぁ、そうだけれど、言いたくなったの、聞くだけ聞いて」


エリカは他のメンバーがいる前では言いにくいからと、軽く笑う。


「まぁ、そうか」


拓也もそれに合わせるような返事をした。


「あのとき広瀬さんに言った気がする、あの子は販売員でしょうって。
いくら色々と商品を見ていると言っても、このラインに入って、
役に立つとは思わなかったもの」


エリカは、バッグを閉じると、デスクの上に置く。


「でも彼女には実力があった。味を見抜く力も、覚えているという力も、
それは持って生まれた能力だと思う。今では、彼女がいてくれて、
仕事がしやすいとメンバー全員考えているだろうし」


エリカはまつばの席を見る。


「でも……私は、彼女に力があっただけで、この仕事が出来たとは思っていない。
私たち自体がそもそも手探りで、確固たる実績がなかったこともあるから、
色々な状況を、意見を『受け入れてみよう』というチャレンジ精神があった。
それと何より……」


エリカの視線は、あらためて拓也を見る。


「彼女のことを、全て包み込むくらい、大きな気持ちを持って、
失敗を恐れずに居場所を与えた人が一番そばにいる……
その安心感が大きいと思っている」


エリカは、直接的な表現をさけながらも、『広瀬拓也がいてこそ』という面を、

押し出そうとする。純に誘われていることを拓也が知っているのなら、

その発言を何かの形に変えるだろうと、そう期待してのことだった。

拓也は黙ったまま聞き続け、少しだけ微笑んだように見える。


「失敗を恐れず……か」

「違う?」


エリカは『違ってはいないはず』と言いながら、そこで発言を止める。

何も言わない二人の間に、数秒の時が流れていく。


「……さて、一服してから帰るわ」


拓也は立ち上がると、喫煙所に向かうためタバコをポケットから取り出した。

エリカはその背中を黙って見送ると、バッグを持ちラインの部屋を出て行った。



【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【34】広島   もみじ饅頭  (カステラ状の生地で餡を包んだ、もみじ状のおまんじゅう)



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