35F 強くて哀しい決断 ①

35 強くて哀しい決断

35F-①


「栗原さん、それはどういう……」

「どういうも何も、ここでの決めごとだ」

「いや、あの……正式に聞いてはいませんが」

「正式になんてどうでもいい。いずれわかることだ。『山田数行』は『江畑晶』である。
『伊丹屋』の常識は、それで統一してくれ」

「いや、違っていたら……」

「だから、今は考えなくていい。どちらに転んでも、
そのとき判断すればどうにでもなる」


彩希や拓也が思いに心を揺らしている頃、京都から戻った社員に、

細かい話を聞いた純は、『100%の確信』など必要ないとそう話をした。

調べてこいと言われて京都まで向かったのに、どういうことなのかと、

社員は首を傾げてしまう。


「事実を追い続けるのは追い続ける。でも、態度としてはそれでいい」

「はぁ……」

「あくまでも、踏み出させるための材料だ」


純はそういうと、『KISE』が秋のイベントで、『キセテツ』路線の店を色々と見つけ、

地元にこだわったものを作ったという、前情報が書かれた紙を握りしめる。

『チルル』そして『ひふみや』。

その他にも、今まで一度もイベントに顔を出したことがなかった店や、

『コートレット』のように、開店前の店にまで、範囲が広がっていた。

業界初とも言える切り口で出てきたライバルに対し、

純は得体の知れない怖さを覚え、大きく息を吐く。

これ以上、ただ見ていることは出来ないと思い、手を顎の下に当てると、

『その先』を考えながら、目を閉じた。





『頼む。こうなった以上、あなたにも責任があるだろう』

『雫庵も和茶美も、無くすわけにはいかない。あなたにもその後を約束する』

『あなたが学びたいと思っていた『雫庵』の味も、間接的に知ることが出来るのだから』



攪拌機の前に立ち、男はスイッチが切れていることを確認する。

まさかと思う二人に並ばれて、思いがけない台詞を聞いた日のことを思い出し、

作業用の帽子を取ると、台の上に置いた。

壁の隅にかかっているカレンダーを見る。

そして、きれいに包装された『彩』を見つめ、

心の奥に押し込めたはずの声を思い出した。



『お願いします、東京から来ました……』



店先から聞こえた声に、何かが起きていることはわかったが、

この状態ではとても顔を出すことなど出来ないと、その声から逃げた。


「山田さん……」


山田は声の方へ振り返る。


「年末に、祖父の前で披露すると、父が決めたようです」


聖はそういうと、山田の隣に座った。

聖は目の前にある『彩』を取り、それをしばらく眺めた後、山田の前に出す。

山田はそれを受け取ると、作業台に置いた。


「間違っています!」


聖の叫びに、山田は振り返る。


「どうしたんだ、急に」

「急ではありません。ずっと思っていたことです。『彩』は完成しました。
味も、形も本当に妥協せずにここまで来たと思います。でも……これを作りだし、
微妙な調整も加え、ここまでにしたのは僕ではない、山田さんです」


聖はそういうと、山田を見る。


「確かに、祖父の前で『彩』を作ることは出来ると思います。
僕もそれなりに修行をして、本当の意味で職人となることの心づもりもしたつもりです。
でも、叔父さんや父のしていることはおかしいでしょう」


聖はかぶっていた帽子を取ると、作業台の上に置く。


「祖父の太一郎が、店の全ての味を決め、カリスマのように君臨する。
それが『雫庵』の魅力であり、売りだと言えばそうかもしれません。
だから、父も、祖父と同じように、自分が全てを仕切ってきた。
いや、そのように長い間芝居を続け、『雫庵』はさすがに違う、これが伝統だ、歴史だと、
妙なイメージ戦略をさらに大きくしてきた。
京都の老舗で、長く続く店だから、こうでなければならないというような無理をするから、
今、経営も家も、いびつになっていて……」

「聖……そんなことを言うな。学さんにしてみたら、苦渋の選択だ。
職人として一番大事なものを病で無くしてしまった。そのことも、お前が今言った、
伝統のため店のために、苦しくてもずっと隠し通してきた。
『雫庵』には、菓子を待っている人もいるが、そこで生きる他の人たちもいる。
『ブランド』を傷つけないために、演じ続けなければならなかったんだ」


山田は、『和茶美』を菅山さんが作ったのも、『雫庵』への協力だとそう話す。


「でも……『ブランド』を盾にして、自分たちを守るために、
僕たちは、罪のない職人を犠牲にしています」


聖は、そう言うと下を向く。


「聖……」

「はい」

「『だまし』と言う部分がないとは言わない。でも、『雫庵』で修行したい、
学びたいという和菓子職人が全国にたくさんいることも事実だ。
実際、『雫庵』を始めとして、今、『和茶美』で働いている職人たちも、
本当にレベルが高いと思う」


山田は聖を見る。


「聖、お前に思うことがあるのなら、今はとにかく我慢して、しっかり跡取りになれ。
あれだけの舞台が用意されているんだ、職人としてこれ以上の場所はないぞ。
全てを受け継いで、それから本当の気持ちを明らかにしたらいい。
太一郎さんのやり方にこだわる必要はないと思うのなら、聖には聖のやり方を見つけ、
そこから新しい『雫庵』を作ればいいはずだ」


山田はそういうと、作業帽子に触れる。


「雫庵での修行は、本当に大切な時間だった……」


山田の言葉に、聖は何を言っているのかと、驚くような顔をする。


「……と、山田さんが話してくれた。あの人たちは、色々と難しいけれど、
でも、腕のある職人のことは、絶対に認めてくれるって……。人として、
たくさん足りないところがあっても、『和菓子に対しての気持ち』があれば、
俺は生きていける……ってね」


そう語る『山田』は、立ち上がると座る聖の肩に触れる。


「あと、少しだ。俺は今、お前の独り立ちを心から願って……」

「その後……どうするつもりですか」


聖は自分に背を向けた『山田』の方を見る。


「どうするつもりですか……江畑さん」


聖の台詞に、何も言わないまま、『山田』は工場を出た。





『少しだけ時間が欲しい』


晶が佐保にそうメモを残したのは、3年前のことになる。

結局、祖父母が『和茶美』に向かったことを拓也に言えなかった彩希は、

家に戻り佐保に話した。


「岡山へ」

「そう……おじいちゃんも本当は、『彩』の味に何か感じたものがあったみたいなの。
でも、お父さんのことを話せば、私が期待してしまうと思って、黙って二人で……」


『群馬』へ行くと言っていたのは、そういうことだったのだと、彩希は佐保を見る。


「ねぇ、お母さん」

「何?」

「私、栗原さんにお願いした方がいいと思って」


『お願い』というのは、『伊丹屋への転職』であることは間違いないため、

佐保の口から、言葉が出て行かない。


「お母さんの言うとおり、『伊丹屋』で仕事がしたいのかと言われたら、返事に困る。
でもそれは『伊丹屋』を知らないからだと思うの。
昔から『木瀬電鉄』の近くに住んで、『木瀬百貨店』に何度も行ったでしょう。
親しみがあったから、仕事先に選んだし……でも、お菓子と関われるし、
お父さんのこともわかるかもしれないし、派遣ではなくて、
正社員なのだから、怖がってばかりもいられない気がするの」


彩希は、自分の決断が、佐保の負担になってはいけないと思い、

言葉を選びながら発言する。


「お父さんにはお父さんの事情があるのだとは思う。でも、私たちにも事情がある」


彩希は、お店がなくなり、互いにどこかギクシャクした状態で別れたままの、

新之助と父に、このまま、もう一度わかり合える時間が取れなければ、

後悔するからと強く言った。

佐保は、決意をした彩希の目を見る。


「彩希……」

「何?」

「ごめんね……」


祖父母を動かしてしまったという事実に、佐保も頷くしかなかった。

佐保の言葉に、彩希は『伊丹屋』へ行くことを決め、首を横に振る。


「ねぇ、お腹すいた……食べよう」

「……うん」


彩希は佐保と一緒に台所に立つと、夕食の仕上げを手伝った。



35F-②




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こんばんは

ナイショコメントさん、こんばんは
お返事遅れてごめんなさい。

>彩希と拓也の雰囲気が変わり始めてきて、
 ますますひきこまれます

すみません、やっと『恋愛小説』という分野に、
近づきましたか?(笑)
書いている自分は、キャラを動かすのが楽しいですけど、
読んでいるみなさんは、大変かもしれないですね。
本当に、根気よくお付き合いを、ありがとうございます。

毎日更新……大変というか、楽しんでますので、
大丈夫ですよ。