35F 強くて哀しい決断 ④

35F-④


『ごめん……』


彩希は点滅する横断歩道を駆け抜け、一度も振り返らないまま駅に向かった。

父の行方を捜せるかもしれな人が拓也だったら、過去のことも全て消える気がして、

これほど嬉しいことはなかったのに、

神様は、そんな演出を彩希の人生に用意はしてくれなかった。

これから『伊丹屋』に入ることで、今まで自分と仲良くしてくれた人たちとの縁は、

消えてしまうことになるだろうと覚悟を決める。

それでも、家族の願いである晶の消息がわかるのなら、

その『運命』を乗り越えるしかないとそう思いながら、彩希はホームに立つ。

線路を挟んで建っている『木瀬電鉄』と、『久山坂店』。

その両方に向かって、彩希はきちんとお辞儀をした。





「ただいま……」

「お帰り、彩希」


彩希が家に戻ると、佐保は夕食を食べずに待っていたと明るい声を出した。

彩希は、大きく息を吸い込んでいく。


「あぁ……美味しそうな匂い」

「でしょう」


着替えてくるからと、彩希は階段を上がり、部屋に入る。

メソメソするような顔を見せたら、母が気にするだけだと、彩希は自分の頬を叩き、

そして『よし』と気合いを入れる。

二人で食べ始めた夕食で、話を切り出したのは、佐保の方だった。


「『山田数行』……」

「そうなの」


彩希は、純から聞いた名前と一緒だと、佐保に話す。


「本当に?」

「うん……。やっぱりお父さんは『和茶美』と何かつながりがあるんだよ。
きっとそうだよ」


彩希は明日すぐに連絡をして、先に進めるように頼むことを決める。


「うん……」


佐保は、茶碗にご飯をよそると、彩希の前に置いた。





『伊丹屋 新原店』



次の日、彩希は建物を見上げ、しっかり全体像を捉えた後、

以前、純に言われた通りの番号を回し、その反応を待った。

数分すると売り場担当の人間ではない人が現れ、彩希を案内してくれる。


「どうぞ、ここでお待ちください」

「はい」


彩希は『ありがとうございました』と挨拶をし、言われたとおりの場所に座る。

純とは今まで、色々な場所で数回会ったが、『伊丹屋』という本拠地で会うのは、

初めてになる。一人になったため立ち上がり、ブラインドを軽く指で押すと、

少し向こうにある『木瀬百貨店 新原店』が見えた。

『久山坂店』に比べると、訪れた回数は少ないが、見慣れたロゴに、

ふっと気持ちが持って行かれそうになる。

彩希は、すぐに窓から離れ席に戻った。



さらに数分後、扉が開き、純が姿を見せた。

彩希が慌てて立ち上がると、いつものリュックが下に落ちてしまいすぐに取る。


「おはようございます、江畑さん」

「はい……あの……色々と気持ちを変えてしまってご迷惑をおかけします」


最初は断ったのに、結局こうしてお願いをしに来たことを、彩希はまず謝った。


「そんなことはもう、いちいち話してくれなくて結構です。
うちに来て欲しいというのは、僕の願いでしたし。互いにプラスになるように、
これからの時間をうまく使っていけば、何も問題はありません」


純は、『正社員』の話が嘘ではなく、2ヶ月の試用期間終了後に実行されること、

具体的な条件の書類は、あらためて手渡すことなど、彩希に約束する。

拓也に言われたとおり、彩希は『伊丹屋』での居場所を確保し、その日は建物を出た。

太陽の眩しい光が彩希を狙う。

彩希は少し目を細め、ハンカチで日差しをよけた。





彩希が『KISE』に戻ると、珍しい午後出社に、まつばが体調でも悪いのかと、

心配し声をかけた。武や寛太も、『夏バテ』ではないのかと言い、

無理をするなとアドバイスする。


「色々と……すみません」


彩希は会議に出かけた拓也が、益子と戻るのを待ち、

『伊丹屋』へ行ってきたことを話すつもりだった。





「『伊丹屋』に」

「はい。すみません、今まで黙っていて」


4店会議の帰り、拓也は益子に初めて彩希の事情を語った。

以前、自分が不動産の会社にいて、彩希の実家に迷惑をかけた話はしていたため、

なぜ、今、転職なのかという理由は、そのまま語るだけで益子も理解できると、

頷いてくれた。


「うちよりも条件はいいですし、江畑にとっては悪い話ではありません。
ただ、この状態の中、ラインを抜けていくというのは、本人にも、周りにも、
ダメージが大きいかと」


拓也は、さりげなく彩希を送り出し、

あらためて自分から説明しようかと考えているがと、益子に提案する。


「いや、広瀬。それでは江畑さんも黙って行かなければならなくなる。
お前の言う通り、彼女には『伊丹屋』を選びたい理由があるのだから、
ここは全員で彼女を送り出してやろう」

「部長……」

「広瀬の言うとおり、彼女の力を『伊丹屋』が認めたことには変わりない。
うちを裏切るわけではないのだから」


あえて彩希のいるところでみんなに説明した方が、疑問符を無くしておけると、

益子は判断する。

拓也は、戻ってから彩希と一度相談しますと返事をすると、

ホームに入った電車に乗り込んだ。





拓也と彩希が相談した結果、益子が提案した通り、メンバー全員の前で、

事情を全て語ることになった。イベントが迫ってくる今、

この段階で彩希が抜けるという話に、まつばも武も言葉が出なくなる。


「みんなが驚く理由もわかる。でも、俺は別の方向から、この話を聞く理由があって。
実際には、江畑が『伊丹屋』へ行くことを、後押しした」

「後押し……って」


寛太はそこまで言うと、出しゃばったと思ったのか、すみませんと下を向く。


「荒木、少し、俺の話を聞いてくれ……」


拓也の隣にいる彩希は、この先の話が見える気がして、心配そうに横を向く。


「俺は、この『木瀬百貨店』に中途採用で入社した。5年目で、売り場の担当が5箇所目。
まぁ、これはあまり褒められた話ではない気がするが」


拓也の発言にも、メンバーは黙ったままで次の言葉を待つ。


「それだけ動かされた理由は、とにかく『生意気だから』だと思う。
間違っていると思えば、上司にだって言いたいことを言った。
お客様の期待に応えられるだろうと自分で考えれば、
売り場を越えてでも、立場を越えてでも、それを叶えようと決めてやってきた。
だから、目障りだし、面倒だし、上からしたら扱いにくい社員だと思う」


拓也の告白に、武は、自分自身が最初、拓也のことをそう感じていたことを思い出す。

それを否定する芳樹と、以前、軽い言い合いになった。


「それは、大学を卒業してから入った『三成不動産』で苦い思いをした。
その経験から来ていることだ」


拓也は、全員の前で、どういう仕事をしていたのか、

それによって『福々』という彩希の実家が、どうなったのかを、

繕ったりすることなく、語り続ける。

エリカをはじめとしたメンバーは、拓也と彩希の過去に、

そんなつながりがあったのかと初めて知らされた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【35】山口   豆子郎  (他の地方とは違い、ワラビの粉に砂糖を加え、蒸して作られる菓子)



36F-①




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