36F 新しい朝 ①

36 新しい朝

36F-①


拓也は、『第3ライン』メンバーの前で、初めて自分の過去を語る。


「もちろん、最初から俺の過去がわかっていたら、
江畑もこのラインで働こうとは思わなかったはずだ。『KISE』が好きで、
この店を選び訪れてくれたお客様に、少しでも満足度を上げてかえって欲しい。
その気持ちがあったから、こうして今まで、力を貸してくれた。
イベントの準備をしていく途中で、江畑も色々とわかって悩んだけれど、
本当にここまでよく頑張ってくれたと思う」


彩希は、悲しみを訴えた日、今立っているこの部屋で、拓也が土下座をした光景が、

よみがえってくる。


「お店が移転してうまくいかなくなり、江畑のお父さんは違う仕事に就いたけれど、
その後、少し時間が欲しいという書き置きを残して、今、行方がわからなくなっている。
その情報を、『伊丹屋』が持っているということがわかった」


エリカは、彩希の顔を見る。

それと同時に、『彩希は拓也のために動く』と宣言した自分に、

どこか余裕のある笑みを見せていた純のことを考えた。

自信があるように見えたのは、こういう理由からかと初めてわかる。


「日本全国に、どれくらいの職人がいるのかわからない。
その中で、江畑が知りたい情報を理解し、素早くつかめる……そんな力は俺にはない」


拓也はお客様を思う気持ちは、『伊丹屋』に負けるつもりはないがと、少し笑う。


「バタちゃんのお父さんがどこにいるのか、本当に『伊丹屋』はわかっているのですか」


まつばはそういうと、彩希を見る。

彩希が小さく頷いたため、まつばは『そうなんだ』と寂しそうな声を出す。


「それだけ……教えてくれるわけには……」

「長岡、今、聞いただろう。江畑は正社員として迎えてもらえるんだぞ」


ここに残れないのかという台詞を出そうとしたまつばに対して、

武は『現実』は正社員と契約社員の違いがあると、言い返す。


「何をするの? 向こうで」


エリカは仕事内容はどういうものなのかと、彩希に尋ねた。


「まずは売り場のお菓子を色々と教えてもらって、
それから自分なりに考えをまとめていくことになると思います」


彩希は、純から聞かされたことを、そのままエリカに話す。


「『伊丹屋』の売り場を全て知るところからですか。それって……」


寛太の発言は、隣に座る武の手が左足に伸びたところで、止まってしまう。

薄々、全員の気持ちの中にある疑問符を、ここで投げ出してみたところで、

彩希を送り出してあげるいい材料には、なりそうもないからだ。


「江畑は残りの2週間、『KISE』の売り場に立つようにしてもらった。
とはいえ、同じ会社内にいるのだから、何かあれば話も出来るし」


拓也は、ここへ来るのは今日で最後だと、そうハッキリと告げた。


「江畑……」

「はい……」


彩希は下向きだった顔を上げ、立ち上がると、あらためてメンバーの顔を見た。


部長という立場にありながら、いつも部下の話を真剣に聞き入れ、

時には、大胆な決断を下してくれた益子。

服装からスタイル、そして発言までいつもセンスの塊だったエリカ。

時には厳しいことも言ってきたが、誰よりも行動力があり、

常に前へ気持ちを向けていた武。

一番最初に、ここへ彩希が来た時から、優しいまなざしと気持ちで、

受け入れてくれた寛太。

激しい感情から生まれた、とても深い信頼。

いつも自分を見て、足りないところを補ってくれたまつば。



そして……



彩希自身の『KISE』と『お菓子』に対する思いに気づき、

新しい世界を見せてくれた拓也。



彩希は、突然の別れに、やはり申し訳なさばかりが湧き上がっていて、

言葉が出なくなってしまう。


「バタちゃん……頑張れ」


まつばはそういうと、彩希を見る。

彩希は小さく何度も頷き、一度大きく息を吐いた。


「第3ラインのみなさん、売り場で働く派遣社員の私を、
こうして仲間として受け入れてくださって、大好きな『KISE』に、
大きくて、素敵な思い出を残させてくださって……ありがとうございました」


色々と伝えたいことはあったが、涙を流さず、言葉をしっかり送り出すことを考えると、

今の彩希にはこれが精一杯だった。

武はそれに気づき、大きな拍手をする。

寛太やまつばもそれに続き、益子も拓也も合わせていく。

エリカだけは最後まで手を合わせることはなく、ただ彩希を見続けた。





彩希がラインを去り、その日はやはりどこかさみしさの漂った『第3ライン』だったが、

それぞれが仕事を終え、時刻は夜の7時を過ぎる。



『第3ラインのみなさん、売り場で働く派遣社員の私を、
こうして仲間として受け入れてくださって、大好きな『KISE』に、
大きくて、素敵な思い出を残させてくださって……ありがとうございました』



拓也は『福々』と自分の関係を知った彩希が、働くことはもう出来ないと、

悲しみの声をあげた日のことを思い出しながら、これでよかったのだと考えていた。

いくら、今の仕事が全く別のものだと言っても、自分が犯した罪が消えるわけもなく、

彩希自身にもきっと、どこか遠慮やぎこちなさがあるのだろうと思ってしまう。

イベントが終了すれば、臨時で中に入れた以上、戻ってもらわなければならない。

『今の形は長く続かない』ということを、

色々な意味で、自分自身が受け止めなければならないと、拓也はタバコをふかした。


「広瀬さん……」


声をかけてきたのはエリカだった。

拓也は『週末に居残りは珍しいな』と笑う。


「どうしても話をしておきたくて」

「話?」


拓也はエリカがタバコを持っていないことに気づき、

ちょっとした世間話ではないのだろうと、自分も灰皿でタバコを消した。


「何?」

「江畑さんのこと」

「うん……」


拓也はソファーに座り、エリカはその隣に座る。


「江畑さんが『伊丹屋』に行くこと、広瀬さんは心からよかったと思っているの?」


エリカの台詞に、拓也は少し考えた後、しっかり頷いた。


「うちの仕事の面からしたら、マイナスもある。
彼女以上に売り場を知っている人は、現在いないと思うからね。
それも、多角的にだし。でも、話をした通り、江畑家には事情がある。
『伊丹屋』が……あの栗原が、それを知って、彼女に条件を出しているのなら……」

「誰よりもこの業界で、現在結果を出している男だから。
あの『ひふみや』だって、どうやって調べたのかわからないけれど知っていたし。
江畑さんの実力に対してもって……そういうことでしょう」


エリカの言葉に、拓也は確かにその通りだと頷いていく。


「そう。『ひふみや』を先に知っていたのは、本当に驚いた。
あれだけ情報の乏しかった店を知っているというのは、
アンテナの張り方が違うのだろうと思ったし……」

「でも、荒木君だって言いかけたじゃない。大山君が発言を止めたけれど。
誰だって思うわよ。江畑さんは、1、2週間で『KISE』を知ったわけではないでしょう。
売り場に4年立ち続けて、ううん……細かく言ったら、
昔からこの『木瀬百貨店』を利用していた。だからこそ、売り場に対しても詳しいし、
色々なことがわかる。いくら才能があるって言っても、『伊丹屋』をすぐに感じて、
それを仕事とするなんて無理」


エリカはそういうと、広瀬さんもわかっているでしょうと横を見る。

拓也はエリカの言いたいことがわかるが、あえて言葉にはしない。


「お父さんのことがわかる……それを与えてやれるのは、あの男しかいないからと。
何もかも目をつむったとしたって、そこがあればって……」


『正社員』という部分と、『父親の行方』

拓也はエリカの指摘に、両手を握りしめる。


「あなたの中の評価は、完全な間違いだとは言わない。
でも、栗原純は、広瀬さん、あなたの思っているような男ではないわ」


エリカの発言に、拓也は横を向いた。



36F-②




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