36F 新しい朝 ②

36F-②


「横山……」

「あの時、江畑さんから問題を出されたと、広瀬さんが慌てていた時、
あの情報を……、そう、見せてもらった写真を栗原に流したのは私なの。
この写真のお菓子を売っている店を知らないかって……」


エリカは、最初、純も『ひふみや』を知らなかったと話す。


「広瀬さんが突き止めたと話していた日、それを聞いて、名前と場所を教えたのも私。
彼は先回りをして、いかにも自分が知っていたかのような芝居をした。
それだけではないわ。『チルル』と『yuno』を比べた時のことも、
私が全て教えていたの。江畑さんの舌にどれほどの才能があって……」


エリカは一度、言葉を止める。

拓也は初めて知る事実に、ただ黙ってしまう。


「彼女の力が、どれほど『KISE』を助けているか……」


エリカは『KISE』への対抗心が、この状態にしたのだろうと話し続ける。


「彼女の力を、今のうちのように使おうなんて、彼は考えていない。
自分より優れている人間がいるなんて、絶対に認めない人だもの。
みんなも薄々感じているように、江畑さんをここから引き剥がせば……
『KISE』から外してしまうことが、目的だと思うから」


今からでも彩希を止めるべきだと、エリカは拓也に迫る。


「本当に江畑さんのことを考えての転職なら、
お父さんのことを条件に出したりしないでしょう」


拓也は、エリカの顔の前に左手を出し、もうこれ以上言うなと合図を送った。


「横山……もういいよ」

「でも……」

「もういいよ、自分を責めるような言い方をするな。
結果的にこうなっただけで、君だって江畑を追い込もうとしていたわけじゃない。
ただ……」


拓也は『ひふみや』で先に名前を書かれていたことへの敗北感と、

百貨店の社員どうし集まった会の日、

自分には出せない情報を出してきた時の圧倒された感情を思い出す。


「そうか……そういうことか……」


『栗原純』に余裕を感じられたのは、エリカがいたからなのかと拓也は納得する。


「益子部長に明日、届けを出すわ」

「何の?」

「何のって、異動……」


エリカは、このまま『第3ライン』に知らない顔をして残るのはと話す。


「おいおい、バカなことを言うなよ。横山が抜けたら、みんな急に慌て出すぞ。
君の『大丈夫』の声に、どれだけみんなが力をもらっているのか、
俺も部長もわかっているし……」

「でも……」

「でもって……今の話が全てなら、企業秘密を話していたわけじゃないし、
うちに不利益があったわけでもない。食料品売り場のチーフが、
がっくり肩を落とす姿が目に浮かぶしさ……」

「エ? 何それ」

「いやいや……」


エリカのことを気に入っている、食料品売り場のチーフ。

『第3ライン代表』として拓也が売り場に向かうと、

いつもどこか寂しそうな顔を見せる男のことだった。

拓也はその場で足を組み、余裕のある態度をしてみせる。


「そうか……栗原もそうやって必死に情報収集していたわけだ」


拓也は、あの時、自分が必死になってホステスたちに連絡したのと、

あまり変わらないなと思い、笑みを浮かべる。


「笑っているの?」

「そう見えるか」

「見えるわよ……」

「そうか……それなら笑っているのかもな」


拓也は『それなら』と立ち上がる。

歩き出そうとした足が止まり、エリカを見る。


「それなら、栗原に一つだけ伝えてくれ」


エリカは『何を伝えたらいいのか』と、顔を上げる。


「江畑を送り込んで、どれだけ『伊丹屋』の輝きが増すのか、
この目で、じっくり見せてもらうと……」


拓也は、彩希に対して、不信感を持つような行動を取ったら、

自分が黙っていないというような言葉を、形を変えて送り出した。

エリカは拓也に向かって頷き、『わかった』という合図を送る。


「江畑彩希に、きちんと結果を出させなければ、俺が奪い返すってことでしょう」


エリカは『そうよね』と拓也に聞き返す。


「ずいぶん表現が変わっている気がするけれど……」


拓也はエリカの言葉を否定しないまま、『また明日』と喫煙所を後にする。



『江畑を送り込んで、どれだけ『伊丹屋』の輝きが増すのか、
この目で、じっくり見せてもらうと……』



エリカは拓也の気持ちを知り、きっとこれからも大丈夫だと確信する。


「ふぅ……」


エリカもソファーから腰をあげ、拓也との距離を保ちながら、

ゆっくりとラインの部屋へ戻った。





「はい、どうぞ」


純は扉を叩く音がしたので、見ていた書類を裏返しにする。

入ってきたのは、『伊丹屋』の食料品売り場で、それぞれのブース担当をする社員だった。


「江畑さんのデスクを整えました。それと……社員証も」

「ありがとう」


純は彼女が入ってきたら、とりあえず売り場を案内して回る予定だと話す。


「あの……」

「うん」

「いえ、報告だけですから」


何か言いたげな態度を見せたものの、男性社員は純に頭を下げ、そのまま出て行った。

純はあらためて用紙を表にする。

『和茶美』の菅山からよこされた用紙の内容は、純が『彩』を作った職人、

『山田数行』を名乗る人物を探っていることに気づいたうえでのものだった。

これから全国展開をしていく中で、『伊丹屋』の協力は必要不可欠だが、

とある事情があるため、『年末』まで時間が欲しいことが記されている。



『時期が来たときには、全てをお話しします。
どうか、それまで身勝手な詮索は辞めていただきたい』



『年末』

純は、『雫庵』が、今後の方針を決める、

つまり、跡取りをどうするのか決定するはずだと、先に部下から聞いていた。

『山田数行』という人物が、本当は彩希の父、

『江畑晶』だという情報を知るために動いていることは間違いなく、

それを否定されない返事だったことに、もやもやしたものが確信に変わっていく。


「年末か……」


純は、窓から外を見ながら、少し先にある『KISE』の新原店を見る。

20日後に控えた『キセテツ味の旅』がどういう展開を見せるのかと思いながら、

両手を組んだ。





『KISE』と『伊丹屋』が、それぞれ秋のイベントを目の前にして、

最後の追い込みをしている頃、別の場所でも追い込みのために、

朝から重たい重機を動かし、工事を進めている男がいた。

冬馬は、彩希と食事をした日、自分がここまでにしたと自慢げに見せた場所に立ち、

予定以上のペースで進む仕事に、さらなる自信を持つ。


「順調ですね」

「あ、どうも」


現場監督と担当者に挨拶をし、先輩から渡された書類を届ける。

冬馬の視線は、アパートの1室に向かった。


「あの部屋の住人、まだ出て行っていませんか」

「はい……公営住宅に入れるそうですから、さっさと行けばいいのに、
こうなったら向こうの嫌がらせでもあるのでしょう」


現場監督は、そんなことはどこでもありますよと言いながら、また仕事に戻す。

冬馬は『失礼します』と頭を下げ、ヘルメットを返すと近くのコンビニに入った。

飲み物売り場から、近頃お気に入りの缶コーヒーを取り出すと、

電子マネーで素早く支払い、次の現場に向かった。



36F-③




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