38F イベント『あき』の陣(前編) ④

38F-④


『江畑晶』



女性社員には誤解されたかもしれないが、父の名前があったために、

無視することが出来なかった。人のものだという気持ちよりも、

知りたいという思いの方が強かった。

彩希は、どうして純が父のことを教えてくれないのか、

そのことを動かしてくれないのかと、辛くなる。



『彩』



売り場に並ぶ、和菓子の一つずつに、彩希は父の手が触れたのではないかと思い、

ガラスケース越しに左手を置く。

冷たい感覚が肌を通して伝わったものの、彩希の知りたいことを教えてくれる人は

そこに誰もいなかった。





同じ日、『KISE』のイベントも2週目に入り、

1週間の約束だった『コートレット』の代わりに、

細かいお店の住所を一覧表にしたものが、置かれることとなった。

木瀬電鉄のどこにあるのか、どの電車に乗れば行けるのか、

問い合わせが多かったため、急遽まつばと寛太が作り上げたものになる。

開店と同時に、お客様が流れるように入ってきて、食料品売り場は、

午前中から賑わっていた。高橋や竹下も大忙しに売り場を動き、

商品の補充を確認するために、寛太やまつばも売り場の方へ何度も顔を出す。

その頃、本社3階にいた芳樹は、届いたメールの中身を読むと、

もう一度、宛名を確認したあと、上司である小川が今何をしているのか、

自分に仕事を振りそうなのかと姿を探す。

『夏のバーゲン』が終了した寝具担当としては、

この時期、特に大きな催し物があるわけではないので、

小川は新聞を読みながら、時折大きなあくびをしていた。

芳樹は、ファイルを持ち、何気なく移動する場所があるそぶりを見せながら、

そのまま階段を駆け下りた。



その頃、『第3ライン』の中には、エリカと拓也が残って、

次に『第1ライン』が仕切ることが決まっている、

イベントの中身についての企画書を読んでいた。

芳樹は廊下を歩き、中に拓也の存在を確認すると、

ここなら視線の中に、自然と自分が入るのではないかと思える場所に立つ。


「割引か」

「うん……『KISE』の4店舗全てでって……」

「『KISE』の売り上げを伸ばすにはいいのだろうけれど、割引ばかりであまり……って、
横山悪い、ちょっと待ってくれ」


拓也は、どうも自らこちらの視線の隅に入り込むように立っている

男が気になり顔をあげた。その男とはもちろん芳樹になる。

芳樹は、拓也が見てくれたとわかり、すぐに手を振り始める。


「あいつは、こんな時間に休憩か」


拓也はそんなところにいないで、

用があるのなら入ってこいというように手を動かしたので、芳樹はそのまま中へ進む。


「あら、どうも……」

「すみません、仕事中に」


芳樹は話は手短に終わりますからと、エリカに頭を下げる。


「なんだよ。用があるなら、通勤電車の中でも話せただろう」

「そのときにわかっていたら話をしますよ、今、しっかりとメールが来たので
こうしてここへ」

「メール?」

「はい」


芳樹は、今日の午後、『キセテツ味の旅』に、

自分が参加している書道会のメンバー、『奥嶋恒夫』が顔を出すことになったと話し、

その相手を引き受けてもらえないかと相談しに来たのだ。


「『奥嶋恒夫』さんご夫婦が、この間話したプラス2名なのです、書道会の。
ですので、ぜひぜひお相手を」

「相手? 俺がか」

「はい。『木瀬電鉄』の沿線にある店を集めたイベントに、
どうしても来てみたいと、この間の会で話をされまして」


拓也は、誰でも来ていいものだから、自由に買い物をしてもらえばいいと芳樹に返す。


「いや、あのですね……」

「ねぇ……『奥嶋恒夫』って、まさかと思うけれど、あの『奥嶋恒夫』?」

「あ……横山さんわかりますか、さすがです」


芳樹はそうなんですよと言いながら、

『奥嶋恒夫』が長い間京都に住んでいたが、数年前に現役を退き、

今は妻の実家があったキセテツ沿線に住んでいるのだと話し出す。


「そうなんだ……へぇ……」

「僕も、書道でお会いして初めて知りました。『奥嶋恒夫』さんを。
横山さんはどこで」

「私も詳しくはわからないけれど、ニュースとか……雑誌の記事でね。
そう……今こっちに住んでいるの?」


エリカが興味を示してくれたので、芳樹は息子さんが2人いて、

二人とも京都に住んでいるそうですと、聞いた話を付け加える。

芳樹の視線が、自分からすっかりエリカに移ったとわかる拓也は、

軽く咳払いをするが、そのアピールもエリカの言葉にかき消されてしまう。


「息子さんたちも、同じ道を?」

「片方はそうだと……でも……」


『奥嶋恒夫』がわからない拓也は、無駄な時間が積み重なるのは困ると、

二人の間で一度手をパンと叩く。


「おい、ここにわからないまま黙っている男がいるのに、お前は無視する気か」

「無視? いえ、僕はそんなつもりはありませんよ」


芳樹は、『奥嶋恒夫』なら、何か拓也の知りたいことを知っているかもしれないと思い、

連絡を取れるようにしたのだと、話し続ける。


「知りたいこと?」

「はい……以前、言われましたよね、人捜しをすると」


拓也は彩希の父親を探し出したいが、何もヒントがないことに悩み、

芳樹に対して、愚痴に近い話をしたことがあったと思い出す。


「まぁ、うん……」


拓也は、エリカの前で、それが彩希の父親であると言うことを、

芳樹が話すのではないかと気になり始める。


「奥嶋恒夫さんなら、何かを知っているかもと……」


芳樹は、『なかなかな方ですよ』とさらに自分が接した感想を付け加えた。


「だから、そいつは何者だ、さっきからそこが抜けてるんだよ」

「あ、はい。えっと……奥嶋さんは伝統工芸の第一人者です。
漆器……だったかな」


芳樹の台詞に、エリカはその通りだと頷きかえす。


「漆器で、色々と海外からも賞を受けた人よ」

「あ、そうですよね、そうなんですよ。だから和菓子にも色々と詳しいんです。
『雫庵』で見本を乗せる菓子入れも、奥嶋さんのものを使っているらしくて」


『奥嶋恒夫』は、漆器の職人であり、

伝統工芸をとりまとめる会の、会長を以前務めたこともある男だった。

今でも、彼の作品には高い価値があり、日本にも海外にもコレクターがたくさんいると、

エリカも説明を補足する。


「漆器……」


拓也は、どんなものだったかと、頭の中に形を浮かべようとする。


「今日、『伊丹屋』のイベントが最終日じゃないですか。
そちらにも顔を出すそうで、そのあと、こっちに来たいってメールが……」


芳樹は自分が世話になっていた男が、このイベントのチーフだと、

自慢したことも話し続ける。


「僕が話をしたんですよ。広瀬さんがものすごく苦労して、それでもみんなをまとめて、
このイベントをって……」

「大林」

「はい」

「お前、勝手なことを言うな。このイベントを仕切るのは益子部長だろ」


拓也は『第3ライン』のトップは益子部長だと繰り返す。


「あ、それはそうですけど」

「俺は……イベントの中を通り過ぎるメンバーAだ」


そう言った拓也の顔を見たエリカは、左足を軽く叩く。

拓也は『何をするんだよ』という顔でエリカを見た。


「何言っているのよ、『メンバーA』って。そんな話、通用するわけがないでしょう。
ねぇ、大林さん」

「はい」


芳樹は、拓也の顔を見る。


「広瀬さん、奥嶋さんは本当に悪い人ではないですよ。今話をした通り、
世間的に言ったら、地位も名誉もある人ですが、威圧感を出す人ではなくて、
僕が書道の会で話すことも、いつも楽しそうに聞いてくれますし。
もし、奥嶋さんがこのイベントを気に入ってくれたら、話はもっと広がります。
僕の書道の会は、奥嶋さんご夫妻を新しくお迎えしてまだ7名ですが、
とにかく顔の広い人だから」


芳樹の言葉に、拓也は隣に座るエリカを見る。


「横山……お前が行ってくれ。伝統工芸を相手にする格式は俺にない」

「工芸ではないですよ」

「わかってるよ、いちいちうるさいな」


拓也はそういうと、エリカにも参加して欲しいと告げる。


「よろしくお願いします、横山さん。こんな広瀬さんを助けて下さい」


芳樹がそこで頭を下げると、拓也は軽く頭をはたく。


「イタ……なんですか」

「『こんな』とはなんだ」

「……もう、いちいちつっかかるな」


二人のやりとりを聞きながら、エリカは『わかりました』と返事をする。


「そういうことなら私も参加させてもらうことにします。
でも、広瀬さんも参加だからね」

「……ん?」

「何言っているのよ、今言っていたわよね、人捜し。
それって、江畑さんの父親を探そうとしたってことでしょ」


エリカはそういうと、『逃げないでよ』と釘を刺す。

拓也は、やはり言わなくてもわかるよなと思いながら、何度か頷いた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【38】愛媛   一六タルト  (柚子の香りがするこし餡を、カステラで巻いた和風のロールケーキ)



39F-①




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