39F イベント『あき』の陣(後編) ①

39 イベント『あき』の陣(後編)

39F-①


午後2時、20分前。

芳樹は書類をまとめ、デスクの上でトントンとしながら形を整えると、

ホチキスで端を留めた。それを小川の前に提出する。


「うん……」


小川は、芳樹の出したものが、以前頼んだ書類だとすぐにわかったのか、

『ご苦労様』と芳樹に声をかけた。

しかし、提出後にすぐその場から離れると思っていた芳樹は、

目の前に立ったままになる。

小川は嫌な予感がしたため、一度大きく息を吐くと芳樹を見た。


「小川課長」

「どうした」

「今から30分ほど、ここを離れてもいいでしょうか」


芳樹の言葉に、小川は『具合でも悪いのか』と聞き返す。


「いえ、僕自身には何もありません。健康診断でも問題なしでしたし。
ただ、少し色々と疲れ気味で、自信喪失感もあり、
パワー不足になっている先輩の手助けをしようかと……」


芳樹の言葉に、小川はすぐ『広瀬拓也』を思い浮かべる。


「パワー不足? あいつ……何かあったのか」


小川の切り返しに、芳樹はすぐ『話しましょうか』と言いはじめる。


小川は両手を芳樹の前に出し、『強い拒絶』をアピールした。


「いや、いい。何も……何ひとつ、ほんの小さなかけらも聞きたくない」

「かけらもって、本当に聞きたくないですか?」


芳樹は、どうしてだろうかという顔をする。


「大林、俺が広瀬のことを聞きたいわけがないだろう。
ただ、あいつがパワー不足だと聞いて、
そんなことも世の中に起こるのかと考えただけだ」


小川が芳樹を見ると、その体はすでに動き出しそうに上下に軽く揺れ始める。


「何だ、その動きは、何をしている」

「いえ、僕は広瀬さんの名前を出さなかったのに、
助けたいと言った先輩が誰なのか、すぐにわかった小川課長が、
『そうか、あいつを救ってやれ、頼むぞ』と、指示を出してくれるのを、
今か、今かと待っているつもりですが……」


芳樹の言葉に、小川は何を言っているんだと、ため息を吐く。


「大林、ダメだと言ったらどうするんだ」


小川はそういうと芳樹を見る。


「ダメ?」

「あぁ、そうだ、うちはボーナス商戦を前にして、今、色々と考える時期だ。
大林にしてもらいたい仕事はまだ山ほどあるしな」


小川はそういうと、両手で『山ほど』を示すように大きく丸を作る。


「本当にダメと言いますか」

「言うかもしれないぞ」

「知りませんよ、そんなことをここで言ったらどうなるのか」

「ん?」

「そうか、小川課長はたった30分のことで、そこまで意地の悪いことをするのかと、
この後、全てを投げ出して八つ当たりする広瀬さんに、
ここがお礼参りをされるかもしれません」

「は?」

「お礼参りです」


芳樹は、真剣な顔で小川を見る。

小川は、そういえば、『広瀬が佐々木部長に狙われている』という話を、

木村から聞いたことを思い出す。


「まぁ……あの……」

「ありがとうございました。行ってきます」

「あ、おい」


芳樹は否定をしなかった小川に頭を下げ、部屋を出て行ってしまう。


「なんだあいつは……まだ何も言ってないだろう」


小川は大きく息を吐くと呆れた顔になるが、その口元には笑みも浮かんでいた。





「小川課長が?」

「はい、僕の話を聞いて、すぐに広瀬さんだと思ったみたいです。
元気が少しないと話したら、驚いていましたし……」


小川の許可を勝手に得たと思っている芳樹は、拓也のところに向かい、

二人で一緒に店の入り口まで歩いて行く。


「お前ってさぁ……」

「はい」

「本当は最強なのかもしれないな」

「最強?」


拓也は、あっけにとられた小川の顔を思い浮かべながら、

それでも芳樹に対して、強く言わない姿を想像していた。

別の場所から入ったエリカを合わせ、

3人は、芳樹の書道仲間である『奥嶋恒夫』を出迎える。

奥嶋は、奥さんと一緒に店へ入り、顔を知っている芳樹に手を振ってきた。


「おぉ、大林君、今日は悪いね」

「いえ、イベントに足を運んでくださって、ありがとうございます」


芳樹の横には、拓也とエリカが並び、揃って頭を下げた。


「今回のイベントを仕切った『第3ライン』の広瀬と横山です。
僕は食料品売り場は担当外なので、2人に案内を任せましたから」


奥嶋と一緒に来た妻は、わざわざすみませんと頭を下げる。


「あ……」


奥嶋の妻の顔を見たエリカは、思わず声を出す。


「失礼しました。あの……先日、食料品売り場でお見かけしたもので……」

「あら……そうでしたか」

「はい」


エリカは隣にいる拓也に、『KISE』での最終日、彩希が対応していたお客様だと説明する。

拓也も年配の白髪女性を思い出し、あらためて頭を下げた。


「大林君、これを……」


奥嶋は手に持っていた『和茶美』の袋を、そのまま芳樹に差し出した。


「いえ、奥嶋さん。こんなことをされては……」

「いいから、いいから。さっきまで『伊丹屋』に顔を出していたんだ。
なんだか最終日だと言うし、『和茶美』の菅山から、顔を出せと言われてな、
面倒だと思いつつ、『雫庵』の関係もあるしと……」



『雫庵』

『和茶美』



拓也の耳に、彩希に関わりそうな店の名前が届く。


「まぁ……初めてのイベントで、人がたくさん来ているでしょうと、
あいつらしい自慢をされたよ。菅山は昔から品のない男だったけれど、
ますます嫌み加減が増したな」

「あなた……」


奥嶋の妻は、ここで話すことではないからと、隣に立つ奥嶋の腰を叩く。


「土産だとあれこれ詰めてくれたが、持って帰るのも面倒だ、
大林君、それに君たちも、よかったら食べてくれ」

「いや、でもそれは……」


拓也は、相手は奥嶋に対して持たせたものだからと遠慮する。


「『和茶美』や『雫庵』の菓子は、『経営報告会』でまた食べることになるから。
珍しくもなんともない。ほら、遠慮無く……」



『経営報告会』



拓也は、発言を聞きながら、目の前に立つ奥嶋が、

芳樹の言うとおり『雫庵』や『和茶美』に対して、影響力も持つ人物なのだと、

そう考える。

芳樹は横に並ぶ妻に、『本当にいただいていいのですか』と聞き返した。


「いいのよ、大林君。お父さんがそう言うから。みなさんで食べてみてください。
今日のメインはこっちだと、ずっと話していますし」


妻の了解を得たため、芳樹は袋を受け取り、

『ありがとうございました』と頭を下げる。

隣に立つ拓也は、『和茶美』の袋に、彩希のことを思い浮かべた。

そしてあらためて奥嶋の顔を見る。

『もしかしたら』という思いを抱き、紙袋を持ち、

少し下がった場所に立つ芳樹を見ると、芳樹は、『大丈夫です』と口を動かし、

拓也に軽く頭を下げる。


「今日は、『KISE』のイベントに、足を運んでいただきましてありがとうございます」


拓也の挨拶に、エリカも合わせて頭を下げる。

奥嶋はおいしいものを教えて欲しいと言い、楽しそうに店内を歩き出した。



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