39F イベント『あき』の陣(後編) ②

39F-②


30分ほど店内を歩き、奥嶋は『チルル』の焼き菓子や、他にも煎餅や羊羹など、

『木瀬電鉄』沿線の味を、色々と見つけて購入した。


「『ひふみや』はもうないようだね」

「申し訳ありません、この店は……」

「はい、知っていますよ、書道仲間から話を聞いて、
以前、予約を入れて買いましたから」

「あ、そうですね」


拓也は、芳樹の会から、『ひふみや』の情報が出ていたことも思い出す。


「あの味は素晴らしかった。客にこびず、しかし寄り添っていく。
一流品でありながら、勝ち誇るようなずうずうしさはなく、芯を持ち、ただ、
『味』を追い求めたものだ」


奥嶋は、芸術家らしい言葉の選びをしながら、店内を見る。


「広瀬さん」

「はい」

「あなた方はすばらしい企画を作ったね。高級ではないし、派手さもないけれど、
人の心にきちんと残る味を、選んでくれている」


奥嶋は、伝統という文字がつくと、身近なものがどんどん離れてしまうと、

嘆き始める。


「私の作り出したものも、もっと普段使いをしてもらいたいと思っているけれど、
それを集める人がいて、値段ばかりが上がってしまってね。
昔は庶民の芸能だった歌舞伎も、今では、なんだか高級なものになってしまうし。
お菓子なんてものもさ、そもそも、格好つけるものじゃないだろうに」


奥嶋は、だからこそ『和茶美』が色々としかけて、

希少価値を上げていることに対し、気にいらないのだと口にする。


「『雫庵』も太一郎さんと学さんの争いで、妙な方向に走り始めて……」

「お父さん」


奥嶋の隣にいる妻は、話さなくてもいいことですよと、口の前に手を置く仕草をした。


「いいんだよ、この『KISE』の人たちは、そこに一線を引くため、
このイベントをしたに違いない。
太一郎さんは、嫌がらせのように、孫娘に婿を取ってあとを継がせるとか言い出すし、
後妻に頼っている菅山は、跡取りを作り上げるために必死で、
職人を身勝手に縛り付けて……」


拓也は、飛び込んでくる話を冷静に聞きながら、情報をとにかく整理していた。

奥嶋が話しているのは、『雫庵』と『和茶美』のことになる。

太一郎と学というのが『雫庵』の話になるのなら、菅山の会話に出てくる、

『縛り付けられた職人』とは誰なのかと考え、一歩前に出た。


「奥嶋さんは、『和茶美』で働く職人のことも、ご存じなのですか」


拓也の問いかけに、奥嶋はそこまで楽しそうに話していた口を閉じた。


「ん?」


奥嶋は、拓也が予想外の部分で急に興味を示したような気がして、

一瞬、どういうことだろうかと身構える。

その戸惑いの様子は、拓也にももちろん伝わったため、乗り出した体は元に戻す。


「すみません、出過ぎました。少し……」


エリカは、この奥嶋という男性が、

彩希の父親に関する情報を知っているのかもしれないと思い、

拓也が思わず口に出したことがわかり、イベントのパンフレットを前に出す。


「奥嶋先生。実はうちには以前、『お菓子に対して特別な舌を持つ女性』がいました」

「舌?」

「はい。商品を口にすると、その材料も、どう作るのかも、わかってしまうという、
不思議な特技を持った女性です」

「ほぉ……それはおもしろい」


エリカの話に、奥嶋はその人は職人なのかと聞き返す。


「いえ……彼女は、この『木瀬電鉄』の沿線で和菓子屋をしていた家の娘さんです。
幼い頃からこの場所が好きで、お菓子が好きで、
うちの食料品売り場に販売員として立ってくれていました。
お客様の喜ぶ顔が好きだから、商品の知識を自分で得て、
それを紹介しようと思っているうちに、経験が力になり、その舌の力は、
誰にも並べないものになりました」


エリカは、『ひふみや』も『チルル』も、彼女の力があって、ここにあると説明する。


「世界的なパティシエが作ったお菓子だからとか、宣伝にお金をかけられる店だからとか、
そういう理由で彼女はものを選びません。本当に丁寧に作ったものしか、
舌が反応しないのです」

「ほぉ……おもしろいね」


元々、自分も職人である奥嶋は、エリカの話に興味を示す。


「で、その人は今?」


奥嶋の問いかけに、エリカは『家を出て行方のわからない職人の父親を探している』と、

彩希の状況をそのまま話す。


「先日、奥様がこちらにいらした時、接客をさせていただいた江畑のことです」


エリカの言葉に、奥嶋の妻は『あぁ……』と彩希のことを思い出す。


「あの方が……」

「はい」

「そうね、確かに。押しつけることもなく、私がどういうものを好むのか、
何を探そうとしているのか、寄り添ってくださった……」


奥嶋の妻は、隣にいる奥嶋に対して、『この間のお土産』だと話をする。


「おぉ……お前が楽しかったと言っていた」

「はい」

「奥嶋先生」


拓也は、会話がなくならないうちにと、口を開いた。

初めてお会いしているのに、本当に図々しい話なのですがと、

奥嶋に知っていることがあるのなら、教えてもらえないだろうかと一歩前に出てしまう。


「知っている?」

「はい。先ほど、『和茶美』で、跡取りを作り上げるために職人をと……
そう話されましたよね。それは『雫庵』の跡取りをということでしょうか」


拓也の言葉に、奥嶋は黙ったままになる。


「江畑晶という人が、今、話をした江畑の父親が、
その指導を続けている職人だと言うことはないでしょうか」


拓也の訴えに寄り添うように立つと、エリカは一度息を吐く。

真顔の拓也を見ながら、自分には、彩希が『伊丹屋』に行くのは、

条件がいいから当然だと話していたのに、心の奥では別の思いがあったのだとわかる。

芳樹に対する愚痴や、今、奥嶋に必死に訴える姿を見ながら、

拓也の心の底にはやはり、『自分が探してやりたい』という思いがあったのだと、

エリカはあらためてそう考えた。

『キセテツ味の旅』に訪れた著名人と、案内をする社員という立場から、

話が完全にずれてしまい、互いに続きを語れない妙な時間が数秒間流れる。


「広瀬さん」

「はい」

「私はその職人が誰なのか、本当に知りません。
でもね、たとえ、その職人がこの『KISE』に関連した女性の父親だとしても……
してもですよ。『和茶美』は最初から『伊丹屋』との交渉しか頭にないし、
『雫庵』は、店舗ブースを出すこともしないでしょう」


奥嶋は、あなたたちの知ろうとしていることは、仕事に結びつかないと言ってくる。


「職人の世界には確固たる上下関係がある。雇い主の気持ちを無視して、
職人の気持ちが……」

「これは仕事ではありません」


拓也は言葉を発しながら、大きく首を横に振った。

自分たち、『KISE』の欲求だと思われてしまったら、話がズレてしまう。


「違う……」

「はい。今、話をした江畑は、このイベントを一緒に作ってきた仲間です。
そのご家族が、3年間、行方のわからない大切な家族を探しているという
当然の話なのです。『和茶美』にも『雫庵』にも事情があるのかもしれません。
いえ……おそらく事情を知りながら、明らかにしない『伊丹屋』にも、
それなりの考えはあるのでしょう。しかし、仕事だの、立場だの、名誉だの……
そんなものが、家族の思いより大切でしょうか」


拓也の訴えを、奥嶋もその妻も、真剣に聞き続ける。


「もし、調べていただけるのなら、教えていただけるのなら、
私は……何時間でも、頭を下げ続けます」


拓也はそういうと、奥嶋に頭を下げる。


「広瀬さん、私たちにそんなことはしないでください。ねぇ、あなた……」


奥嶋の妻は、慌てて拓也の背中に触れると、『やめてください』と声をかける。


「そうか……君が広瀬君だよね」


奥嶋の声に、拓也は顔をあげる。

あらためて名前を呼ばれることに、何か意味があるのだろうかと考えた。


「本当に、本当の話だとは」


奥嶋の言い方に、拓也はどういうことなのかと、不安げな表情に変わる。


「いやぁ……大林君の話の通り、君は『熱い男』だ」


奥嶋はそういうと、隣にいる妻を見る。

妻は『そうですね』と言いながら、微笑み頷いた。



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