39F イベント『あき』の陣(後編) ④

39F-④


「どうしたんですか、何か問題でも」

「栗原さん」

「はい」

「どうして教えてくれないのですか。わかっていたのなら、
どうして名前くらい教えてくれないのですか」


彩希の訴えに、純は『いきなりですね』と軽く笑う。


「『和茶美』の中にいる職人は……『山田数行』という名前ですが、
その名前で動いているのは、私の父ですよね。『江畑晶』ですよね」


彩希は、ここに座っていた方の机の上にあった書類を見てしまったと、そう話す。


「あの食事会の時からずっと、栗原さんは私が何をしたいのかご存じで、
それをかなえてもらえると思ったから、私は『KISE』のみんなに迷惑をかけても、
ここへ来ました。『和茶美』が詮索しないで欲しいと言っているから、
だから時期が来たらと、そんな話をしていたのに……もう、こうして、
知っているわけでしょう」


彩希は、話をしながら、だんだんと興奮状態になってしまう。

純は、彩希が示したデスクの前に立つ。


「人の書類を、勝手に見たと言うことですよね」

「……勝手って……」


純の冷静な切り返しに、彩希は言葉が続かなくなる。


「江畑さん、僕は最初に説明をしたつもりです。『和茶美』には東京進出の思いがある。
そこに道を作るのは、『伊丹屋』だと思っています。だからこそ、今回のイベントに、
出店が初めて決まった。互いの利益、互いの思い、それが重なってこそ、
1歩踏み込めるんです。あなたがもし、お父さんのことだけを考え、
相手方に身勝手に踏み込んだら、信頼関係が崩れます。
仕事の中で積み上げてきたものが、途端に動かなくなるかもしれない。
その責任を取れますか」


純は、『仕事』よりも前に来るものはないと、彩希に言い返す。


「仕事……」

「おそらく、今までの話の流れ、調べから、江畑さんのお父さんが関わっていると、
僕も思っています。でも、『和茶美』と『雫庵』にも、今、こうなっている理由がある。
だからこそ、互いのエリアに対して、土足で踏み入るようなことは避けなければならない。
あなたのお父さんの立場も、悪くなるかもしれないのですよ」


純の強い口調に、彩希は言葉が出なくなっていた。

仕事も確かに大事だとは思う。

『伊丹屋』がこの話題をくれたからこそ、彩希にも父に対しての道が開けてきた。


「仕事……それが大事なのはわかります。でも、私は……私たち家族は、
3年間、父を待っているんです。どうして出ていったのか、なぜ戻ってこないのか、
何をしているのか、どこにいるのか、ずっと、ずっと……」


彩希はそういうと唇を噛みしめる。


「あなたが一人で、今、『和茶美』に飛び込んでも、何も明らかにはなりません。
『伊丹屋』にしっかりと足をつけてください。必ず……」


彩希は純の言葉を最後まで聞かずに、そのまま仕事場を飛び出した。



『その責任を取れますか』



純から出てきた台詞に、彩希は、江畑家の家族の感情まで、

『伊丹屋』の組織に支配されているような気がして悔しさがあふれてきた。

それでも、純が言うように、『和茶美』との交渉が出来るのは、『伊丹屋』だけで、

時期というものをただ待つしかないのかと、彩希は大きく息を吐く。

彩希は、電車に乗り、家を目指したはずだったのに、

気づくとついたのは『KISE』の『久山坂店』がある駅だった。



『バタちゃん』

『江畑さん……』



ここに来るだけで、懐かしい仲間の声が、耳に届く気がしてしまう。



『江畑……』



彩希は、拓也の声を思い出し、駅のベンチに座り、ただ下を向いていた。





「ステーキ食べ放題って言うのは、どうですかね」

「大林、お前は人の話を聞いていたのか、俺はブレンドって言っただろう」


拓也は一番大きなサイズだぞと、両手を広げてみせる。


「いいなぁ、明日は1日中、飲んでいられる」


芳樹は、そんなサイズはありませんよと言いながら、横にいる拓也を見る。


「……本当に本気ですか」

「俺がお前に見せている時間で、本気ではない時があったか?」


彩希がベンチに座っているとは知らない拓也と芳樹は、

いつものように改札を通り、そのままホームへ向かった。

芳樹は、あれだけの貢献をしたのだから、

もう少し、値段の張るものををお願いしてもいいのではと言いながら歩くが、

ベンチに彩希の姿を見つけ、立ち止まる。


「広瀬さん」

「ん?」

「ほら、あれ、江畑さんです」


拓也が、芳樹の指先の方向を見ると、確かに座っていたのは彩希だった。

下を向き、いつも背負っていたリュックを膝の上に置いている。

誰が前を通ろうと、その視線は動くことなく、まるで粘土で固めた人形のようにも見えた。


「どうしたのかな……」


芳樹は、彩希を見てそうつぶやいた。

『KISE』を出て行ってから1ヶ月近く経ったが、あの時のような、

『頑張ろう』という雰囲気は、彩希から感じ取れない。


「何かあった……あ、広瀬さん」


慎重に彩希の方を見ていた芳樹の横を、

拓也は彩希だけを見ながら、前に進む。


「久しぶりだな、江畑」


拓也の声に、彩希はすぐ顔を上げた。

父を探す目的が、なかなか前へ進まないことに苛立ちと空しさを感じながら、

この駅へ来てしまったが、拓也本人に会ってしまうとは思わずに、すぐ立ち上がる。


「こんばんは」


彩希は、抱えていたリュックを背負い、すぐにでも動けますという体制を取った。

とりあえず何かしなければいけない気がして、携帯を取り出し、指を動かし始める。


「イベントにでも、顔を出したのか」


拓也は彩希の表情が暗いことにも気づいていたが、あえて明るく話しかけた。

その後ろには、状況を心配する芳樹が立つ。


「イベント……あ、はい、すみません、そうなんです。
長岡さんにも顔を出してと言われているのに、なかなか来られなくて。今日も……」


彩希は、仕事帰りに立ち寄るところがあったのでと、その場しのぎの嘘をつく。


「立ち寄り……」

「はい」

「『伊丹屋』の立ち寄りか、また、新しい店でも見つけたとか……」


拓也の切り返しに、彩希はそれ以上のごまかしが見つけ出せず、黙ってしまう。

電車が入ってくるというアナウンスが流れ出したので、すぐに線路の向こうを見た。

彩希は電車に気づき、拓也からの質問の答えを出さないまま、

『それではまた』とその場を離れようとする。


「逆じゃないのか、お前のうちは」


入ってきたのは、拓也が乗るべき電車で、彩希は慌てて『そうでした』と足を止めた。

止まった電車の扉が開き、乗り降りが目の前で行われるが、

拓也も芳樹も進もうとはしない。


「乗らないのですか、広瀬さん」

「乗るつもりだったが、乗れなくなった」


拓也はまた数歩、彩希に近づいていく。


「どうだ……『伊丹屋』は。お父さんのことは、何かわかったのか」


拓也は、彩希に向かってそう聞くと、答えを待つ姿勢を取った。

彩希は、言葉を待ってくれている拓也の目に、

この数週間のことを全て吐き出しそうになるが、イベントギリギリで、

メンバーに迷惑をかけた自分が、さらに愚痴を言うのはと言葉を心の底に、

押し込んでしまう。


「それに関しては、全て栗原さんにお願いしてありますから。
だから、大丈夫だと思います。今している仕事は……とにかく色々なものを味わって、
それをまとめて……。『伊丹屋』に来てくれるお客様に……」


今度は、反対側のホームに電車が到着するというアナウンスが聞こえ、

彩希は、自分の方だからと、拓也と芳樹に頭を下げる。


「江畑……」

「はい」

「俺たちは、そんな水くさい間柄になったのか」


拓也の台詞に、彩希はリュックのひもを強く握りしめた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【39】高知   芋けんぴ  (芋を棒状に切ってから油で揚げで、砂糖をからめたお菓子)



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