40F そこらへんにはいない男 ③

40F-③


拓也は視線を上に向け、これから昼時になるという時間を確認する。


「奥嶋先生、申し訳ありません。今日は、『味の旅』イベントの最終日でして」


拓也は、『キセテツ味の旅』が最終日を迎えるため、

抜け出すわけにはいかないことを、奥嶋に話していく。


「横山さん……広瀬さんの電話って、バタちゃんのことですよね」


まつばは、どういう流れなのかはわからないが、今、拓也が電話をしている相手は、

彩希が知りたいことを知っているのだと思いエリカを見る。

エリカはその通りだと、頷いていく。


「バタちゃん……まだ、お父さんと会えていないのですか」


『伊丹屋』にさえ行けば、すぐにでも問題が解決すると思っていたまつばは、

飲み会に誘った返事が、あまり思わしくなかったことを思い出す。


「イベント準備も抜け出してまで、職場、移ったのに……」


まつばはそうつぶやいた。


「そうだと思っていました。『伊丹屋』はようするに最初から、
本気で考えてはいなかったってことですよ」


寛太は、彩希をここから切り離すためだったのだと、自分はそう思っていたと口にする。

武は、拓也が電話をしているからと、二人に静かにしろと手で押さえる仕草をした。


「はい……」


拓也の顔を見たエリカが立ち上がり、その受話器を奪い取る。


「あ……おい」

「先日は失礼いたしました。広瀬と一緒にご挨拶をした横山です。
はい、いえいえ、こちらこそ……」


エリカは受話器を取り返そうとする拓也の手を押さえ、奥嶋に挨拶をした。


「これから広瀬をそちらに向かわせます。はい……」

「おい、横山」

「はい、最終日なので……出来たら、夕方までには」


エリカは、夕方前に戻れば、そこまで問題が起こることはないだろうと話し、

受話器を手で塞ぐ。


「広瀬さんがいかないと。奥嶋先生にお願いしたのでしょう。
イベントなら私たちがいればなんとかなるわよ。益子部長だって、
11時には戻ることになっているし」

「そうですよ、そうです」


エリカが言ったことで、まつばもすぐに声を出す。


「バタちゃんのお父さんの情報ですよね。広瀬さんが聞いてきてあげてください」


まつばは、自分たちがそれを探し出せれば、彩希も喜ぶはずだと声をあげる。


「長岡……」

「まぁ、そうですね。企画担当者である俺もいますし。次回は自分だと意気込む、
優秀な荒木もいますし」

「大山さん、なにげに少し嫌みっぽいです」


寛太はそういうと、武に向かって笑顔になる。


「そうしなさいよ。電話であれこれ話をするよりも、顔を見て聞いてきた方が、
間違いがないもの」


エリカは拓也にそういうと、受話器を戻す。


「私たちのチーフでしょう。私たちっていうのは……もちろん、彼女もまだ、
入っていると思っているから」


拓也はエリカから受話器を受け取り、あらためて受話器に向かう。


「色々と申し訳ありませんでした。それではこれからすぐに、向かわせていただきます」


拓也はそういうと、メンバーの顔を見る。

武も寛太も納得するように頷き、まつばは両手を合わせて嬉しそうに微笑んだ。





「プラス25%。それに届かないのなら異動をさせましょう。
それで向こうが折れるのなら、簡単なことですし」

「佐々木部長、それはあまりに厳しいです」


その頃、食料品関連売り場を仕切る3名は、イベント終了後のことについて、

話し合いの場を持っていた。拓也の元上司、『寝具担当』の小川課長に近い木村課長は、

益子と佐々木の会話に首を素早く動かし、

それによってズレてしまうメガネを何度も直していた。


「厳しい? いやいや益子部長、私の前で広瀬自体が納得したのですよ。
昔からの付き合いがある『リリアーナ』との関係を壊し、
それでもと意気込んだイベントだ。これくらいの売り上げを求められるのは当然です」


佐々木は、25に届かないのならという言葉を、何度も繰り返す。


「確かに、現在、『リリアーナ』と良好な関係が築けているとは言えません。
しかしそれを認め、実際にやらせたのは私です。責任を取れと言われるのなら、
広瀬ではなく、私に……」

「『リリアーナ』が求めているのは、あなたではない。
数だ形だと、整えればいいわけではないんですよ。
こじれた関係を、元にとお願いするのなら、こちらの精一杯の誠意を見せないと、
問題の解決にはならないでしょう。いいじゃないですか、
広瀬に対して、別に辞めてもらおうとしているわけではないんです。
もともと、5年で何カ所も売り場を渡り歩くような社員でしょう。
少し、現場から離せば、頭を冷やすかもしれないし」


佐々木はそういうと、仕事がありますからと立ち上がる。


「佐々木部長、待ってください。そのような条件は、
広瀬の上司として、私は絶対に受け入れられません」


益子は、出て行こうとする佐々木の前に立つ。


「益子部長、何を……」

「広瀬は自分自身のために動いたわけではありません。すべてお客様のためです。
正しいことをしている社員を、こちらの都合で押しつぶすようなことをして、
それで『KISE』の未来はありますか」


益子の言葉に、佐々木は顔色一つ変えないまま、横をすり抜けてしまう。

どうしたらいいのかと迷っていた木村も、佐々木を追うように会議室を出た。





拓也は奥嶋に聞いたとおり、駅からの道を歩いた。

路線としては『ひふみや』がある鹿野川方面になるが、

町工場があり、細い路地が入り組んでいる場所ではなく、

どちらかというと、広めの土地を持つ家が並んでいる地域になる。

昔から田畑を持っていた地主が、今、新しく賃貸マンションなどを建て、

『家賃収入』という稼ぎ方であらたな力をつけているのか、

そんな建物もいくつか確認できた。

拓也は番地を確認しながら、『奥嶋』の表札を見つけ玄関前に立つ。


「ここか……」


妻の実家が残っていたので戻ってきたと言うとおり、建物は確かに古めだったが、

目の前に広がる芝生の手入れも、しっかり行き届いている。

拓也は、『ひふみや』と同じく、彩希自身に縁のある『チルル』のお菓子を、

今日の手土産に選んだ。

呼び鈴を鳴らすと、先日一緒に『KISE』に来てくれた奥さんの声が聞こえたため、

広瀬ですと、しっかり名前を名乗る。

そして、数秒後に扉が開いた。


「どうぞ、広瀬さん。入ってきてください」


玄関からそう呼びかけた奥さんに頭を下げ、拓也はそのまま敷地内に入った。

靴を脱ぎながら、そこにヒールがあることに気づく。

誰か先客がいるのだと思い奥さんの顔を見ると、大丈夫ですよという意味なのか、

小さく何度か頷かれた。


「おぉ、来た、来た」


拓也の様子に気づいたのか、奥から奥嶋が姿を見せた。

拓也はあらためて頭を下げ、そのまま中に入っていく。

リビングと思われる場所に足を踏み入れた時、目の前に立つ女性の姿が目に入った。


「初めまして、『岩原詩(うた)』です」


拓也は初めて見る女性が誰なのかわからないまま、とりあえず頭を下げた。



40F-④




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