40F そこらへんにはいない男 ④

40F-④


「こちらにどうぞ」

「ありがとうございます」


一人ずつが座れるソファーに拓也が座り、

その反対側にある数名が並べるソファーには、奥嶋と詩が並んで座った。

拓也は、横に立ってくれた奥嶋の妻に、手土産の袋を渡す。


「広瀬さん、こんなこと……」

「いえ……すみません、急遽だったので」


奥嶋の妻は座っている詩に、袋を見せる。


「詩ちゃん、これとても美味しい焼き菓子なのよ。お母さんに持って帰って」

「いえ、おばさん」

「いいの、いいの。私たちはこの間、買ってきたし」

「あ、そうだな、詩、そうしなさい」


詩は持ってきた拓也に対して、『すみません』と頭を下げる。

拓也は、奥嶋夫婦と親しそうな詩が誰なのかわからないままだったが、

『どうぞ』と了承する。


「広瀬さん、彼女はね『雫庵』の娘なんだよ」


奥嶋は、この詩が、岩原学にとって最初の妻との娘であり、今は離婚したため、

母親と暮らしていること、

祖父の太一郎が、後妻やその間に生まれた息子聖に対しての不満があり、

詩に職人との見合いを勧めている話をしてくれる。

拓也は、あらためて自分が『KISE』の食料品第3ラインにいる広瀬だと名乗った。


「太一郎さんも学さんも、本筋がとっちらかっていると、私も思ってね。
今回、この騒動のいきさつを、詩から聞くことになった」


奥嶋は、小さい頃から知っているのだと、詩と呼び捨てにする。


「すみません、広瀬さんがお忙しいのにこちらにお呼び立てして。
私が昨日から東京に来ていたもので、それならば広瀬さんに会わせようと、
奥嶋さんが……」

「そうでしたか」


拓也は、こちらこそすみませんと詩に頭を下げる。


「いえ、奥嶋さんからもお話を聞いて、父と祖父のために、
みなさんにご迷惑をかけていると、そうあらためて思いました」


詩は、自分はそれほど『雫庵』に思い入れがあるわけではないと話す。


「弟の聖とは、小さい頃何度か会いましたが、
中学に入る頃からは、会うことを避けていた気がします。
聖の母親は、昔から『雫庵』で働いていた女性で、叔父になる菅山も、
職人として出入りしていたこともありましたし……。なんですかね、
子供心に、母と私が追いやられたような気になってしまって」


詩は、父と母はその前にもう関係がおかしかったようだけれどと、昔を振り返る。


「父は、カリスマのように言われた祖父に負けたくなかったのだと思います。
菅山は経営者としては一流で、祖父が続けてきた味の確認作業を、
父にもやるように指示をしていましたから」


詩は、父も老舗のために、カリスマを演じるしかなかったのだと話す。


「『雫庵』には腕のいい職人が昔から何人もいた。でも、普通はある程度修行を積むと、
自分の店が持ちたくなったり、もっと待遇のいい場所を求めたりして、
辞めていく男も多かったわけだ。その中で、人としては未熟だし、
色々と問題もあるけれど、職人としては誰にも負けないという
『山田数行』に学さんは目をつけた」


奥嶋は、自分も2回くらい会ったことがあるが、

酒飲みで、だらしがないところも多いのに、

なぜかお菓子作りだけは神がかっていたと詩を見る。

奥嶋の言葉に、詩もその通りだと頷いた。


「学さんは、その出世欲のない職人に、跡取りの教育をさせるつもりで、
山田さんが当時飲食店などに作っていた借金を支払い、『和茶美』に専念させた。
自分の舌が、病気で使い物にならないことを、周りには知られないため、
聖も『和茶美』に行かせて」


そのアイデアはもちろん、叔父である菅山のものになる。


「しかし、山田は元々、責任を背負わせるだけの覚悟などない男で、
ベテラン職人はいるものの、昔から知っている江畑晶という男性に協力を依頼した。
その頃、江畑家の『福々』はすでに店じまいをしていて、彼は職人ではなかったため、
最初は断られたと……そうだろ、詩」

「はい……そのようです」


しかし、東京に何度か足を運び、菅山の元で聖を育てれば、

『雫庵』の影となり動くことが出来たら、『福々』を再建できる道筋が作れると言われ、

晶は揺れたという。


「再建……」

「まぁ、どこまで本気なのかはわからないがな」


奥嶋は、とにかく菅山は調子がいいからと、背中をソファーの背もたれに置き、

首を軽く回し始める。


「山田さんは江畑さんに、取りあえず来てくれるのなら、
『雫庵』で父と会うことも約束をしたため、京都へ向かったそうです」

「昔、娘さんを連れて来たこともあったし、職人として憧れていた場所だと、
話してくれたそうだ……」


奥嶋は、きれいな暖簾の裏は、いびつなのになと詩に話しかける。

詩が返事に困ったような顔をしたため、奥嶋の妻は、奥嶋の足を軽く叩いた。


「痛いな、お前」

「あなたは一言、二言多いんです」


拓也や詩の前に、香りのいいコーヒーが置かれた。

拓也はすぐにすみませんと頭を下げる。


「感じたことを正直に話しているだけだ」


奥嶋はそう言うと、さらに話の続きをし始める。

晶が岡山へ向かい聖と会う日になると、

仲介をするはずの山田は、人を迎えに行きますと店の同僚に言い、

自転車で駅に向かったという。


『親の具合が悪くなっているから、3日だけ基礎を教えて欲しい。
申し訳ないが頼む』


と、晶宛のメールを送った山田は、そのままいなくなってしまったという。


「いなくなった……」

「あぁ、元々、地に足をつけて生活なんかしている男ではないからな、
洋服とか適当な荷物をダンボールに詰めて、どうもどこかのホテルへ送ったらしい」


実際には、山田がいなくなったのは具合の悪い親のためではなく、

知り合ったホステスとの逃避行だとわかった時には、本人は病に倒れ、

病院に運ばれた時だった。


「山田さんは、最初から江畑さんをだましたのだと思います。
まぁ、あの人の性格だと、だましたと言うより、自分の代わりに、
ちょっとだけ頼んだ……それくらいの気持ちかも知れませんが」


詩の言葉に、奥嶋はそうだなというように数回頷く。


「叔父と父から受け取っていた飲食店の借金も、
実際には、半分くらいしか支払っていなかったようで。
おそらく、ホステスと逃げるつもりで持っていて、結局、持ち逃げされたのだろうと……」


詩は、この一連の流れが、祖父である太一郎にばれてしまうと、

ただでさえ色々と指摘されているのに、

自分の病気のことも菅山の企みも、全てが明らかになってしまうと恐れ、

父親の学が、残った晶に対して無理に迫ったのだと言う。


「この騒動が表沙汰になると、『雫庵』が、潰れることになると……
父は、江畑さんに頭を下げたそうです」


詩は、山田が先に得てしまった借金返済金のこと、

そして、『雫庵』が置かれている現状など、学が晶に対し必死に訴えたという。


「最初は、江畑さんも東京に戻ると何度も言ったそうです。
ご家族には『少し』というメモしか残さなかったようですし。
実際、喧嘩になっていたこともあったと。でも、そこに一人、
残されている聖を見て、江畑さんは足が動かなくなったみたいで……」

「まぁ、聖の話によるとだけどな。その江畑という職人も、カリスマとは言わないが、
父親の背中を追い続け、結局、店の問題ですれ違ってしまったと、話していたらしい」



『父を追いかける息子』



そんな家族の構図を、学と聖にも感じたと、晶自身が学に語ったという。


「自分ではない代わりが見つかるまでと、そう言い続けていたのに、
あと数日という思いが、結局、3年になってしまったと……」


拓也は、詩の話を聞きながら、疑問符が何度も浮かんできた。


「あの……」

「はい」

「それならばどうして、晶さんはご家族だけでも連絡をしなかったのでしょうか。
突然巻き込まれ、身勝手な頼みではないですか。
跡取りになる聖さんの指導を引き受けるにしても、今どこにいて、どうしているのか、
これからどうなるのか、それをどうして……」


拓也の口調がきつめになっていくため、話をしていた詩も、

ソファーに深く座り込んでいた奥嶋も、表情を変える。


「広瀬さん」

「はい」

「やはり君には何かがあるのだろう」


奥嶋の言葉に、拓也は言葉を送り出していた口を閉じた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【40】福岡   梅が枝餅  (餡を薄い餅の生地で包み鉄板で焼き、『梅』の刻印を入れた焼餅)



41F-①




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