41F 逆風からの追い風 ①

41 逆風からの追い風

41F-①


「広瀬さん、あらためて聞かせてくれ。電話でも私はそう言った。
君はどうして、そこまでこの話に気持ちを入れるんだ」


奥嶋は、確かに晶の娘が、『KISE』で一緒に働いていたとはいえ、

そこまでの感情になるのかと問いかける。


「何か……『雫庵』や『和茶美』に、トラブルでも」

「いえ、違います」


拓也は、心配そうな詩に向かって、あらためて首を振って否定する。


「私の問題は、『雫庵』でも『和茶美』でもありません。
実は、私が『KISE』に入る前、働いていたのは『三成不動産』でした。
江畑家が家族で経営していた『福々』という和菓子屋があった場所を含め、
マンションを建設する計画があり、当時、入社2年目だった私は、
会社の話を自分自身の中に入れることなく、突っ走っただけでした」


拓也は、自分が都合のいいことだけを先輩から聞かされ、それをそのまま話したことで、

何件もの店が潰れ、何人もの人たちが慣れた土地を出て行ったのだと、二人に説明する。


「『福々』が、別の場所で再出発をしたけれど、ダメだったと聞いた時には、
本当に辛かったです」


拓也は、元々、一つだった江畑家が、バラバラになるきっかけを作ったのが自分のため、

どうしても、この状態を上向きにしたいのだと話す。


「建物も壊されてしまい、もう、どうやっても戻らない状態になって、
私はとにかく謝りました。謝っても許されるようなことではなかったけれど、
出来ることがそれ以外になにもなくて」


自分の未熟さを痛感しながら、謝り続けた日々。

ほとんどの住人たちが、きつい言葉を浴びせるか、

顔も見ないで帰って欲しいと訴えるかだった。


「この出来事はあなたのせいじゃない、気にするなと、江畑のおじいさんに言われ、
『福々』のどら焼きを出してもらいましたが、とても食べることが出来ませんでした。
みなさんに求められていた味を、これからも味わうことが出来るはずの味を、
私が消したわけですから……」


拓也の話に、奥嶋は『そうだったのか』と頷いてくれる。


「今から、何をどう動かしても、8年前に戻れないことはわかっています。
でも、壊れた形が少しでも修正できたら……出来るのだとしたら……」



『広瀬さん……』



父親との再会を信じ、『伊丹屋』に異動した彩希が、

力なく、駅のベンチで座っていた姿を思い出す。


「どんなことでもしたいと……そう思うだけです」


詩は、拓也の話を聞き、コーヒーを一口飲んだ。

カチャンとカップを置く音がして、また静けさが戻ってくる。


「奥嶋さん」

「なんだ」

「私、奥嶋さんからの連絡をいただいて、祖父に話をしました。
実際、山田さんが亡くなったことには、祖父も1年以上前に気づいていたようですが、
江畑さんの元で、頑張ってやる気を出していた聖に……。
あの祖父も、今までとは別人のようにやる気を出している聖に、
口を出せなくなったと話していて」


詩は、それなら祖父も父も、最初から力を合わせれば良かったのにと、責めたという。


「奥嶋さんから、そして、今、広瀬さんのお話を聞いて、
江畑さんのご家族のことを思うと、その通りだと……」


詩は、その場で立ち上がると、申し訳ありませんと拓也に頭を下げる。

拓也も慌てて立ち上がる。


「実際、どうして江畑さんのご家族に黙ったままだったのか、
そこまでは私にもわかりません。でも、『雫庵』の隅にでも縁があったものとして……」

「いえ、詩さん。そんなことはしないでください。
和菓子の味を追求してきた、幸せな家族を壊したのは私ですから」

「ほらほら、二人とも、ここで謝りあったって、何も解決しないだろう」


奥嶋は、詩にも拓也にもとにかく座れと指示を出す。


「詩さん」

「はい」

「もう、ここまで全てが明らかになっているのなら、
どうか、会えるようにしてやってください。江畑晶さんに……」


拓也は、その道を作るのは、家族を壊した人たち全てに責任があるのではと詩を見る。


「仕事とか、店の名誉とか歴史とかそんなものより、家族の思いをどうか……」


拓也は詩に対して、どうか力になってほしいと頭を下げる。


「詩……」

「はい」

「言っただろ。私の書道の友達が、今時、本当に珍しいくらい、
気持ちの熱い男がいると、自慢した話を……」


奥嶋は、書道の会で出あった芳樹のことを話す。


「そうですね……」


詩は拓也に頭をあげてくださいと話すと、それならばとさらに話を進めた。





「ハ……ハクシュン!」


その頃、『KISE』の寝具担当者の席では、芳樹が売上票をにらみながら、

チェックを続けていた。くしゃみがさらに出そうになったので、

デスクの上にあるティッシュを2、3枚素早く取り、すぐに口を覆う。


「……グシュ!」


芳樹は、目の前の書類が無傷であることがわかり、『ふぅ』と息を吐いた。





「それは本当なのか……木村」


その時、芳樹の上司である小川は、

廊下の奥にある喫煙所で、後輩の木村と向かい合っていた。


「あれだけ佐々木部長が言うのですから、間違いないでしょう」

「佐々木部長が広瀬を気にしているという話は、耳に挟んではいたが……」


話題は、5年で5つの場所を渡り歩く、元部下、『広瀬拓也』のことになる。


「まぁ、益子部長がいくら期待されているとはいえ、
元々、『伊丹屋』から来た方で、佐々木部長とは、うちでの実績が違いますし……」


木村はズレたメガネを元に戻す。


「まぁ、そう言ってしまえばな。で、広瀬の動く場所は……」

「さぁ……」


木村はわからないときう意味で、首を傾げ、そのためにズレたメガネをまた直した。


「さぁ……じゃないぞ、木村。そこが一番大事だろう。
また『寝具』だったらどうするんだ」


小川は、近頃やっと落ち着いて仕事をしているのにとぼやき出す。


「そうはいいましても……」

「別のところに行くように、お前が操作しろ」

「……は?」

「は? じゃない! ただいるだけなのかお前は」


小川の剣幕に、木村はとにかく戻りますと慌てて立ち上がる。

小川は残ったコーヒーを飲み干すと、大きく息を吐いた。





奥嶋の家から戻った拓也は、すぐに売り場の様子を確認した。

人気の店では、すでに商品が売り切れのものも出始め、『チルル』は完売になっている。

『ひふみや』の予約も終了し、他にも好調な様子が、動き回る店員たちの様子からも、

すぐにわかった。


「いやぁ……今までにない客数です」

「そうですか」


拓也を見つけた売り場のチーフが、すぐにそばにかけよってきた。

『竹ノ堂』や『かもと』など、長い間一緒に闘ってきてくれた店たちも、

どこも客足が途切れない。



『リリアーナ』



『伊丹屋』に新商品を送り出し、『KISE』とは一線を引くと宣言した店も、

売り場に立つ女性たちはみな、頑張って仕事を続けていた。

上がってきたデータを見ると、飛び抜けた勢いはないが、全体の流れに乗り、

それなりにあげている。


「すみません、最後までお願いします」

「はい」


ご機嫌なチーフのそばを離れ、拓也は地下通路を歩く。



『広瀬さん!』



彩希の声が聞こえた気がして、一度振り向いたが、そこには誰もいない。

拓也はそのまままっすぐに進み、『第3ライン』を目指した。



41F-②




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