42F 終わらせたくない日 ①

42 終わらせたくない日

42F-①


『岡山』



拓也と彩希が『桃太郎』の銅像がある『岡山駅』に到着したのは、

そろそろお昼になろうかという時間だった。

一度『和茶美』に来たことがある彩希は、バス乗り場はこっちだと案内する。

彩希は、バスに乗っている時間は15分くらいだったこと、

途中でゴルフ場のようなものが見えて、緑がきれいなことなど、

思い出して説明をし始める。


「おい、江畑」

「はい」

「お前、間違っているぞ」

「エ?」


拓也は、おそらくバス乗り場は向こうだと、指で指し示す。


「そんなことありませんよ。私、前に来たことがありますから」

「いや、お前の言っているこの場所だと、海の方へ行くと思うぞ」


拓也が路線図を見ていると、目の前にバスが到着した。

彩希は、間違っているのは拓也だとと思いながら、確認のために運転手に声をかける。


「あの……東延町の『和茶美』へ、行きますよね」

「『和茶美』ですか」

「はい。和菓子屋で……」

「あぁ……」


運転手は、バス停はここではなく2つ前だと指で示した。

彩希はその方向を見た後、すぐに視線を戻す。


「本当にあちらですか」

「はい、そうですよ」


運転手の堂々とした態度に、彩希は反撃を諦め、運転手に頭を下げる。

視線は自然と斜め後ろに立つ、拓也に向かった。


「ありがとうございました」


拓也は運転手に礼を言うと、そのまま前進する。


「全く……お前はおもしろいな」

「おもしろい?」

「そうだろう。あれだけ自信満々に案内しておいて、全く違っていたし。
あぁ、怖い、怖い、海の中に沈められるところだ」


拓也は、何年も前の記憶ならともかく、

来たのは数ヶ月前じゃないのかと、彩希の顔を見る。


「海の中って……いちいちオーバーです」


彩希は、拓也がふざけたことが悔しくて、少し不満そうな顔をする。


「それなのに、お菓子の記憶になると、全くぶれてこないんだよな。不思議だ」


拓也は、あらためてベンチに座ると、あと数分でバスが来ると彩希に話す。


「そのアンバランスさがあるから、気になるし、手を差し伸べたくなる……」


拓也の台詞が、彩希には『守ってやりたくなる』という意味に取れ、

少しだけ鼓動が速くなる。


「大丈夫かと……聞きたくなるんだろうな」


つぶやくような拓也の言葉だったが、彩希にはそれで十分だった。

今、ここに来てくれていることこそが、言葉そのものである気がしてしまう。


「ほら、来たぞ」

「はい」


彩希は拓也と揃って立ち上がり、『和茶美』に届くバスに乗り込んでいく。

二人が今ここにいるのは、父、晶に会うための時間だとわかっていたけれど、

彩希は、ここまでの時間があまりにも楽しくて、『和茶美』に着くことで、

旅が終わりになるような気がしてしまう。

彩希は、隣に並び吊り輪をつかむ拓也を見ながら、少しだけさみしさが先行した。





『広瀬がどうして佐渡恒夫さんを知ったのか、どうして『雫庵』の娘まで出てくるのか、
いきさつを聞かせて欲しい』



純からのメールを読んだエリカは、その余裕のない文章に、

さぞかし純が悔しいだろうと思い、笑みが浮かぶ。

自分が以前、話をした通り、なぜだかわからないが彩希と拓也が絡むと、

プラス1ではなくかけ算になるくらい、ことが動くのだと実感する。


「横山さん、大変です」


バタバタと走る音が聞こえ、エリカが顔を上げると、

前に立った武は、これから長が集まって報告会があるのだと言いはじめた。


「まぁ、イベントが終了したのだから当然でしょう。益子部長と広瀬さんが……」

「広瀬さん、休みだそうです。それで、僕に出ろと今……」

「休み? どうして」


エリカは、チーフが今日休みはあり得ないでしょうと言おうとして、

純からのメールのことを思い出す。


「ちょっと待って」


エリカは席を立つと、喫煙所に走り純に連絡を入れる。

いきさつを話すのは構わないが、今日、彩希が出社しているのかを聞いていく。


『いや、来ていない。今頃、『和茶美』に向かっているはずだ』


エリカは、話が急激に動き、彩希が父親に会いに行ったことを聞き、

おそらく拓也もついていっているのだろうと、そう考えた。

エリカは受話器を閉じると、そのまま『第3ライン』へと戻る。


「エ! 岡山?」

「そう……おそらく江畑さんのお父さんに会いに行っている」

「広瀬さんもですか」


寛太やまつばも揃い、エリカはその通りだと頷いた。


「今日、こういう会議があることも、広瀬さんはきっとわかっていて、
それでも向こうに行ったのだと思う」


エリカは、どうしたらいいのかと不安そうな武に対して、

正々堂々と主張すればいいと答えを出していく。


「私たちは、今できることを精一杯やり遂げた。この企画の発案者は大山君で、
益子部長を中心に、やれることをやったのだから」


責められることは一つも無いと、エリカは武に話す。

武はわかりましたと頷くと、会議室に向かうことになった。





『和茶美』



彩希と拓也はバスを降り、店を目指した。

『雫庵』ほど雰囲気を漂わせる店構えではないが、隣の駐車場にはバスも止まっていて、

すでに観光地としての役割もあるのだと実感する。

そこまで順調だった彩希の足取りは、一気に重くなった。

拓也は横にいると思っていた彩希が消えたことに気づき、振り返る。


「どうした江畑」

「……なんだか、緊張して」


彩希は、店に続く建物を見る。

父の晶が、あの中で仕事をしているのかと思うと、もちろん嬉しいのだが、

今、自分に会うことを望んでいるのかどうか不安だと、言い始めた。


「こんなふうに押しかけてしまって、父は私に会いたいと思ってくれるのか……
もしかしたらって……」


彩希は、足が震えていると言いながら下を向く。


「江畑。お前、ここまで来て何言っているんだ。
それはもちろん、3年の時間があるから、照れも申し訳なさもあるだろうけれど、
会いに来てくれて嫌だと思う親なんて、いないから大丈夫だ」


拓也は横断歩道があるから渡ろうと、また少し前進する。


「そうですよね……」


彩希は同じように足を進めるが、工場から人が出てきたのがわかり、

足が止まってしまう。作業服を着ている男性は、父ではなかった。

彩希は息を大きく吐き出し、空を見上げる。


「広瀬さん」

「ん?」

「お願いです。先に会ってきてください」

「は?」

「彩希に会うつもりがあると、父が言ったら……」


拓也は何を言っているんだと数歩戻ったが、彩希の目から涙が流れていることに気づく。


「江畑……」

「私……ここで待っています。それで……」


拓也はさらに彩希のそばまで戻ると、立ち止まったままの体を抱きしめた。



42F-②




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