42F 終わらせたくない日 ②

42F-②


田舎の道とはいえ、平日の昼間のため、軽トラックと乗用車が2台、

二人の前を通り過ぎていく。


「あの……」

「お前の緊張もわかるけれど、俺も、そうこの俺も、相当勇気を出してここまで来た。
8年前のことを思えば、本来、お父さんの前に顔を出すことすら申し訳ない。
それはわかるだろう。でも……」


拓也は腕を外し彩希の顔を見たあと、ポケットからハンカチを取り出し手に握らせる。


「お前と一緒なら、それを乗り越えられると思ってここまで来たんだ。
その江畑本人が、ここでそんな顔をしてリタイヤしないでくれ」

「広瀬さん……」

「俺たちは立ち止まってはいられない。一歩先に……行くぞ!」


拓也の声に、彩希は小さく頷き、一歩前に出る。

横断歩道の向こう側には、三輪車に乗った子供と、その母親が立っていた。

子供は彩希と拓也を見て『あ!』と言いながら指をさす。

『あの人たち、今、何かあったよね』と、言いたげに自分の母親を見た。

隣の母親は、『こういう時の大人の対応』として、

数秒前のことを見なかったことにしたいのか、彩希と拓也に視線を向けないまま、

子供の指さしをダメと注意し始める。


「ほら見ろ……お前のせいで、
知らない土地で、知らない人と妙な雰囲気になるだろう」

「私の責任ですか?」


彩希も微妙な雰囲気は感じ取れたので、拓也の背中に隠れるようにする。


「うわ……隠れるんだ。汚いな」

「汚くありません」


信号が青に変わり、子供と母親はこちらに向かって渡り始める。


「あ! あ!」


子供が三輪車をこぎながら近づき、拓也とすれ違う瞬間声を出す。


「い!」


拓也は子供の声に応えるように、そう返事をするとそのまま前に進んだ。





益子と武が、『キセテツ味の旅』の報告として最初に会議室へ入室したが、

その話は最初の10分ほどだった。

武は早々にラインへ戻され、部屋には管理者だけが残る。


「広瀬は結局休んだ……と。いくらマイペースな男だとはいえ、
今日がどういう日なのか、知らないわけがないですよね、益子部長」

「わかっています。しかし、どうしても抜けられない……」

「どうしても抜けられない事情がある……そんなものは言い訳ですよ」


佐々木は、数字はハッキリ出ているのだから、

覚悟を決めているということでしょうと言いながら、

『リリアーナ』の対応を語り始める。


「向こうもね、大人げなかったとそう連絡をくれました。
私は長い付き合いもありますし、まぁ、売り場が少し離れていることもあり、
本音も言いやすいのでしょう。売り場は今の状態で構わないし、
条件もあらためて担当者とと……」


佐々木は益子を見たあと、木村を見る。


「木村課長はどう思われますか」


立場としては少し下になる木村に、佐々木はあえて意見を求めていく。


「異論は……ありません」


木村の言葉に、益子は怪訝な目を向ける。


「そうでしょう……」

「それならば……」

「益子部長!」


益子が自分の異動を切り出す前に、木村が大きな声を出した。

木村は、言葉の勢いに傾いたメガネを、元に戻す。


「勢いのまま、走らないでください。この改革を最後まで持って行けるのは、
あなたしかいないと思いますよ」


木村の言葉に、佐々木も視線を向ける。


「今の『KISE』には、色々な改革が必要です。
今回、食料品売り場は、その先頭を走りました。それでもまた、完了ではないでしょう。
それならば、やり遂げるまで責任を取らないと……」

「しかし、広瀬が異動というのでは」

「社員クラスなら、これからどうにでもなります。それでなくとも、
広瀬はあちこち異動するのが日常的なわけですし。でも、部長クラスが変更となると、
メンバーも方針が一気に変わり、戸惑うだけです」


木村は小川に言われたとおり、益子の気持ちを残すようにしようと必死になる。


「あなたがラインに残れば……あなたさえ残れば、まだまだ動かせるでしょう」


木村は、一度佐々木の言うとおり条件を飲み込んで、

時期がくればまたと、それなりの言い方をする。



『時期が来たら、広瀬を戻す』



益子は木村の言いたいことがわかり、言葉を止める。


「木村さんにしては珍しく強めのご意見ですね。
まぁ、結論が出ていることを、長々話しても仕方が無いですから、
今日はそういうことで……」


佐々木はそれではと、提案事項を前に出す。

3人の話し合いは、20分程度で終了した。





「益子部長、お役に立てずに申し訳ない」


佐々木の出た会議室で、木村は益子に頭を下げた。


「いえ、そんな……」


益子は、自分の力不足だと下を向く。


「寝具担当の小川課長から、今朝、広瀬の伝言と言うことで、話を聞きました。
『負けるが勝ち』だと、そう思った方が……」

「負けるが……ですか」


益子は、そうかもしれませんねと笑う。


「佐々木部長と『リリアーナ』との関係を思えば、ここで強引に言い合っても、
広瀬にとっていい面は出てこないと思います。ただ、『キセテツ味の旅』が、
本当に高い評価を受け、実際には『リリアーナ』自身が驚いているはずですよ」


木村はズレたメガネを直しながら、益子を見る。


「時期が来たら、また広瀬を戻せばいいのではと……そう……。
それが出来るのはあなたしかいませんから」


木村の言葉に、益子は黙って頷いていく。


「それにしても、あの広瀬をうまく使えるのはすごいですよ、益子部長」


木村はそう言いながら資料を持つ。


「いえ、使っただなんて……とんでもないですよ。
あいつには絶対に曲げない信念があるんです。そういう人間は……とにかく強い」


益子もそういうと、『ラインに戻ります』と木村に頭を下げる。

二人で一緒に会議室を出ると、木村が鍵をかけた。





彩希と拓也が『和茶美』に入ると、すでに詩から話を聞き、

扉を開けるしかないと思った菅山が、対応してくれた。

以前は追い返された場所だったが、今日は入り口から横に流れ、

彩希は初めて奥へと通される。


「こちらでお待ちください」


菅山の言葉に、詩が『座ってください』と拓也に話す。


「江畑……」

「はい」

「俺は後ろにいる」


拓也はそういうと彩希と詩から数歩離れたところに立とうとする。


「広瀬さん、こちらに」

「いえ、俺はここで」


あくまでも、彩希が父親と会うためにここへ来たのだと思い、

拓也は自分が入り込むことで、マイナスになることを避けようと下がることにする。

彩希が席に座り、5分後、工場から続く扉が開かれた。



42F-③




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