42F 終わらせたくない日 ④

42F-④


拓也は左手を動かし、内容を確認する。



『広瀬の異動を、阻止できなくて申し訳なかった。
それなのに私だけがと思う部分もあるが、君の意志だと聞いたため、
ここはあえて従うことにするよ』



拓也は、自分がラインを離れること、益子部長は残ったことを、初めて知る。

これならメンバーたちが方針を変えることなく、これからも仕事が出来ると思い、

さらに一つ、肩の荷を下ろしていく。



菅山を含めた話し合いは、来週一度、晶が東京に戻り、家族に会うこと、

その時には聖と社長である学が同行し、騒動に巻き込んだことを正式に謝罪すると、

決まっていく。

その後、彩希と拓也は、詩と一緒に父や聖が仕事をする姿を、

しばらく見学することになった。


「詩さん、ありがとうございました」


拓也は、一緒にここまで来てくれた詩に、あらためて頭を下げた。

詩は、『いいえ』と首を振る。


「お役に立ててよかったです。もう数年前から『雫庵』とは距離を置いていましたが、
祖父との縁はあるため、断ち切ることが出来ていなくて。
でも、聖が成長したことがわかり、私もほっとしています」


これからは、父と聖が頑張っていくでしょうと、バッグのひもを持つと、

あらためて肩にかけ直す。


「私はそろそろ……」


詩は、京都に戻りますと彩希と拓也に頭を下げる。


「江畑……俺も」

「私も帰ります」


彩希は、先に帰ると言おうとした拓也の発言を止め、自分も帰ると言葉を乗せる。


「お前は、こっちに残って、お父さんともっと話を……」

「今はいいです。ここにいたことがわかっただけで、すぐにでも家に戻って、
お母さんにもおじいちゃんたちにも話をしたいですし」

「あ、そうか……それもそうだな」


彩希は、晶たちにわかるように手を上げる。


「お父さん、今日は帰ります」

「うん……」


晶は、帽子を取り、少し待っていてくれと彩希を止めた。

晶は、工場の奥に入ると、紙袋の中に『彩』、

それ以外にも数点の和菓子を入れて持ってくる。


「荷物になって悪いけれど、佐保や、親父たちに食べてもらってくれ」

「……うん」


彩希は、頷いて袋を受け取ると、『東京で待っている』と晶を見る。


「彩希さん」


その後ろから聖が、まだ別の袋を持って現れた。


「これも、ぜひ、味わって見てください」


そういうと、白い袋を彩希に渡す。


「聖、これは……」

「完成ではないと言うつもりですか。いいじゃないですか、ご家族ですから。
これは、江畑さんのものです。江畑さんが研究を重ねて、ここまでにしたんです」


「『木漏れ日』という名前にしようかなと、そうでしたよね、この間」

「聖、これを外に出すのは……」

「大丈夫ですよ。こうなった今、叔父さんが何か言うのなら、僕が言い返します」


聖はそういうと、あらためて彩希を見た。


「彩希さんには、これから味方になってもらわないと」


聖の言葉の意味がわからないまま、

彩希は『ありがとうございます』と袋を受け取っていく。


「僕は……東京に戻って、江畑さんにもう一度『福々』をと……思っていますから」



『もう一度、福々を営業する』



その言葉に、彩希は父を見る。


「気をつけて、帰るんだぞ」


晶は、聖の提案に何も言葉を返さないまま、彩希の横にいる拓也を見た。

拓也は、晶の視線にただ頭を下げる。


「ここに入ってこられた時から、お会いしたことがあるような気がして、
あれこれ考えていました。今は、『KISE』にいらっしゃるのですね」


晶は、8年前の出来事を覚えているという意味で、言葉を送った。


「はい。あれから色々とありまして、『KISE』に入社し、彩希さんとお会いしました。
本来、私がここへ来るのは……」

「いえ、もう、過去のことは辞めましょう。あの当時のことを今、考えると、
あなただけではなく、私自身も甘い部分がたくさんありました。
移動の話が、父から実権を自分に移せるチャンスだと思い、勢いだけで走り出しました」


晶は、8年前からのことを思い返しているのか、苦笑する。


「後悔し、諦め、現実から逃げ、そしてまた新しい日々の中に紛れました。
それでも、あの出来事があったからこそ、和菓子に対しての本当の情熱の深さも、
自分で知ることが出来ましたし、父が自分を一人前だと認めてくれなかった意味も、
今はわかる気がしています」


晶は、『彩希がお世話になっています』と拓也に頭を下げる。


「いえ、そんなことは……」


父が、自分の体験を含め、あの日を乗り越えてくれていることに、

彩希も少しだけほっとする。


「お父さん。『KISE』でね、この秋に『キセテツ味の旅』というイベントをしたの。
昔、『福々』が階段のそばで小さな臨時の店を開いた時のように、地域のお店とか、
商品を集めて……そう、『ひふみや』さんも出てくれたし、今はね、『チルル』だって、
『KISE』で買えるようになっているんだよ」

「『ひふみや』……喜助さんが?」

「そう、『夢最中』。5月で工場をたたむからって言われたけれど、
今回はぜひとお願いして、最後にと協力してくれたの」

「そうか……」

「この広瀬さんがいなかったら、今ある何もかもがありえなかった」


彩希はそういうと、拓也を見る。


「大げさだな、江畑」

「おおげざではないです。広瀬さんがいたから、私もここまで来られたから」


詩は、拓也と彩希の言葉を、黙って聞き続ける。


「彩希さん、東京で会いましょう」


聖の言葉に、彩希はしっかりと頷く。

彩希たちは3人揃って『和茶美』を出ると、駅までタクシーに乗る。

そして『岡山駅』から新幹線に乗り、詩は『京都』で降りていった。





「うわぁ……」

「すごいな、これ」


新幹線の中で、彩希は聖がくれた紙袋を少しだけ開いた。

父、晶が作ったものだと聞いている和菓子『木漏れ日』は、

カステラの生地に抹茶が練り込まれているようで、

それがグラデーションのように、なっている。


「細かい技なんだろうな、これ」

「はい」


彩希は食べたいけれど、しまっておきますと言いながら袋を閉じる。


「すみません、広瀬さんに分けないとならないのに」

「何言っているんだ、俺の味音痴はお前も知っているだろう。もったいないわ」


拓也は、まず、お母さんに食べてもらえと彩希に話す。

彩希は黙って頷くと、袋を膝に乗せた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【42】長崎   カステラ  (卵、小麦粉、砂糖を混ぜあわせた生地をオーブンで焼いた菓子)



43F-①




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