43F 眠りから覚める思い ①

43 眠りから覚める思い

43F-①


新幹線が浜松を過ぎた頃、彩希と拓也は岡山で買ってあった弁当を食べ始めた。

二人が座っていたのは、自由席の一番前になるため、

シートを倒されることもなく、比較的に足も自由に伸ばせる。

彩希は口を動かしながら、外を見た。

車内の方が明るいため、窓に映るのは自分と、その後ろにいる拓也になる。

通路を挟んだ向こう側のシートは、名古屋まで人が座っていたが、今は誰もいない。

彩希は、拓也の箸を動かす姿を見ながら、社員食堂でよく話しをしたことを思い出す。

明日もまた、同じような日々が来てくれるような気がするが、

自分は『伊丹屋』に移ったのだと、彩希は視線をお弁当に戻した。


「もうこの時間だと、富士山、見えないでしょうね」

「また富士山か。まぁ、暗いから見づらいだろうけれど、
山の形くらいはわかるんじゃないか」


拓也は先に食べ終えると、箸を箱にしまい、ビニール袋に入れる。


「そうですかね」

「たぶんな」


新幹線は、トンネルに入ると音を変え、そしてまた外に出る。


「父に会うまでは怒っていたし、悲しさもたくさんありました。
どうしてこんなことになったのか、家族を大事に思っていないのかと……。
そう、今日も整った制服姿を見せられた時には、ここで何していたのよと、
本当に悔しくなって、思わず大きな声を出しましたし」

「うん」

「お母さんの気持ちを、おじいちゃんたちの気持ちをって……ぶつけるつもりだったのに、
どうしてなのか、じわじわ、じわじわ……それ以上に、嬉しくなってしまって」

「うん」


彩希の言葉に、拓也は相づちを入れていく。


「母が話してくれていたことが、父の今の姿だった。
そう思ったら、父と母がしっかりつながっていた気がして、何も言えなくなりました。
和菓子が大好きで、諦めきれなかったという理由が、嬉しくなってしまって……」


嬉しいと言いながらも、彩希の目からはまた、涙が流れ始める。

彩希はポケットから、借りっぱなしのハンカチを、取り出した。

すっかり彩希の体の一部のようになり、当たり前のように涙を拭いていく。


「私……」


彩希は座っていた場所から下に体を移すと、新幹線の床で正座した。

拓也は、急に彩希が動いたので驚き『どうした』と声に出す。


「いつかこうしようと思っていたんです。8年前のことを知って、
私、広瀬さんに土下座をさせてしまいました。
だから、こうして岡山に行けることになった時には、私が土下座をしようと……」


彩希が両手をつこうとするので、拓也はその手を止めた。


「何をしているんだ、車内だぞ」

「車内でも出来ます」

「そういうことじゃないだろう、座れって」


拓也はそんな必要は無いからと、彩希に話す。


「でも……東京に戻ったらまた、いつ会えるのかわからないし、
道ばたでするわけにもいきませんし……」

「だからその必要は無いと言っているだろう」

「でも……」


彩希は顔を上げる。


「何かしたいです。土下座なんてさせた私のために、色々と動いてもらって、
こんなふうに父と会えて、岡山まで着いてきてもらって、
それを、自分が当然のように受け取っているだけなのも……」


彩希は、拓也に引っ張られたため、とりあえず席に戻る。


「以前なら、仕事で頑張りますと言えたのに……今は……」


『KISE』という共通点が消えてしまったと思った瞬間、互いに顔を合わせてしまう。


「まぁ……そうだけれど」


拓也は彩希から視線をそらし、前を見る。

目の前にあるのは、白い壁で、真ん中にはどこかの企業の広告が貼り付けてあった。


「そっか……そうだな。ここからは江畑家の問題だと、
『和茶美』にいるときも、ずっと考えていた」


拓也は、『自分が出来るのは、関われるのはここまで』だと、彩希を見た。

彩希に伝えると言うよりも、自分自身、心に言い聞かせているような気がしてしまう。


「広瀬さん……」

「お前の中で、俺が8年前のイメージのままにならなくて、少しほっとしている」


拓也はあらためて彩希を見る。

彩希が自分に向けている目に、感謝とそれ以上の感情が見えてくる気がしてしまう。



東京に戻るのに、戻りたくないというような……

この時間が終わることが、とてつもなく寂しいというような……



『異動を阻止出来なかった……』



『KISE』の第3ラインから外れ、どこに動くことになるのかわからないけれど、

彩希と一緒に、仕事をする可能性はもうないのだと、あらためて現実が迫ってくる。


「江畑……」


拓也は彩希の肩に手を伸ばすと、スッと自分の方へ引き寄せた。

彩希もその動きを待っていてくれたのか、目を閉じ、ぬくもりを受け入れる。

軽く触れただけのキスは、すぐに離れることになったが、

新幹線がトンネルに入る瞬間、ガタンと揺れが体に届き、

二人はもう一度、顔を近づけた。


ライバルでも、上司と部下でもなく、戦い抜いた戦友でもない。

互いの中には確実に、『愛しさ』が築かれていた。





エリカは仕事を終え、純に指定された店に向かう。

いつもなら待たされることが多いのにと思いながら、先に座っていた背中を見つけ、

軽く肩を叩くと横に座る。


「うん……」

「何? 私に降参宣言でもするつもり?」


エリカはそういうと、ウエイターによく飲むカクテルを注文する。


「何から何までわからない。どうして奥嶋先生が広瀬を評価したんだ。
それに、詩さんまで絡んできて」

「だから言ったでしょう。私にもわからないけれど、あの二人が絡むと、
力がプラス1ではなくて、2乗、3乗と動くのよ」


エリカはそういうと、純を見る。

純の顔からは、エリカが見たことのない空しさが見えた。


「そんな顔しないでよ、ちゃんと説明するから」


エリカの言葉に、純は小さく頷く。


「広瀬さんには、熱烈な応援団がいるの。それはうちのラインの人ではなくて。
まぁ、つまり、彼の考え方とか生き方に、憧れを持っている人とか、
協力したくなる人とかがいるのよ。その人が偶然、奥嶋先生を知って、
そこから話が動き始めた。私もその流れを見てきたから、間違いは無いわ」


エリカはそこから芳樹のこと、奥嶋のことなど、ここまでのいきさつを純に語った。

偶然と流してしまえばそれまでだが、エリカは『よかった』と口にする。


「よかった?」

「そうよ。江畑さんにとって、一番望む結果だもの。自分のために、
彼が動いてくれた……そんな思いの深さを知ることが出来たら、きっと、
女としては最高に幸せでしょう」


エリカはそういうと、隣にいる純を見る。


「純にとってもいいこと。世の中には、思い通りにならないこともあるし、
予想通りにならないこともあるって、痛感したわけだし」

「……なんだ、それ」


純は、あれもこれもと先を見すぎた結果だと、自分の行動を振り返る。


「そうね、計算している間は、広瀬さんには勝てないわよ」

「計算なしでやれるほど、うちは小さくない」


純はそういうと、グラスに口をつける。

エリカは視線だけを動かし、隣の男の悔しそうな顔を見た。


「純ってそういうところがあるわよね。自分には余裕があるという態度を取るくせに、
急に子供みたいに顔に出すほど落ち込んで……」


エリカは落ち込む純の姿を見ながら、左手を前に出す。

その指には、何もついていない。


「仕方が無いわね、まだ私の力が必要みたいだし」


エリカは自分の左手を軽く握り、そして開く。


「今ならまだ、空いてますが……」


純は、エリカの指を見た後、ポケットに手を入れ、以前返された指輪を出す。


「自分でつけるのは嫌……」


エリカは純に指輪をはめて欲しいと、顔を向ける。

純は何も言わないまま、指輪を元の場所につけていく。


「素直ね……今日の純は」

「今、計算なしでと、君が言っただろ」


純はそういうと、エリカを見る。


「そうね……それがいいと思う。
純が素直だから、今日は私が励ましてあげようって、気持ちになるから」


エリカの誘いに、純は口元を少しだけ動かすと、『それはどうも』と微笑んだ。



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