43F 眠りから覚める思い ②

43F-②


予想外の時間を迎えた後、『東京駅』に着くまで、

彩希と拓也の間には会話らしきものがほとんどなかった。

新幹線から降り、『おやすみなさい』と彩希に言われ、

拓也は人混みに紛れていくまで、黙って見送った。

拓也はそのまま家を目指し、駅前のコンビニで飲み物を買うと部屋に戻る。

いつ頃からなのかわからないが、彩希に対して特別な感情があることには、

気づいていた部分もあった。放っておけないし、気になることこそが、

何よりも今日を優先したことにつながっていく。

抱きしめることも、唇に触れることも、気持ちのままに出た行為だったが、

『それ以上』には進めないのだということも、また気持ちの中にある。



『8年前の自分』



乗り越えてきた結果が今だとしても、彩希がそれを飛び越えてくれるとしても、

江畑家の人たちには、とても受け入れられないだろうと考える。

拓也はあらためて益子からのメールを読み直すと、

どうせなら『久山坂店』から抜けた方がいいのかもしれないと思いながら、

ソファーに寝転んだ。



拓也が複雑な思いの中にいる頃、彩希も家までの道を進みながら、

二つの感情に揺れていた。

一つは少しでも早く家に戻り、

今日のことを母に報告しなければならないという娘としての思い。

そしてもう一つは、拓也と気持ちが一瞬でも重なったという、女としての思いになる。

ほんの数秒の幸せは、思い返すだけで顔が赤くなる気がして、

彩希は夜風にその熱を冷まそうとする。

冬に近づく夜の星は、数えられるくらいしかなかったが、

その輝きは、まっすぐ彩希の心に届けられた。





「そう……」


彩希は家に戻ると、佐保に今日の出来事を全て語った。

父晶が、山田数行に誘われ、最初は数日のつもりだった聖の指導を、

だんだんと本気になり、ここまで来てしまったこと。

本当は家族に手紙と契約書の写しを送ってくれたのだが、

それは内密にこだわった菅山の手によって、身勝手に外されていたことも話す。

佐保はとにかく元気だったこと、やはり和菓子に関わっていたのだと言うことを知り、

ほっとしたと大きく息を吐く。


「明日、おじいちゃんたちに知らせようと思う」

「そうね」


彩希は聖から渡された『木漏れ日』の入った袋をテーブルに置いた。


「お母さん……」

「何?」

「なんだかごめんね。私、もっとお父さんに色々と言わないとならなかったのに」


彩希は、何があったとしても、父のしていた行動は家族に対する裏切りであるため、

もっと強く言うべきだったのではと、思い始める。


「彩希……」

「今、お母さんの顔を見ていたらさ、やっぱりもっと言うべきだったって……」

「何言っているの。私たちは、お父さんに戻ってきて欲しいと思っているのでしょ」


佐保の言葉に、彩希は黙ったまま頷いていく。


「お父さんを認めてあげてくれて、ありがとうね……彩希」

「お母さん」

「あらためて、お父さんが本当に『和菓子好きの子供』だと、お母さんも思ったわ」


佐保は、彩希がしんみりしないようにと、あえて笑い出す。

彩希も、両親が前に進もうとしていことがわかり、『木漏れ日』を袋から取り出した。


「これ、お父さんが作ったんだって。アイデアも出して、材料も考えて、
見て、グラデーションだよ抹茶の。きれいだよね」

「……うん」


佐保は、前に座る彩希の手を握りしめる。


「彩希……」


彩希は、『どうしたのか』と佐保を見る。


「今まで、本当に苦労させてごめんね」

「お母さん」

「高校を卒業してから、お店のことが色々とあって、
もう何年も、彩希の思うままには生きられなかったなと、お母さん、それが苦しかった」


お店をたたむことになり、引っ越しをして、さらに閉店まで追い込まれ、

家族がバラバラになってしまった。佐保は彩希にとって一番大事な時間だったのにと、

そこだけは悔しいのだと、涙をティッシュで拭き始める。


「お母さん、もういいの。今考えたら、悔しいこともあったけれど、それ以上に……」


彩希の言葉は止まったが、頭の中だけはしっかりと動き続ける。

『KISE』に入り、仕事をするようになってから、お菓子に対しての知識も増え、

さらにイベントを作り上げる仕事まで関わることが出来た。



そして……



「私は、今……とても充実しているから。これからまた、江畑家を作りあげていけば、
それでいいって本当に思えるから」


彩希はそういうと、半分はおじいちゃんたちにあげようと、

『木漏れ日』を切り始める。佐保はお茶でも入れるねと席を立ち、

もう一度涙をティッシュで拭き取った。





次の日、拓也はいつもの電車に乗り、芳樹が隣に乗ってくるのを待っていた。

駅に到着すると、芳樹が電車に乗り、拓也の隣を目指してくる。


「おはようございます」

「おぉ……色々と悪かったな」

「いえいえ、小川課長にしっかりと言いましたから」

「うん……」


拓也は、益子部長がラインに残ってくれた報告が来たと芳樹に報告する。


「……となると、広瀬さんは異動ですか」

「当然だろう。『リリアーナ』が、それだけでこちらの条件を飲むんだぞ。
何を躊躇する必要がある」


拓也は、次はどこかなと、前向きだという態度を取る。


「何か煮え切らないですよね、あれだけのことを成功させて、頑張って、
それなのに評価されないって。サラリーマンは辛いなと」

「何言っているんだ。評価はされているだろう。ラインで作ったイベントだ。
ラインの評価が上がれば、それでいい」


拓也は、異動になる前に、以前約束していた食事にでも行くかと、芳樹を見る。


「今日……ですか」

「なんだ、用事か」

「あ……えっと、今日は」

「まぁ、いいよ、別に。明日でもあさってでも」


拓也は、イベントが終わったから、しばらく忙しくないだろうと前を見る。


「広瀬さん、その調子だと、ドラマ見ていませんね」

「ドラマ? そうだな、ここ何年も見ようと思ったことがない」


拓也は、男はそんなものだろうと芳樹を見る。


「『MAZIKOI(マジコイ)』ってドラマなんです。見たことないですか」

「は? なんだそのゲームみたいな題名は」


芳樹は、今人気のある若手タレントが数名出ていて、

視聴率もうなぎ昇りなのだと、左手を上向きにした。



43F-③




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