43F 眠りから覚める思い ③

43F-③


「寝具担当の女性たちの間でも、毎週盛り上がってまして。
僕は最初見ていなかったんですよ。でも、おもしろいですと何度か言われて見てみたら、
ちょっとはまってしまって……」


芳樹は、主人公の女の子が健気でいい子なのだと説明する。


「健気……」

「はい。小さな営業所から、本社に転勤してきたところから話が始まっていて、
で、その子が一生懸命に頑張っている姿を見て、
先週、憧れの先輩が近づいてきたのです」


芳樹は、拓也に求められたわけではなかったが、

自分が楽しんでいることを知ってもらおうと、『MAZIKOI』の説明をし始める。

主人公が憧れている先輩が、飲み会の帰り、二人きりになったタイミングで、

キスをしたのだとドラマのシーンを説明した。



『江畑……』



拓也の中に、昨日の新幹線内でのシーンがよみがえる。


「そいつがね、でも、ずるいわけですよ。気持ちには気づいているのに、
そんなふうにしたくせに、これ以上はと……距離を開けるわけです」


芳樹は、まぁ、色々あるからドラマなのですがと話し続ける。


「お前、詳しいな」

「だから面白いって言っているじゃないですか。今からでもどうですか、広瀬さん。
これからきっと、さらに恋愛模様が複雑化しそうなんです」


芳樹の言葉に、拓也は軽く首を振る。


「複雑って、今時、キスくらいその場の流れとか、勢いもあるだろう……」


拓也のつぶやきに、芳樹は『何を言うのですか』と反論する。


「それはダメですよ。そういう自分勝手な考えを押しつける男が、
女性を不幸せにするんです」


電車は『久山坂店』のある駅に到着し、

車内にいた乗客たちは一斉にホームに降り始める。

拓也と芳樹もその流れに乗りながら、下りのエスカレーターに乗った。


「そういえば……」


芳樹は自分の後ろに乗った拓也を見る。


「広瀬さん、勢いとか、流れとかそういう言葉嫌いじゃなかったですか?
僕が使うといつも怒ってましたよね」


芳樹の言葉に、拓也は『そうだったか』と濁してしまう。


「そうですよ。広瀬さん的に言えば、さっきのドラマの話、
『その先を作るつもりがないのなら、触れるな』じゃないのかな……」



『その先を作るつもりがないのなら……』



「あ、そうか、広瀬さんは仕事とプライベートって、全然違いますよね、
夜の蝶たちの時間もありましたし」

「大林」

「はい」

「ようするに、お前は食事に行くのか、行かないのか、どっちだ!」


拓也の不機嫌そうな台詞を聞き、芳樹は調子に乗ってしまったのかと顔をこわばらせる。


「あの……行きます」

「よし!」


拓也はそれだけを言うと、改札を抜け、いつものコーヒーショップに入っていった。





『その先を作るつもりがないのなら……』



『第3ライン』に出社してから、拓也はすぐ喫煙所に向かった。

芳樹は、ドラマを引き合いに出して話したこともわかっている。

元々、性格的にも『真面目』の上に、

『天然記念物』というシールを貼り付けた方がいいくらいの男であることも知っていた。

しかし、言われている内容を自分に置き換えると、

あんなふうに話題を断ち切る位しか出来なかった。

8年前に彩希を追い込んだことだけでなく、

自分が過去に関わっていたことが知られてしまい、また泣かせてしまった。

最初こそ、仕事の仲間として互いに得るものがあると思ってきたが、

ここ数ヶ月というのは、苦労してきたはずの彩希を、

もう一度笑顔にしてやりたい、その思いが大きかった。


岡山から戻る新幹線の中で、東京駅に到着することイコール、

こうした時間が終わることという思いが互いにあった。

『この先』を考える間柄に、なれていなかったことへの、

どこか置き忘れた感情のようなものが、視線に見て取れた気がして、

拓也は心のままに、彩希にキスをしてしまった。

触れてしまえば、さらに別の感情が湧き出ることくらい、

今までの経験でわかっていることなのに、その瞬間には、何も考えられなかった。



「おはよう」

「あぁ……横山か、昨日は悪かったな」


拓也は、声がエリカだとわかり、タバコを持ったまま返事をする。

エリカは、『本当よ』と言いながら、拓也の隣に座る。


「江畑さん、お父さんに会えたの?」

「あぁ、会えた。お父さん、あいつに申し訳ないと謝って」

「まぁ、それはそうよね。大黒柱が突然いなくなったのだから」


エリカもライターを取り出すと、タバコに火をつける。


「それでもあいつは、どこか嬉しそうだった。父親が和菓子を忘れられなくて、
子供のように夢中になって、3年が経ってしまったという事実に、
最後は納得していた気がする」


拓也は、昨日の彩希の表情を思い浮かべながら、そう感想を述べた。

エリカは、奥嶋先生にもあらためて連絡をした方がいいのではと拓也に話す。


「あ、そうだな。奥嶋先生がいなかったら、こんな調子では話が進まなかったはずだし。
すぐにでも連絡をするよ」


拓也はそういうと、自分のタバコを灰皿で消し始める。


「横山」

「何?」

「第3ライン、頼むな」


拓也は、そういうと喫煙所を出ようと立ち上がる。


「仕事の面はね、私も大山君たちもそれなりにやれると思うわよ。
でも、広瀬拓也の感情までは、責任取れないからね」

「ん?」


エリカは一度タバコを吸い込むと、軽く吐き出していく。


「昨日、純と会ったの。向こうも広瀬さんの鮮やかな逆転に戸惑っていたけれど、
まぁ、互いに手強いなと思っていた方がいいから、それはそれでいいと思う」


エリカは、『戻ってこい』と言わないのかと、拓也を見る。


「江畑さんが、『伊丹屋』でこれからも仕事をする理由なんてないでしょう。
だったら……」

「それは俺が決めることではないから。
もし、江畑が望むのなら、益子部長に頼んでおく」


拓也はそういうと、『先に戻る』と喫煙所を出た。

出社したときには静かだったラインの中が、なぜか騒がしい気がして戻っていくと、

飛び出してきたのは武だった。


「あ、広瀬さん」

「どうした」

「いや、あの……」


武の様子がおかしいなと思いながら、拓也が席に戻ると、

机には1枚の紙が置いてあった。

『KISE』に入社以来、何度も見ていた用紙のため、驚きは少なかったが、

とりあえず手に取り、本物なのかどうかだけは確認する。


「素早いな……今回は」


拓也の反応に、武も寛太も、黙ったままになった。





「晶が……」

「本当なの、彩希」

「うん」


彩希と佐保は、そろって『あゆみの丘』に向かい、

新之助とカツノに今までのいきさつを語った。

晶も戸惑いながら、それでも和菓子への思いを捨てきれず、

ここまで長い月日が経ってしまったことも告げる。

カツノは元気で暮らしていたことが嬉しいと涙を流したが、

新之助は、驚きの表情から少しずつ怒りの思いを、出し始める。


「佐保さんと彩希が認めるというのなら、それはそれだけれど、じいちゃんは認めない」

「あなた」

「お義父さん」

「当たり前だろう。あいつは夢を追えるような年齢ではなかったんだぞ。
家族を養うことが1番先決で、いくら和菓子がそこにあったからとはいえ、許せない」


新之助は、『東京』に戻ってきても、会うつもりはないからと背を向けた。



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