3 あの時の上司

3 あの時の上司

東京本社、海外旅行企画部、長谷部祥子は書類を手に取り、朝からチェックに追われていた。

左手にしている時計に目をやり、新幹線までの時刻を確認する。


「もしもし、長谷部です。あのね、何度言ったらわかるの? チェック甘いのよ。
昨日指摘したところが全然直ってない。こんなもの提出したら笑われることくらい
わかるでしょ? あさってこっちに戻るから、それまでに必ず仕上げておいてください」


電話の相手は、企画部の部下で、以前亮介や石原と携わった北京支店に、

あらたな人材を送り込むための段取りを、祥子が任されていた。


「ぐちゃぐちゃ言わないで! やることやって! じゃあね!」


携帯のボタンを強く押し、通話を切ると、軽く首を動かし大きく息を吐いた。

しばらくアメリカに渡っていた祥子が東京へ戻った時、以前世話になった塚田部長が、

どういう本部の考え方なのか、現場に復帰することになり、

しかも亮介のいる仙台支店の支店長になっていた。


どちらかというと頭を動かし、現場に出て足を動かすことを嫌っている塚田と、

現場が仕事の中心で、人とのつながりを何よりも重視する亮介が、

うまく行くはずはないと考えていたが、その予想が当たってしまう。





今から1ヶ月前の週明け月曜日、祥子は出張から戻り、小田切専務の部屋へ顔を出した。


「長谷部君」

「あ……塚田本部……いえ、仙台支店長、お久しぶりです」

「いやいや、修行に出されたよ。君は相変わらず軽やかだね」


月末の週明けという、支店が忙しい時間なのにも関わらず、

塚田は仙台から小田切専務のところへ、愚痴を言いに来ているところだった。


「全く、地方の支店なんて、たいした業績があるわけでもないのに、
あれこれ理想だけは高いんだ。営業成績が全てだって朝礼で言えば、
横にいる深見は、すぐに間に入ってくる」


祥子は資料を小田切専務に渡し、確認の印をもらう。

すぐに出て行かずに、資料を見るふりをして、二人の話に耳を傾けた。


「深見は坂口専務のお気に入りらしいですからね。北京支店立ち上げの時にも、
赴任したばかりの仙台支店から、彼が推薦して行かせたようですし……。
まぁ、その頼りの坂口専務が、入院休養中で、ちょっと雲行きが怪しいですから。それに……」

「塚田」

「エ……」


調子よく話していた塚田の口を止め、小田切は祥子を見ると、軽く笑う。


「長谷部君は深見君と同期だったよね。そうそう、確か、
北京支店立ちあげも一緒のメンバーだったはずだ」


小田切の言っている意味を感じ、塚田はしまったという顔をして祥子を見た。

祥子はその顔を確認し、小田切の方を向く。


「はい、深見君とは同期ですし、あの立ちあげも一緒のメンバーでした。
彼は人の心を掴むのがうまいですし、数字の羅列だけを追うような男じゃありません」

「あはは……しっかりフォローするね」

「フォローではなく評価です。小田切専務、私の今の部署をご存じですよね」


祥子が所属しているのは、海外旅行企画部で、人事部門にも関わりを持つ部署だ。


「知ってるよ、一番出世の長谷部君を知らないようじゃ、専務は務まらないからな」


祥子はこの二人がいつも数字を気にし、常に自分への見返りを求めるためだけに

部下をかわいがっていることも知っていた。


「紙切れ上の地位は、何の意味もありません。人からお礼を言われた回数を比べたら、
私なんか、深見君の足元に近づくことすら出来ませんから……。失礼します」


呆れたように自分を見る視線を感じながら、祥子は唇を噛みしめ、専務室を出た。

咲と結婚し、幸せに暮らしている亮介のことを、今更、恋だの愛だのという感情は持っていない。

何度も通った海外勤務で、1つ年下の彼氏も出来た。


それよりも、会社のために汗を流し苦労している部下に対し、

あんな評価しか下せない男がトップに立ち、そこから指令を受けなければならない亮介のことが、

祥子は心配になる。


「もしもし……長谷部と申します。深見部長はいらっしゃいますか?」


仙台空港からの直通便を使う仕事のため、急遽出かけることになった祥子は、

亮介にあって、現状を聞き出そうと、新幹線のホームに立った。





「深見さん、診察室へお入り下さい」

「はい……」


亮介が小さな椅子に座ると、医師はレントゲン写真をライトの前に何枚か並べた。


「炎症がひどいな……おそらく筋肉を強く引っ張られたことから、
筋をおかしくしているんだと思うけれど、本当は固めて早く治した方が……」

「それはわかるんですが、でも今は無理なんです。注射と薬でどうにか出来ませんか」

「最善策ではないとわかっていて、そうしてほしいと願うんだね」

「はい……」


亮介の言葉に医師は何度か頷き、PC画面にペンで触れながら、処方箋を書き始めた。





病院を出た亮介はすぐに携帯の電源を入れた。着信は2件。

一つは仙台支店からのもので、もう一つは『後藤芽衣』と書かれている。

亮介はすぐ、その着信に折り返すと、相手はその電話を待っていたのだと明るい声を出した。


「もしもし……深見ですけど、今どこにいるの?」





「は……は……はくしゅん!」


咲は洗濯物を取り入れ、1枚ずつ丁寧にたたんでいく。

亮介のシャツを手に取り、時計を見ると、まだ4時を少し過ぎたところだった。

会議中なのか、それとも外を回っているだろうか。

書類を見ながら、あれこれ考えているような亮介の顔が浮かび、思わず顔がほころんだ。



                                 深見家、新メンバー加入まで……あと90日





4 ネクタイの意味 へ……




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コメント

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又か?

おいおいヽ(´o`; 又新たな名前が『後藤芽衣』???

疑う訳じゃないですよ、しかし・・・

スーツのことといい、携帯のこと、不安を煽ってくれますね~~

後90日、早く会いたいわ。

スピードが……

yonyonさん、こんばんは!


>おいおいヽ(´o`; 又新たな名前が『後藤芽衣』???  
 疑う訳じゃないですよ、しかし・・・

いいの、いいの。なんだろうか……と思ってもらわないと
登場してもらっている意味がないでしょ。(笑)

どんな人物で、亮介とどんな関わりがあるかは、
これからわかります


>後90日、早く会いたいわ。

書くスピードあげないと、なかなか会えないかも(笑)

いろんな顔

拍手コメントさん、こんばんは!


>後藤芽衣ってだれじゃい?まさかまさかとは思いますが…

ねぇ……、誰でしょう。
懐かしい顔に紛れて、新顔も登場しているⅢです。

一週間ペースを、なんとかあげていきたいんですけど、
夏いっぱいは、子供達が暴れているので
無理かも……

気長に、よろしくお願いします。

この人、誰でしょう

yokanさん、こんばんは!


>『後藤芽衣』って誰?以前に出てきましたか?お初よね~・・

はい、お初ですよ。
Ⅲになりましたからね、今までの顔プラス、新顔も登場です。
どんな人なのかは、まだまだこれからです。

祥子の他にも、これから懐かしい面々が、登場します。
気長に、お付き合いお願いしますね。

亮介の心情はいかに

mamanさん、こんばんは!


>亮介さんにとって状況は悪くなって来てる。
 咲ちゃんの誤解しそうな「芽衣」って女の人(?)の
 名前も出てきたし・・・。

ふむふむ……。芽衣は、どんな人物なのか、
まだ、明らかになってないのですが、亮介には咲に言えないことが、
あれこれあるんですよ。

そこらへんが、もちろんこのお話のポイントと
なっているのですが。


>専務も塚田もやな奴、

この人たちの考え方も、この先、ストーリーを大きく動かすことに
なりますからね。

ギャフン! となるかは、続きをお待ちください。

謎の人物登場か!

カッコイイ長谷部祥子の発言に、「そうだよ!」と気持ちよく頷いていたら・・・

専務と支店長の会話
ありそうだよね~
こん人が会社の一端を担っているんだからね。
それとも必要悪の部分なのかしら・・・

で・・・後藤芽衣って誰?
「どこにいるの?」なんて、馴れ馴れしいじゃないの~~

次回に続く・・・か、早く次に行かねば!!

お前もワルよのぉ……

なでしこちゃん、さらに続きます。


>専務と支店長の会話
 ありそうだよね~

私はね、このシーン、時代劇の悪代官的なイメージで
書いてました(笑)

後藤芽衣さんは、後々わかるんですよ。
本当に全部、追いかけてくれてるんだなぁ……