44F 自分の後ろにある影 ①

44 自分の後ろにある影

44-①


彩希の母、佐保に拓也のことを聞かれたまつばは、

それまでの明るい表情とは、違う顔をみせる。


「あ、えっと、広瀬は今、外に……」

「外? もしかしたらまた、『リリアーナ』に呼び出されているの?」


彩希は、自分がいた頃にも、

何度か拓也が『リリアーナ』へ向かったことを知っていたため、そう尋ねる。


「ううん……挨拶に」

「挨拶?」

「うん……『キセテツ味の旅』が終わったでしょう。お世話になったところに、
回ってくるって」


まつばは『ひふみや』にも顔を出してくると言っていたことも、話していく。


「そう、お忙しいのね。こちらに来たからお会いできたらと思ったけれど、
それなら週を変えてでもあらためて……」

「うん……」


『週を変える』という佐保の言葉を聞き、

まつばは黙っていることは無理だと思い始める。

『あの、実は』と切り出した。

まつばの何か言いにくそうな表情に、彩希は『何かがあったのか』と聞き返す。


「広瀬さん、来週には『久山坂店』からいなくなる」

「いなくなる? どうして」


彩希はイベントは成功したのではないのかと、まつばに聞き返した。

まつばは『そうなんだよね』と言うが、言葉の続きはなかなか出てこない。


「そうなんだよ、『キセテツ味の旅』あれだけ頑張って、
去年より売り上げ20%も越えたのに、『リリアーナ』との一件があって、
なんだか目標額がどうのこうので、結局、広瀬さんが責任を取ることになって」

「責任……責任って何?」

「実は、去年より売り上げ25%伸ばせと、
第1ラインの佐々木部長から言われていたみたい。
そんなこと無理に決まっているでしょう。規模だってそこまでではないし、
元々、地域のお店に絞っていたし……」


まつばは、益子部長も昨日、責任を取って異動を願い出たらしいけれど、

それは広瀬さんからも辞めてくれと言われて、結局、会議では流れたみたいだと、

『昨日の出来事』を語っていく。


「昨日? 昨日そんな会議があったの? 
広瀬さんの異動を決める会議があったってこと?」

「……あ、うん……。でも、もう決まっていたようなものだし、
今回のことだけではなくて」


彩希からどんどん飛び出てくる言葉に、

まつばは、やはり伝えるべきではなかったかもしれないと、慌て始める。


「ここではないとなるとどこ? 『新原店』とか?」

「あのね」


まつばは『まだわからない』とごまかそうとしたが、そんなことをしても、

結局はわかってしまうだろうと思い、『橋岡店』だと白状する。


「『橋岡』……」


『KISE』の4店舗を北と南という区別にわけ、

『木瀬百貨店』は成り立っていた。『橋岡店』は『新原店』と同じ南の管理となる。

しかし、4店舗の中でも一番新しいため、

どちらかというと受けの形に回ることが多かった。

店舗全体のイベントや、取り組みの会議に出席しても、

『北』の店舗が仕切るというのが、昔からの流れであり決まり事でもある。


「彩希……」

「それ、きっと……私のせいだ」

「バタちゃん」

「私のせいだ。私が『リリアーナ』に嫌がられた『チルル』を復活させて欲しいと、
広瀬さんに頼んだの。それに、『和茶美』のこととか、私の退社とか、色々とあって、
きちんと上の人と話すこともないまま、そんなふうに……」


まつばは、益子部長が戻してくれるから大丈夫だと彩希を励まそうとする。

その言葉に、彩希は反応をすることもなく、ただ呆然と立っていた。





「いやぁ……そうでしたか」

「はい。イベントは本当に盛況でした。
これだけ地域のみなさんから反響があったのは、初めてです」


『KISE』に彩希が来ていることを知らない拓也は、まつばの説明通り、

お世話になった店に顔を出していた。

『ひふみや』の喜助は、自分にとっても楽しい経験だったと笑ってくれる。


「5月で店じまいのはずが、予約のおかげで、今年いっぱい慌ただしそうです」

「あぁそうですね、申し訳ありません」

「いやいや」


喜助は、拓也の顔をじっと見る。


「必ず、戻ってきなさい」


喜助は、異動が決まった拓也に対して、そう言葉を贈った。


「思い通りにならない時もある……。それでも必ずまた、時は来るから」


拓也は言葉の文字、一つずつを噛みしめるように頷きながら聞いていく。


「ありがとうございます」


拓也は、お世話になったという意味を込めて、しっかりと頷いた。


「あなたのように熱意のある人間に、いい仕事をさせない会社は、伸びることなどない。
私も、昔は人に使われていたことがあった。その時の社長は、心の広い人で、
失敗など恐れずにやってこいと、いつも送り出してくれた」


喜助は昔を思い出そうとしているのか、ふっと笑う。


「そうするとね、頑張るぞと思えるものなのですよ。いくら組織が大きくなっても、
基本は一緒だ。一人一人が重なって、少しずつ補って、それで大きな力になる。
どこにいっても、腐らずに仕事をしてください」

「はい」


拓也は頷く。


「晶さんを見つけてくれて、ありがとう」

「エ……」

「広瀬さんがここに来る30分くらい前に、カツノさんから連絡がありました。
彩希ちゃんと佐保さんが朝、報告に来てくれたと」

「あ……はい」


拓也は、お伝えした方がいいか迷ったがと、頭を下げる。


「昨日、岡山まで彩希ちゃんと一緒に行ってくれたと」

「はい。すみません、お伝えしようかと思ったのですが、私の立場で話すのはと」

「立場? あぁ、過去のことで」

「はい」


拓也は、江畑家の方から連絡が入るだろうと思っていたのでと、あらためて頭を下げる。


「カツノさんがね、色々とあるけれど、みんなで生まれ変わって、
もう一度『江畑家』を作るからと、そう嬉しそうに話してくれてね」



『江畑家を作る』



「そうですか」

「だから、広瀬さんももう、『過去』を持ち出すのは辞めましょう。
誰一人、得をしない」


喜助はそういうと、顔の前で手を振っていく。


「そうなると、今度は和菓子ファンとして、晶さんの腕前を見たくなるなぁ……」


喜助の言葉に拓也は小さく頷き、『そうですね』と笑顔になった。





まつばから拓也の異動についての話を聞き、彩希は帰り道ほとんど口をきかなかった。

佐保も、娘の複雑な思いがわかるため、あえて何も聞き出そうとはせずに家に戻る。


「ねぇ、せっかく買ってきたから、お茶入れて食べよう」

「……うん」


彩希は、結局、自分は迷惑だけをかけたのだと思いながら、2階への階段を登っていく。

『KISE』には4店舗あり、その中で異動があるのも当然と言えば当然なのだが、

今回の内容が明らかに『当てつけ』に近いものだとわかるだけに、

悔しさだけが大きくなった。

それでも洋服を着替え下に戻り、『かもと』以外にもいくつか買ってきたお菓子を並べ、

久しぶりに味わっていく。

噛みしめた時に感じる、ほのかなごまの香り、遅れて存在感を出す胡桃。

また、別のものは海苔の風味が口に広がり、違う世界を見せてくれた。

彩希は、『チルル』の小さなマドレーヌを口に入れる。

玉子の優しい味わい、バニラエッセンスのアクセントなど、

構えることなく、色々なものを感じ取ることが出来た。

『伊丹屋』に移ってから、何をしても、平面しか見られなくなっていたのに、

また、あの感覚が彩希の中に戻ってくる。


「彩希……」

「何?」

「時間を作ってもらって、広瀬さんときちんと話をしなさい」


佐保の言葉に、彩希は顔を上げた。



44F-②




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント