44F 自分の後ろにある影 ②

44-②


「職場が異動になるのは、組織だから仕方がないでしょう。
確かに、彩希の頼みを聞いてくれたりしたことが、関係あるのかもしれない。
でも、それは、広瀬さんがお客様のためにはどうなるのが一番いいのか、
それを考えて、決めた結果。あの人なら、今を後悔なんてしていないと思うし」

「お母さん……」

「広瀬さんのことが、好きなのでしょう」


佐保の言葉があまりにも予想外で、彩希は反応に戸惑ってしまう。


「わかっていたもの、お母さん。彩希がタクシーで送ってもらった日からずっと。
あぁ……彩希はこの人が好きなんだなって」


佐保は、広瀬さんを見る目が、とても優しくて、かわいかったと言いながら彩希を見る。


「いや、あの……」

「いいでしょう、彩希とお母さんだけだもの。
だからこそ、広瀬さんが8年前のことに関わっていたことが辛くて、
仕事を辞めようとした。でも、その反面、気持ちに嘘はつけなくて、
一人で色々な味をもっともっと知ろうとしたの。
そうすることが、彩希が広瀬さんに対して出来る、一番いいことだと思ったから」


佐保は、彩希が拓也を思うからこそ、自分の特技を磨きたいと思ったのだと言いながら、

湯飲みにお茶を入れていく。


「我が娘ながら、健気でかわいいわよ、彩希。
だからこそ、お母さんはきちんと広瀬さんと話して欲しいの。
彩希の素直な気持ちと、それから……」


『それから……』の続きに、彩希は佐保を見る。


「江畑家の人間は、彩希を含めて誰一人、
もう8年前のことにこだわりはありませんって、広瀬さんに伝えて欲しいの」

「お母さん」

「おじいちゃんとおばあちゃんだって、きっとそういうはず。
あの頃だって、責任を背負うなって、おじいちゃん彼に話していたし」


新之助が、拓也にどら焼きを差し出していた話。

佐保の言葉を聞いて、彩希もその通りだと頷いた。


「だからこそ、おじいちゃん、今日はハッキリ言わなかったけれど、
お父さんのことも許してくれると思うのよ。失敗した人でも、
次への思いを感じられたら、受け入れてくれるはず」


仕事で『福々』を追い込んでしまった拓也、そして家族を離れ、

3年の時を重ねてしまった父、晶。

佐保は、『失敗』という言葉を使い、二人のことを結びつける。


「少なくともお母さんは今、お父さんに早く会いたくて仕方がない」


佐保はそういうと、笑顔を見せる。


「自分勝手なところもあるし、こんなふうに3年間も何をしているのと、
言いたいことはある。でも、お父さんが和菓子を忘れなくて、諦めきれなかったことが、
お母さん、その何倍も嬉しいの」


佐保は『強がりではないからね』と彩希に言う。


「過去にこだわって、あれこれ責めて遠ざけるより、これからまた力を合わせて、
色々と作り上げていく方が、絶対に楽しいもの」


佐保は、キッチンの向こうに視線を向ける。


「もう一度……みんなで『福々』が出来たらなって、そう思うもの」


佐保の言葉に、彩希は黙って頷いていく。


「ありがとう、お母さん」


彩希はそういうと、『やっぱりおいしいね』と『チルル』の焼き菓子を口に入れた。





その日の夜、拓也はチェーン展開で営業するとあるレストランにいた。


「さて……」


拓也の前に座る芳樹は黙ったままで、二人の間にメニューを広げても、反応がない。


「おい……」

「納得できません」

「お前が『ステーキ』だと言っただろ」

「そういうことではないことくらい、わかっていますよね」


芳樹の返しを聞いた拓也は、ウエイトレスを呼ぶと、

『スペシャルコース』を2人前頼んでしまう。


「考えられませんよ、昨日の今日って。これ絶対出来レースじゃないですか。
売り上げが落ちたのならともかく、あげたのに『僻地』って……。
せめて『久山坂店』の別部門でしょう」

「僻地と言ったな、お前。『橋岡店』に失礼だぞ」

「わかっていますけど、そうですから」


芳樹は、『橋岡店』は一番売り上げも低く、店の開店も遅いため、

同じポジションと言われていても、ほとんど決定権がないと口にする。


「そんなもの俺には通用しない。慣例とか、伝統とか、暗黙の了解とか、
馬鹿馬鹿しい、従うわけがないだろう」


拓也は、俺が行くとなったら、

言いたいことを言わせてもらうといつものように強気な態度を見せる。


「いくら一人で頑張ったって、聞こえてきませんよ、『久山坂店』まで」

「それはそうだな」


拓也はそれは無理だと、笑って見せる。


「広瀬さん、来週からは家を出て駅まで行って、電車に2つ乗り、
その後、『木瀬』の都昇方面に乗り換えですよね。
『久山坂店』の方ではなくて、その逆に7つ」

「おぉ……さすが俺のストーカー、その通りだ」

「僕が電車に乗っても、吊り輪をつかんでも、いませんよね、これから」

「まぁ、そうだな、反対側だし」

「朝のブレンドも、一緒に買えませんよね」

「当然だろ」

「どうしてそんなに冷静なんですか」


芳樹の膨れた顔が前にある。


「お前こそ、どうしてそんなふうに思えるんだ」


拓也は、異動するのは自分で、お前ではないだろうと笑い出す。


「好きだからですよ、知っているじゃないですか」


芳樹の言葉に、隣に座っていたカップルの女性がこちらを見た。

拓也は視線が合ってしまい、目をそらす。


「大林……言い方がおかしいぞ。俺とお前は」

「わかっていますよ。僕が好きなのは、広瀬さんの仕事に対する姿勢と、
絶対にお客様主義のところです」

「そうそう、そこを言わないと」


拓也はもう一度隣の女性を見る。

女性もおかしかったのか、少し笑みが出た。


「そう思うのなら、お前が『久山坂店』を盛り上げてくれ。もう、新人ではないし、
小川課長の期待に応えられているのだから、大丈夫だ」


拓也はそういうと、お冷やに口をつける。


「江畑さんには、許してもらえましたか」

「ん? なんだ、急に方向転換か」


芳樹は、彩希が初めて『8年前の過去』を知り、

拓也に土下座をさせた日のことも知っていたため、そう尋ねた。

拓也は『どうかな』と首を傾げる。


「まだ、ダメですか」

「いや……」


拓也は、言葉もなく互いに引き寄せられた、新幹線でのキスを思い出す。


「江畑も色々とあって、ある程度区切りはつけてくれたと思う。
でも、俺があいつに会えば、忘れたと思ってもまた思い出すわけだし。
こうして異動が決まって、店からも離れるし、ここらが潮時だと……」

「潮時」

「うん……」


これ以上は近づくべきではないと、拓也は自分自身に言い聞かせようとする。


「そうか。思い出されると広瀬さんも微妙だしってところですね」

「まぁ……うん」


芳樹の言い方に、納得が出来ていないところはあったが、

とりあえずそんなものかなと、拓也は返事をした。


「近づくべきではない、微妙……それなら言わせてもらいます」

「あぁ、どうぞ……」

「僕……江畑さんが好きです」


芳樹はそういうと拓也を見た。

拓也は、一瞬驚きの顔をしたが、『そうか』と冷静に返事をする。


「今度はなんだ、江畑の味を見抜くセンスか? それとも……」

「女性として、魅力的だと思います。自分に正直だし、少し気の弱いところもあったり、
また逆にポンと飛び出してしまうこともあったり、
その素直さが感情を顔に出してしまうわけで、そんなところもかわいいなと……」

「……ん?」


拓也は、芳樹の『好き』の意味が、自分に対してのものとは違うことに気づく。


「広瀬さんが『橋岡』に移るわけですから。今言ったように、もう、色々と微妙なので、
そばにはいかないわけですから、ポジション空きますよね。
もし、彼女がまた何か困ったり、どうしようかと思った時には、
今度は是非、僕が力になれたらと……。こんなふうに、一緒に食事をしたり……」


芳樹の彩希への思いに、拓也は相づちも反論も何一つ出来なくなった。



44F-③




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