44F 自分の後ろにある影 ③

44-③


今まで、芳樹の態度に、彩希への思いを感じ取ったことはなく、

それがまた逆に、これからどんどん前へ出て行くという宣言に取れてしまう。


「ほら、バッグを見ていた話、しましたよね前に」

「あぁ、うん……」


拓也と彩希が出かけた『ライナス』の試食会前、

彩希がバッグを探していたのを見たのは、確かに芳樹だった。

拓也は、何気なくその情報を使い、彩希にプレゼントした。


「あのときも、あれこれ鏡の前で試しているのを見て、うん、かわいいなと……」

「おい、大林、お前さ」

「はい」

「いや……あの……」


それはおかしいなどと言う理由もないため、拓也は何を言えばいいのかわからなくなる。

二人の前に、注文をしていたセットのサラダやスープが届けられた。

芳樹は、『よし、食べるぞ』と気合いを入れて、フォークを取る。


「彩希……か」


拓也も食事をしようとフォークを持ったが、芳樹が『彩希』と呼んだため、

手が動かなくなる。


「あ、美味しいですよ、広瀬さん。これ、ドレッシング。今度、江畑さんに……」


拓也は、フォークを横に置く。


「本気か、大林」

「……というのは」

「というのはじゃない。お前、本気で江畑のこと……」


拓也の言葉に、芳樹はトマトを口に入れて噛んだ後、それを飲み込んでいく。


「僕が、本気ではないときがありましたか」

「……なんだかその台詞、俺が使った気がするけれど」

「本気ですよ、だからなんですか」


芳樹が芳樹らしくないと思いつつも、拓也は『うん』となぜか頷いてしまう。


「まぁ、そうか……」


拓也は、『それならば守ってやってくれ』とも『そんなことは頼めない』とも言えず、

言葉が止まってしまう。

芳樹の食事だけが進み、数分が経過した。芳樹は拓也の表情を見る。


「広瀬さん、今日の僕は結構大胆です」

「は?」

「広瀬さんが、らしくないことを言うから、僕もらしくないことを言ってみました」

「どういうことだ」

「だから江畑さんのことですよ。
広瀬さんは、彼女が過去を思い出すからここらが潮時だと、そう言いましたよね」

「あぁ……」

「ということは、職場も離れるし、お父さんのことも解決したから、
もう会わなくてもいいとそういうことですよね」


芳樹の確認のような台詞に、拓也は頷く。


「だとすると、僕が江畑さんとお付き合いをしても、どこに行っても、
何をしてもいいということですよね」


芳樹と拓也の前に、音を立てたステーキが運ばれてきた。

エプロンを渡されたため、それぞれつけていく。


「はぁ……」


勢いよく飛び出していた台詞が止まり、芳樹は大きくため息を吐いた。

拓也は、『今度はなんだ』と聞き返す。


「広瀬さんらしくない」

「ん?」

「らしくないですよ。だって、一番苦しい時に、
江畑さんはあなたのところに来たんですよ。自分で『水くさい』なんて言っておいて。
ここで距離を置くと宣言するのは、もっと水くさいですよ」


芳樹はソースを肉にかけ、跳ね上がった肉汁に、少し身体を遠ざける。


「お持ち帰りのお姉さんからすると、確かに全然タイプは違いますが、
僕はずっと、思っていました。あの日から」

「あの日?」

「そうですよ、ほら、覚えてないんですか。急にコーヒーショップに飛び込んで、
彼女と男友達の話し合いを邪魔したでしょう」


芳樹が話すのは、彩希が冬馬と会い、ネックレスを買った日のことだった。

拓也は『それがどうした』と言い返す。


「あの日から、広瀬さんにとって、江畑さんの存在は、特別なものなのだろうなと、
ストーカーの僕としては、見抜いたわけです」


芳樹は、広瀬さんにとって僕が一番近い存在でありたかったですがと笑い出す。


「うまい! これ」


芳樹は肉の感想を述べると、ここを選んで正解だったとナイフを動かし始める。


「妙な意地を張らないでください。仕事のように自信を持ってください。
僕が思うに、間違いなく江畑さんも広瀬さんが好きですよ。
過去のことがあっても、それ以上に今が大事だって、わかってくれます」


芳樹はそういうと、ご飯を口に入れる。


「『MAJIIKOI』でも、結局、目の前の幸せに気づくと思うし……」


拓也は芳樹を見ながら文句を言おうとしたが、急激上昇と急降下の繰り返しに、

言葉は何一つ出て行かない。

いつもの社員食堂なら、目の前のステーキを勝手に取って口に入れるところだが、

今日はその行動をすることも読まれている気がする。

『彩希』と呼んでみたのも、『江畑さんが好きです』と口にしたのも、

芳樹が拓也を揺さぶってのことだとわかったが、押し返す言葉は何もない。


「お前、これだけの量、食えるのか」


拓也は、食堂での量を考えてそう聞いた。


「まぁ、無理だと思います。でも、こんなふうに会話をしていたら、
きっと広瀬さんが何切れか持って行くでしょう……いつものように」


芳樹は『わかってますよ』と言いたげに、笑顔を見せる。

拓也は何も言わないまま、自分の分を食べ始める。



『彩希のことが好き』



芳樹に振られたその言葉を、拓也は否定することなく、

入社以来のストーカーと、食事を楽しんだ。





次の日、2日仕事を休んだ彩希は、『伊丹屋』に復帰し、純のところに向かった。

あらためて身勝手な行動をしたことを謝罪し、頭を下げる。


「菅山さんから連絡がありました。11月の終わりに、『東京』にと」

「はい。家族で揃って話をすることになりました」


彩希の言葉に純は頷いていく。

純からはすぐに言葉が戻るかと思ったが、何もないまま1分近くが過ぎた。


「江畑さん。あなたと初めて出会ったのは、路地裏でしたね」

「はい」


冬馬の会社がある場所を尋ねた日、警察の登場に驚いた彩希は、

ちょうど同じ場所に来た純に助けられた。


「単純に、面白い人だとそう思いました。目をキョロキョロさせて、
どうしてこんなところにいるのか、そもそも、納得できていないような」


彩希は当時のことを思い出しながら、『そうですね』と頷いていく。


「その後、『チルル』で会って、僕の中にあなたの顔と名前が記憶された。
『KISE』には江畑彩希という人がいると……。しかし、あなたの才能を知るたび、
最初に持ったイメージからはどんどん離れていってしまって……」


純は椅子から立ち上がると、窓の外に見える『KISE』の『新原店』を見る。


「『KISE』をライバルだと、今まで思ったことなど正直ありませんでした。
売り上げも違うし、会社としての格も違うと……。まぁ、失礼な言い方ですが、
ここは黙って聞いてください」

「はい」


彩希は純を見たまま、しっかりと答えた。



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