44F 自分の後ろにある影 ④

44-④


「でも、それがだんだんおかしくなった。食料品のことなど素人に近い男が、
江畑彩希というパートナーを得たことで、何倍にも実力が膨らんだ。
そう思うようになって……。そう、あなたを引き剥がせばどうなるのか、
そんなことばかり考えるようになりました」


純は、今まで人のことなど気にしたことがなかったのにと笑う。


「誰が何をしようが、自分が目指すものを組み立てたら勝ちは転がり込むと、
そう信じて仕事をしてきた私が、人を動かそうとした。
柄にもないことをしようとしたわけです。それが今回の負けです」


純は、拓也に負けたと言いながら、彩希を見る。


「広瀬は異動するそうですね。おそらく最初はやっかい払いが出来たと、
どこの売り場もそう思うはずです。誰だって面倒なことは嫌いますから。
でも、いなくなってみて初めて、何をしてきたのか、どういう力があったのか、
必要な人だったのかと言うことがわかるわけです」


純は恐ろしい男ですと、拓也のことを話す。


「あの男は、底がどこまで深いのか全くわからない。
どこまでやれるのか、どこまでやろうとするのか、飲み込む量もさっぱりだ。
まぁ、それでも僕は、これ以上負けるつもりはありませんが」


純はそういうと、ファイルを取る。

文字が書かれていることはわかるが、もちろん細かい内容はわからない。

彩希は、プリントに店の写真が貼り付けてあるのを見つけ、

さらなる資料かもしれないと考える。


「『ひふみや』や『チルル』。それに『和茶美』。日本にはまだまだ、
発掘されていないけれど、いい店があるのですから」


純はファイルを軽く振ってみせた。


「江畑さん、僕の気持ちとしては、
これからもあなたにはうちの力になって欲しいと思う部分はあります……が……」


彩希はその後の言葉を予想し、『すみません』と純に頭を下げる。


「でしょうね、あなたの性格なら」


純はファイルをデスクに置く。


「父のことを知りたくて、自分から飛び込んできました。
栗原さんにももちろん思いがあって、それをかなえることが、
お互いに利益を生むことだと信じ、必死に取り組むつもりでしたが、気づいてしまって」


彩希は、『伊丹屋』のお菓子を食べても、感想が膨らまないが、

『KISE』で売っているものを食べると、その店構えから、店員の顔が浮かび、

さらにそれを買い求めたことがある客たちの感想や反応、それが全て力になるのだと、

思いを語っていく。


「それだけですか?」

「エ?」

「広瀬拓也がいるから……と、ならないのですか?」


純の問いかけに、彩希はどうしてそんなことを言われるのかと思い、

顔が赤くなるのがわかる。純の視線が気になり、とにかく下を向く。


「もし、江畑さんがもう一度『KISE』にと言われるのでしたら、
エリカに僕からも頼みますよ」

「エ……」


彩希は、そのとき初めて、エリカと純に特別な関係があるのだとわかる。


「あいつもなかなか強情ですが、まぁ、根っこはいい人間ですから、
楽しく仕事をしてやってください」


純はそういうと『ここだけの話で、極秘のファイルを見せましょうか』と彩希に聞く。

彩希は『結構です』と言いながら、少し笑顔になれた。





その日の仕事を終えた後、彩希は家ではなく、『久山坂店』に向かった。

理由は、拓也と待ち合わせをするためで、

今回、お世話になった奥嶋に、一緒にお礼をしに行くことになる。

待ち合わせの場所は、よく使った『コーヒーショップ』だが、

手土産を買って置いて欲しいということだったので、

彩希は先に食料品売り場に立ち寄ると、奥嶋の妻が以前購入したものの味違いの商品と、

この冬に『竹ノ堂』が売り出した、『淡雪しるこ』を選ぶことにした。


「バタちゃん」

「あ……高橋さん」


売り場に立っていれば、当然気づく店員が出てくるため、

彩希はお久しぶりですと挨拶をする。


「ねぇ、今日はどうしたの? 仕事はもう終わったの?」

「はい。今日はこれから……」


彩希は、拓也がここに来れば、またあれこれ言われそうな気がして、

待ち合わせ場所を別にしておいてよかったなと考える。


「ねぇ、『伊丹屋』でさ、売り場にこう、ベテランの風を吹かせられる人の募集、
ないかしら」


高橋は、『KISE』だと時給もなかなか上がらないしと愚痴をこぼす。

彩希は求人情報なら、ホームページに出ていますよとアドバイスをした。

高橋はそんなまどろっこしいことではなくてと、手を左右に振る。


「バタちゃんの推薦枠? そういうのはないわけ?」


高橋の要求に、彩希は首を傾げた後、『すみません』と謝罪する。


「そういうのは……」

「あらまぁ……」


これ以上、粘っても無理なのかと感じた高橋は、『またね』と言いながら、

担当場所に戻っていく。彩希は軽く頭を下げると、

拓也と待ち合わせた店に向かって歩き出した。





「緊張します」

「まぁ、そうだろうけれど」


彩希と拓也は二人揃って奥嶋家に行くため、駅からまっすぐな道を進んだ。

横に並ぶ拓也に対して、彩希は『異動』の話をしようとするが、

一度語ってしまうと、長引きそうで言えなくなる。


「おじいさんたちは、何か言っていたか」

「あ、えっと……おばあちゃんは喜んでいました。
おじいちゃんも嬉しいとは思いますが、お母さんが苦労していたことを知っているので、
複雑だと」

「そうか、そうだよな」


拓也も彩希の横顔を見ながら、『自分が異動すること』を告げた方がいいのかと考えたが、

あまりいい話だとは言えないため、きっかけがつかめなかった。

この後、挨拶を済ませ、食事にでも誘い、そこで話せるだろうと前を向く。

それぞれが思いを隠しながら歩き、奥嶋家に到着した。


「どうぞ」

「すみません、こんな時間になってしまって」

「いやいや、働いているのだから仕方がないよ」


奥嶋家に到着した拓也と彩希は、手土産を前に出した。

奥嶋の妻はそんなことをしなくていいと遠慮したが、奥嶋は嬉しそうに袋を取る。


「この二人に妙な遠慮はやめよう。ここはぜひ聞かないとならないぞ」

「なんですか、あなた」


いきなりお土産を受け取ったことを妻に責められ、

奥嶋は『いいから、いいから』と打ち切ろうとする。


「舌の力だろう。それを聞かないと。なぁ、江畑さん。
あなたは特別な舌があると、広瀬さんや一緒にいた横山さんから聞いている。
これを選んでくれた理由を、聞かせて欲しい」


奥嶋は、彩希の力を知りたいと、そう尋ねた。

彩希は『特別な舌などありません』と前置きをする。


「こちらは以前、奥様がお店にいらしたとき、
どちらを買うのか迷われていたものでしたので、
この機会に試していただこうかとそう思いました」

「あ、そうそう、まぁ、覚えていてくださったの」

「はい」


奥嶋の妻は、先日買った手土産はこれなのだと、奥嶋に説明した。


「確か、これ以外にもどうしようかと迷われていたものがいくつかあって、
どちらかというと、あっさりした味のものが多かったなと。
それで、今月から売り出された『竹ノ堂』さんの『淡雪しるこ』をお持ちしました。
餡を扱うお店の中で、うちでのラインナップを考えると、
奥様の好みに一番あいそうだなと思いまして」


彩希はこれからの季節、温まりますからと説明を終える。

奥嶋は、彩希の見事な説明ぶりに、確かにそうだなと頷いた。


「家内は甘いものが好きだけれど、こってりしたものは嫌いでね。
あっさりと聞いて、よくわかっているなと感心したよ」


彩希は『ありがとうございます』と頭を下げる。


「その話しぶりを聞いていると、確かにあなたは味を見分ける舌を持っているようだね」


奥嶋はそういうと、『恐れ入りました』と笑いながら頭を下げた。

そして顔を上げると、お遊びはここまでだと軽く手を叩く。


「仕事で疲れているのに、ここまで来てもらったんだ。本題を聞かないとな」


奥嶋は彩希を見ると、『よかったですね』と一言言った。

彩希は『こちらこそ、ありがとうございました』と頭を下げる。

拓也も奥嶋先生との出会いが、全てを動かしましたと一緒に礼を言う。


「いやいや、私は何も。ただ、『書道の会』で大林君から、
とにかく広瀬さんのことをよく聞かされて。そんなに仕事に熱い男はどんな男だと、
単純に興味を持っただけだ。あなたたち家族のことを聞き、役に立てるならと思ったし、
また逆に職人として、人の迷惑を考えることなく入り込んでしまったお父さんの気持ちも、
どこかわかる気がしてね……」


奥嶋は、職人というのは、わがままなものですよと笑う。


「そんなふうにひとまとまりにされたら、たまらないわよね、家族としては」


奥嶋の妻は、彩希に向かってそう聞き返す。


「はい……」

「ほら」

「あ、でも、今回、誰よりも怒らなければならない母が、
父が職人として生きてしまったことを、一番喜んでいて……」

「喜んだ?」

「はい。お父さんは和菓子に関わる仕事をしていると、ずっと信じてきたと、
そう言ってしましたから」


彩希は、佐保の強さを思い、そう話す。


「そうか……そんなふうにお父さんを信じようとするお母さんは、強い女性だ」

「はい」


彩希の安堵の見える表情に、奥嶋はしっかりと頷いた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【44】大分   ざびえる  (ビスケット生地の皮に、白餡やラムレーズン入り餡を包んだ焼き菓子)



45F-①




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