45F 戻るものと戻らないもの ①

45 戻るものと戻らないもの

45F-①


「これで広瀬さんも、一安心というところかな」


奥嶋は、自分に対して、拓也が8年前のいきさつも語ってくれたことを彩希に話す。


「広瀬さんの責任ではないと言っても、出来事に関わったものとしては、
当然気になるだろうし。顔を合わせれば、互いにひっかかりがあるのは確かだろう」


奥嶋の言葉に、拓也は特に言葉を戻さなかった。

彩希は、今でこそこれだけ静かな時間があるが、冬馬から話を聞いた日、

自分が土下座をさせた日のことを思い出す。


「そうだ、経済誌の記事で読んだけれど、
『キセテツ味の旅』は業界でも評判だったようだし、
色々と悩み事も解決して、広瀬さんも出世出来そうか」


奥嶋は、今度はどんな企画を立ち上げるのかと拓也に聞いた。

彩希は、すぐに拓也を見る。


「まぁ、それは……」


拓也は、隣にいる彩希の視線を気にしながら、すぐに返事が出来なくなる。


「いや、それというのもね、職人を辞めて5年が経って、昔の知り合いとかから、
一度個展を開いてくれないかと言われていてね」

「個展……ですか」

「あぁ……作品が色々とあるだろう。それを展示して見てもらうだけなんだが、
家内と、せっかく縁が出来たし、沿線に住んでいるのだから、
『KISE』の『久山坂店』に話を通せないないかと思っていてね。
どうだろう、広瀬さん」


奥嶋は、あの場所なら申し分ないけれどと、拓也を見る。

拓也は、黙っているわけにはいかないと思い、

『橋岡店』に来週から異動することが決まったと話した。


「来週? なんだずいぶん急だな。イベントの頃からもう決まっていたのか」


彩希は、やはり、まつばが言っていたことは本当だったのだと下を向いた。

自分がわがままさえ言わなければ、『リリアーナ』を怒らせることがなかったらと、

過ぎてきた日を思い返す。


「『橋岡』かぁ……あの一番新しい」

「はい」

「そうか、チーフだったし、部門の課長にでもなるのか」


奥嶋は、イベント成功の出世かと拓也に話す。


「いえ、今回のイベントを成功させるのに、組織の中の人間として、
色々と身勝手な部分も多かったと……まぁ、ありまして」


拓也は細かい事情を語ることなく、そうごまかし気味に話をした。


「身勝手……うーん……。なぁ、江畑さん」

「はい」

「元部下の君から見て、広瀬さんの何が悪いと思う」


奥嶋の問いかけに、彩希は首を振る。


「広瀬さんは何も悪いことをしていません。むしろ、お客様の声を聞いて、
復活させて欲しいと望んだ店を、口説いてくれました。
一度契約を勝手に打ち切ったのは『KISE』だったのにも関わらずです。
それに……売り場の改革も、メンバーたちの声を聞いて、それを実行しただけです」


彩希は、お客様のために一番動いたからこそ、上から文句が出てしまったと、

思いのままを口にする。


「あはは……そうか」

「江畑……」

「でも、本当のことだから、ウソではないです」

「そうそう、ウソではないな。私もそう思うよ」


奥嶋は『そうか』と二人の前で腕を組む。


「『橋岡』だと、個展は難しいか」

「そうですね、店舗面積が違いますし。先生でしたら『久山坂店』でと、
おそらく上からストップがかかります」


奥嶋は、そうかと腕を組むが、拓也と彩希、どちらの表情も曇りがちな気がして、

ここはと顔を上げる。


「広瀬さん、君は組織としてとマイナス要素をあげたが、ここは気の持ちようだ。
『橋岡』へは、新しい気持ちで行けるじゃないか。君が気にしていた8年前のことも、
解決に向かったわけだし。今までのことは全部忘れて、新たにと……」


奥嶋が、拓也を励まそうと出した台詞は、彩希の心にはチクリとささるものだった。

『全てを忘れて』という言葉が、その通りだと思えるだけに、

『この先』を送り出すことは難しいと下を向く。


「先生の個展ということでしたら、ぜひ『久山坂店』の方で。
私の方から上へ話します。すぐにでもスタッフを動かせると思いますので」


拓也がそう話すと、奥嶋の妻は『ありがとうございます』と頭を下げた。





二人はぜひにと言われ、結局、奥嶋家で食事をすることになり、

全てが終わって家を出ると、すでに10時を回っていた。

拓也も彩希も、二人で話したいという思いはあったのに、

時間を考えると、言い出せなくなる。

拓也の異動の日はあさってに迫っていて、まだ終えていない挨拶回りを思うと、

それまでにゆっくりと会う日は、作れそうもない。


「色々と、ありがとうございました」

「いや……」


拓也は、『個展』の話がなければ、もう少し早く帰れたのになと話す。


「いえ……」


二人の足はそのまま駅へと向かう。


「広瀬さん、すみませんでした」


彩希は拓也の異動は、自分が引き起こしたことだと謝罪する。


「何を言っているんだ、お前の責任じゃないよ。『チルル』のことも、
そのほかのことも、お客様のためだと思ってしたことだし、
全て、自分が納得してやってきたことだ。俺は自分の行動に、何も後悔はないから」


拓也は、そんなことを気にするなと、もう一度念を押す。


「……はい」


彩希の返事が戻り、そこからまた何も言わない時間が重なっていく。

気づくと改札は目の前に迫っていた。

彩希は両手を握りしめながら、『最後』の言葉を送り出す。


「広瀬さん」

「ん?」

「奥嶋先生の言うとおりです。8年前のことは、もう終わりになりました。
母も、祖父母も、もちろん父も私も、新しい時間に向かって歩こうと決めましたから」

「うん……」


拓也は、彩希に対して、『あらためて時間を……』と言葉を送り出そうとする。


「新しい場所で、頑張って下さい。色々とありがとうございました」


『完結』とも言える挨拶に、拓也は言葉が出なくなる。


「江畑……」


彩希は改札を抜け、ホームに向かう階段の下に立つ。

佐保には、しっかりと話をするようにと言われて来たものの、

『拓也を解放する』ことが、一番いいことなのだと、自分自身に言い聞かせていく。


「それでは……」

「江畑!」


拓也は、思わず彩希の腕をつかんだ。

『話をしたい』という気持ちが、前へ出ようとする。



「これで……やっと私も解放されます」



彩希の言葉に、拓也は手を離さざるを得なくなる。

彩希は頭を下げると、すぐにホームに向かう階段を上がり始め、

拓也は黙ってその姿を見送ることしか出来なかった。



『解放されます』



どうにかしなければと思った頭が、身勝手に送り出した台詞だった。

彩希は、拓也の手が自分の腕を放した瞬間、これが『最後』だと確信する。

『解放』という言葉は、ふさわしくないことくらいわかっていたが、

『拓也を解放したい』という気持ちを強く前に出したくて、

自分にもまとわりつけてしまった。



いくら問題が解決しても、これから自分を見れば、自分と会えば、

拓也はどうしても過去を思い出し、江畑家の人間と会うとなると、

必ず頭を下げることになってしまう。



これ以上関わることは、広瀬さんを苦しめるだけだ……



彩希はそう思いながら、階段を上がっていく。

ちょうどのタイミングで電車が到着し、そのまま乗り込み、電車は駅を離れていく。

今の行動がよかったのか、悪かったのか、振り返る時間も無いほどのタイミングで、

駅を離れてしまうことが結論なのだと、彩希は扉の横に立ち反対方向を見続けた。



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