45F 戻るものと戻らないもの ③

45F-③


聖と学が家にいたのは、1時間ほどで、二人はそのまま京都に戻っていった。

江畑家の中には、4人が残る。


「晶……ここに来なさい」


カツノの声に、晶は『はい』と返事をして前に立つ。

カツノは左手を振り上げ、精一杯晶の頬を叩いていく。


「おばあちゃん」

「この、バカが!」


カツノはそれだけを言うと、今度は佐保の前にひざまずいた。

佐保は、やめてくださいとカツノを椅子に座らせようとする。


「いや、佐保さん。この子のしたことはとんでもないことで、とても許されやしない。
家族があるのに、3年も放っておいて、何が和菓子だと……」

「お義母さん、お願いします、座って下さい」

「そうだよ、おばあちゃん、おばあちゃんが謝ることじゃないから」

「いや、彩希、最後まで言わせてちょうだい」


カツノは彩希の手を払うようにすると、佐保を見る。


「自分勝手で、わがままで、どうしようもない息子だけれど、
それでも……それでも私は母親として、あなたに頭を下げるしかないから」

「お義母さん、本当に座ってください。お気持ちはわかっていますから」


あらためて手を差し出した彩希に支えられながら、カツノは椅子に戻っていく。

佐保は黙っている晶の目の前に立ち、今度は反対側の頬を思い切り叩いた。

年を取ったカツノとは違い、『パシン』と乾いた音が響く。


「お義母さん、私も……今、思い切り叩きました」

「お母さん」

「佐保……」

「これで……もう、終わりです。もういいです」


佐保はそういうと、晶の手を握りしめる。


「3年も何をしていたの。もっと色々と出来たのではないかと、
言いたいことはたくさんある。でも、過ぎたことにこだわって、背を向けていたら、
あなたをこれからも責め続けていたら、この先の人生が、全て嫌なものになるから」


佐保の言葉に、彩希は父、晶を見る。


「佐保……」

「これだけのことをしてしまったあなたが、これから家族にどうやって返してくれるのか、
私はそれを見守って、しっかり……」


佐保は流れる涙を手でそっとぬぐう。


「あなたについていきますから」


佐保の言葉に、晶は『悪かった』と言いながら両手で抱きしめた。

彩希は、両親がもう一度、この場に立ってくれていることで、胸がいっぱいになる。

母が話したように、『過去をひきずる』ことは、これからを閉ざすことだと、

その思いに、自分自身が納得し、受け入れていく。



『江畑……』



彩希は、拓也のことを思い出しながら顔をあげる。

そこには、嬉しそうに息子夫婦を見つめる、カツノの顔があった。





「そうか、それはよかった」

「色々と、みなさんにもご心配をかけました」


晶と家族の再会から5日後、仕事が休みになった彩希は、

『チルル』の白井のところへ向かった。そして、年末の報告会まで、

聖と一緒に仕事をし、東京に戻ってくるということも話す。


「『雫庵』の跡取りを、面倒見ていただなんて、想像もしていかなったな」

「そうよね」


毅の妻も、紅茶を入れながら、ある意味すごいわよと彩希を見る。


「父は、トラブルのおかげで、
あらためて和菓子の勉強が出来たと思っているみたいですけど、
私は今回、本当に母が強かったなと」

「そうよね、佐保さんは偉いわ」


妻の言葉に、毅も何度か頷いていく。


「過去にこだわるより、未来を見ていくと宣言した時の母は、
私が言うのもおかしいですけど、なんだかとってもきれいでした」


彩希は、娘が言うのはおかしいですねと笑う。


「いやいや、そんなことないよ。晶もきっと、佐保さんに惚れ直したはずだ」


毅はそういうと、紅茶を一口飲む。


「あ、そうだ、彩希ちゃん。あの人、広瀬さん。異動してしまったんだってね」

「あ……はい」


毅は広瀬が挨拶に来てくれたこと、契約は絶対に守るからと言ったことなど、

話してくれる。


「誰よりもお客様のことを考えてくれる人だから、
逆風がどこかから吹くこともあるみたいです」


彩希は、イベントも好評だったのにと、不満足なつぶやきをする。


「『橋岡店』だってね、彼」

「……はい」


彩希は、今頃拓也はどうしているだろうかと思いながら、紅茶に口をつけた。





「広瀬君」

「何でしょうか」

「これは、どういうものかな」

「どういうもの……そう言われると言うことは、
読んで意味がわからなかったということでしょうか、古賀課長」


拓也の新しい居場所は、『橋岡店』の紳士服売り場担当ということになった。

一応数名の担当者がいるものの、『久山坂店』のように、

イベントや商品の仕入れなどを気にして動くようなことはなく、

どちらかどいうと、入荷したものを上手にさばく才能が、求められていた。

拓也の上司になった古賀は、異動してきたからおとなしくしていたのは1週間ほどで、

そこからは常になんだかんだと提案してくることを、すでに面倒だと思い始めている。


「いや、書いてあることがわからないわけではないよ。
ただ、これは今のうちの仕事ではないかなと」

古賀は、4店舗にはそれぞれ立場があると、会社での正論を言おうとする。


「『KISE』は確かに4店舗です。でも、4店舗しかないと言った方が正しいでしょう。
『伊丹屋』などのように、店舗の数も全国的に多ければ、上下関係もあるでしょうし、
売り上げの面で上に立つところも出てくるはずです。
確かに地図上で北と南という区域分けをしていますが、
誰が上、どこか中心など、そんなことは規則のどこにも書いてありません」

「それはそうなんだけれどね、流れと言うものが……」

「『流れ』」

「そうだよ、スムースに仕事を……」

「古賀課長」

「はい?」

「私はその『流れ』という、究極的に抽象的で無責任な言葉が大嫌いなんです。
なぜダメなのか、どうしてチャレンジしないのか、そこを教えてください」


『橋岡店』は、建物の中に、他のチェーン店を組み込んで営業するという、

新しい経営の仕方を取り入れていた。ファッション業界で名前をあげたメーカーが、

2階と3階に店舗を構えているため、創業当時から、『紳士服』の取り扱いは、

他の3店舗に比べて、部分的になっている。


「こちらとあちらとで『持ちつ持たれつ』、協力、共存……」

「協力、共存……」

「そう、ともに……だ」


古賀は、両手を目の前で組むようにする。

拓也に対して、『そうだろう、そうだよな』という視線を送った。

拓也はその視線に動じることなく、前を見続ける。


「古賀課長」

「うん……」

「ともに……と言うのでしたら、もちろん『共倒れ』という言葉もご存じですよね」

「ん?」

「うちがしっかり仕入れをして、他店舗に刺激を与えないといけないとは思いませんか。
うちの客が向こうの客になり、その逆ももちろんです。
このビルは『KISE』です。専門店に遠慮をしてどうするんですか。本末転倒。
それこそ何を目指しているのかわからない場所になって、『共倒れ』します」


拓也は古賀のデスクに両手を置くと、検討をお願いしますと言葉を押しだし、

威嚇にも近い態度を取った。

古賀は組んでいた両手を外し、その場でグーとパーを繰り返す。


「では……」



『橋岡店』には、『久山坂店』のように、一斉にチャイムが鳴るような昼休みはなく、

拓也は仕事の区切りをつけてビルの外に出た。

『橋岡店』には、売り場と本社をつなぐ通路もなければ、

景色がなかなか素敵な社員食堂もここにはない。

近くにはファストフードをはじめとした店があり、社員たちはそこで買い物をするか、

契約しているお弁当屋が社内に売りに来るのを待つか、コンビニなどに出かけて、

好きなものを買うのか、そんなランチタイムだった。

拓也はコンビニに入り、サンドイッチや読もうと思っていた雑誌を取る。

コンビニにもコーヒーがあるため、そのカップを買い、一緒にタバコも買った。



『今日のブレンドは……』



いつも隣にいた芳樹と、会わなくなってからそろそろ2週間になろうとしていた。

電話は相手の時間の使い方を邪魔するのでと、妙に気をつかう男からの連絡は、

もっぱらメールだった。

別に教えてくれと頼んだわけではないのに、小川課長が腰を痛めた話や、

益子部長をはじめとした『第3ライン』のメンバーから、大山と荒木の2人が、

佐々木部長に頼まれ、近頃は第1ラインの会議に参加していることなど、

そんな事情が送られてくる。



『江畑彩希』



一番知りたいのは、彩希の家族がどう再会したのか、

そしてこれからをどうするのかだった。



『解放されます……』



しかし、それを自分が聞き出す立場ではないこともわかっていたため、

拓也は携帯を閉じる。

会計を済ませ外に出ると、木枯らしと言えるような強めの風が吹いたため、

少し肩をすぼめながら、橋岡店に戻った。



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