45F 戻るものと戻らないもの ④

45F-④


11月も最後の日、彩希は『伊丹屋』を去ることになった。

数ヶ月の試用期間後、正社員として入社できると言われたが、

その内容を十分つかめないままの退社に、

周りの社員たちからは驚きの声があがったという。


「ご迷惑をおかけしました」

「いや……」


彩希は純に挨拶に向かうと、『伊丹屋』の商品を味わいながら、

感じたことをまとめたノートを渡す。

純は、そのノートを受け取った。


「江畑さん、こんなことになって、今更言っても信じてもらえないかもしれませんが」

「はい」

「あなたの力を、『KISE』から外すこと、最初は確かにそれを考えていましたが、
それだけではない思いも、僕にはありました」


純は、『伊丹屋』はトップを走りたいのだと口にする。


「どこにもないもの、僕はそれをこの店に備えたい。
自分の思いにあうお菓子を探す、その手伝いをする仕事。
江畑さん、あなたにはそれが出来ると、そう思いました」


純は、当てつけだけではないのだと、彩希を見る。


「ありがとうございます。私こそ、自分の勝手な思いだけで、
栗原さんを振り回しただけになってしまい、申し訳ない思いでいっぱいです」


ここまでの準備など、色々かかっていると思えるだけに、

彩希はあらためて頭を下げる。


「『KISE』には……連絡をしたのですか」


純は、彩希さえその気なら、食料品売り場に戻れるようになっているはずだと、

そう言った。彩希は黙って首を振る。


「戻るつもりはないの?」

「……はい」


彩希は、細かいことなど何も言わないまま、『KISE』には戻りませんとそう言った。

純は、どうしてなのかと聞き返す。


「どうしてなのか……」

「そうですよ。エリカにも言いましたし、食料品売り場のチーフにも、
すでに話は入っていると聞きましたが」


純は、何か他にやりたいことでもあるのですかと尋ねたが、

彩希は、最後まで具体的なことは何も言わないまま、『伊丹屋』を去った。





世の中がクリスマスに慌ただしくなる12月、

彩希は就職情報誌を買い、いくつかの企業に印をつけていた。

佐保は、『KISE』に戻ると思っていた彩希が、

そうしなかったことを気にしていたため、話しかける。


「彩希……どこかありそう?」

「なかなか、難しい」


彩希は、これといった特技がないからと言いながら、ページをめくる。


「お母さん、彩希は『KISE』に戻るのかと思っていたのに」


佐保の言葉に、彩希はとりあえずの笑みを浮かべようとする。


「一度辞めたから、無理だって言われたの?」


佐保の言葉に、彩希は黙って首を振った。


「それなら……」

「最初はね、戻りたいなと思っていたの。
お母さんと『かもと』のお菓子を買いに行った日、
やっぱりこの雰囲気が好きだと思ったし。でも、奥嶋先生のところに行って、
先生が広瀬さんにかけた言葉を聞いていたら、その通りだと思えることがあって」


彩希は、奥嶋が拓也に向かって、『橋岡店』に異動することを、

『過去を全て忘れること』と位置づけた話をする。


「8年前のことも解決したのだから、何もかも忘れて、頑張れと言われていて。
そうか、その通りだなと」

「彩希……」

「あの出来事があって、江畑家も大変だったけれど、広瀬さんもずっと悩んできた。
そうお母さんも言ったよね」


彩希の言葉に、佐保は黙ったまま頷く。


「私がまた、売り場をウロウロしていたら、今は『久山坂店』にいなくても、
系列店にいるのだから、広瀬さんに会うこともあるだろうし。
そうしたらまた、8年前のことを思い出すでしょう。そうでなくても、
みなさんはどうなのか、元気なのか、仕事はどうなっているのかと、
気にしなければいけなくなる。過去である以上、この出来事に対して、
うちはどこまでも被害者で、広瀬さんが加害者側にいたという構図は変わらないし……」

「彩希もそう思っているの?」

「私はもう思っていないよ。本当に広瀬さんと出会ったことで、色々なことが出来た。
確かに知ったときは本当に混乱した。土下座してくれだなんて、
とんでもないことも言ったし」



『今、この場で、私に土下座して謝ってください』



「だからね、新幹線の中で私、今度は自分が土下座しようとしたの。
あんな失礼なことをさせてしまったこと、どうしても謝りたくて。でも……」


彩希は拓也に止められたことを話すが、

気持ちが動き、キスをしたことは言えないままになる。


「解放……って」

「解放?」

「解放してあげたいと思っていたら、私、広瀬さんに『解放されたい』って、
そう言ってしまって」


彩希は、その瞬間の拓也の顔が、寂しそうだったことも思い出す。


「あの仕事を忘れたくて、別の業種を選んだのでしょう。広瀬さんには力がある。
お客様のことを思って、それを形に出来る力があるの。
それを『KISE』でもっと、もっと伸ばして、生かしてもらいたい。
だからこそ、忘れてもらった方がいいだろうなと」


彩希は、そういうとまた雑誌に目を向ける。

佐保は、気持ちを必死に押さえ込もうとしている娘を見ながら、

これでいいのだろうかと思いながらも、それ以上、何も言えなくなった。





「そうですか」

「はい、申し訳ありませんでした」


彩希は職業安定所に向かい、面接企業の申し込みをしたが、

入れ違いで決まってしまったと、職員から謝られた。

また来ますと言いながら外に出ると、携帯が揺れ始める。



『とうま』



電話の相手は、冬馬だった。

彩希は受話器を通話状態にする。


「もしもし……」

『彩希、元気か』


冬馬は、晶と連絡が取れたことを知っていて、よかったなと受話器越しに語る。


「どうして知っているの? 冬馬」


彩希にとっては驚きの事実だったため、すぐに反応する。


『うん……カツノさんが『あゆみの丘』で友達に話をしたらしい。
その中の一人が、今、うちと取引している家でさ、噂がこっちまで流れてきた』


冬馬は、狭い街だからねと軽く笑う。


『なぁ、彩希。『福々』を再開するかもしれないって、本当なのか』


冬馬は、それならば、ぜひ自分が力になりたいからと話し続ける。

彩希は、まだそこまで何も話はしていないと、そう言った。

冬馬は、彩希があまり嬉しそうな声ではないことに気づく。


『なんだよ、彩希。お父さんの居場所もわかったのに、なんだか嬉しそうじゃないな』

「そんなことないよ、うれしいよ」

『だったらさ、俺、食事おごるから……。この間の件もあるし』


冬馬は、会社に彩希が尋ねてきた日、トラブルに巻き込まれたことを話す。


「そんなこと、気にしなくていいよ、冬馬」

『そう言うなよ、彩希。俺、少しでもいいから、お前の役に立ちたいって、
言っているだろう』


冬馬は、彩希の家だから、強引な商売には巻き込まないとそう宣言する。


『利益を上げようとか、成績を上げようとかじゃないんだ。小さい頃から知っている、
おじさんとおばさんの再出発だし。本当に素直に思うだけだからさ』


冬馬の言葉に、彩希は『ありがとう』と返事をする。

冬馬はそれならばと、いつものように自分から約束の日付を決めだした。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?


【45】宮崎   日向夏ゼリー  (宮崎県産、日向夏の果肉が入ったさわやかなゼリー)



46F-①




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