3 ピンチのあとで

『アン・ラッキーガール』  

3 ピンチのあとで

次の日、駅の改札を通り、階段を上っていくと、

少し先に、デジタルオーディオを聴きながら、軽くリズムをとっている盛田さんを見つけた。



『わかりました、じゃぁ、もう一度頑張ります。はい……』



昨日、頭を下げていた出来事は、ちゃんと解決するのだろうか。

彼の後ろ姿を見ながら、私はふとそんなことを思った。





私はいつも前から3両目に乗るため、階段をあがると迷うことなく定位置に並んだ。

こっちに気づく様子もない盛田さんは、その1つ向こうの扉の前に並んでいる。


ガーッという音のあとに、すでに満員御礼並の乗車率になっていた電車が、

ほとんど狂いなくホームへ滑り込んだ。

いつも少しずつ読み進めている本を取り出し、流れに任せ車内へ入ると、

ムッとするような匂いが漂っている。


通勤時間は電車の数が多く、待ち合わせだの通過だのと、一気には走らない。

カーブでよろめく体を、手すりで支えながら、私の30分の日課が始まった。

何ページ読み進めただろうか。そのセリフは、いきなり私の耳に飛び込んだ。


「あの……、もう少し普通に座ったらどうですか?」


その聞き覚えのある声に、本から視線をあげると、扉ひとつ向こうの世界で、

盛田さんが座席にふんぞり返っている中年男性と、向かいあっている。

混んでいるのを承知しているだろうに、わざと足を大きく広げ、

座席の幅を倍取っている男は、悪びれることなく、鼻で笑った。


「二人分とってますよ。普通に座ってください。そうすれば、そこに別の人が座れます」

「うるせぇな……俺はこうしないと具合が悪くなるんだよ」


誰が聞いてもウソだとわかる理由を並べ、男はさらに姿勢を崩す。

盛田さんは耳につけていたイヤホンをはずし、軽くまとめるとカバンに入れた。

私は隣の男性の腕に隠れるようにしながら、それでも視線だけ二人の方へ送る。


「それはないでしょう。本当に具合が悪いのなら、上を向かずに下を向くはずですよ。
みなさんも同じように乗車券を買って乗っているんですから……」

「なんなんだよ、てめぇ。ようはお前が座りたいんだろ」


身勝手な男の声は、さらにテンションをあげ、威嚇の態度を見せた。

私は別に何をしたわけでもないのに、心臓がドキドキ速まりだす。もしかしたらこの後、

急に殴られでもしたら、盛田さんはよけることが出来ないんじゃないだろうか。

誰か助ける人はいないのかと、周りを見回すと、みんな盛田さんたちから視線をはずし、

まるで気づいていない振りをしている。


「そうじゃないですよ。ほら……」


盛田さんの隣に立っていたのは、右手にギプスをはめランドセルを背負った男の子だった。

大人たちに押されながら、手すりの隅にいる。


「怪我をしている子供がいるんです。そこを少し開けてください」

「ん?」


その男は子供の顔をじっと見た後、ニヤリと笑い、姿勢を戻した。


「ほら、座れよ、僕ちゃん……開けてやったぞ」


たしかに場所だけは空けたが、そんなからかうような言い方に、男の子は何度も首を振る。


「なぁ……立っていると危ないから、座らせてもらった方が……」

「いいんだよ! 僕は座りたいなんて言ってない!」


盛田さんの行為を、余計なことだと少年は強く突っぱねた。

周りにいる人も、何も言わずに、外を見たり目を閉じたりしている。

私は本を読むことも忘れ、それでもじっと見ることが出来ずに、視線を時々向けた。


「いや……でもさ……」

「いいよ……」


明らかに問題ある座り方をしている人を、注意した盛田さんの方が、

まるで悪いことをしているかのような雰囲気が、車内に流れ始めた。

男の子はますます身を硬くし、すぐ隣の男性は、降りる準備をするのだと言いたげに、

反対を向く。


みんな心ではわかってるけれど、もし、あの男に睨まれでもしたらと思うと、

黙っていることしか出来ないのだろう。誰だって、自分がかわいい。

そう、ここに立っている私だって……。


「何だよ兄さん。あんたの方が余計なお世話だって……みんな態度に出しているだろうが!」


その男は手に持っていた新聞紙で、盛田さんの顔をパシンとはたき、

また、態度を大きくしたままで座ろうとした。

盛田さんは彼の左足に手を添え、開いた足を閉じさせる。


「彼が座らなくても、ここを必要とする人は必ずいますから……」

「ん?」


正しいことをしている彼が、少し悔しそうな顔を見せた。

握った両手をどうにかしようとしても、あと一つの勇気が出ない。


大きく深呼吸しようと息を吸い込んだ時、私の目の前に座っていた年配の男性が、

拍手をし始めた。その音にこっちを向いた盛田さんと視線がぶつかり、

私は慌てて、勢いのまま拍手に参加する。


乗客たちの視線が、私達に注目した。

あの男がこっちを見たので、目だけそらし下を向く。

もし、両手を思い切り伸ばしたとしても、私のところまでは届かないだろう。

そんな小さな拍手が20秒ほど続いていたら、さらにその隣に座った女性が、拍手に参加する。

誰かが始めると、それならばと加わってくる人は少しずつ増え始め、

顔が見えないまま、その拍手の輪は少しずつ大きくなった。


「パチパチ、うるせぇな!」


こんな反応を起こされると思わなかった男は、その一言の後黙ったままになり、

次の停車駅で慌てて降りた。頑張った盛田さんの前の座席が、2人分空く。


「座りな……」


少し前に失礼なことを言い返した少年の頭を、盛田さんはポンと叩き、笑顔を見せた。

軽くうなずいた男の子は手すりから手を離し、下を向いたままちょこんと腰掛ける。

その隣には、さらに奥にいた年配の女性が腰かけると、盛田さんはまた、イヤホンをつけ、

何もなかったかのように、手すりをつかんだ。





「森田さん」

「あ……はい」


終点の駅で降りた私に、盛田さんはすぐに声をかけてくれた。

人の波に流されそうになりながら、私たちはホームの隅に立つ。


「ありがとうございました」

「いえ……」

「勇気が必要だったでしょ? あんなふうに参加してくるのは」


私は軽く首を振ったが、まだ少し足は震えているのだと、重苦しくならないように笑って見せた。


「盛田さんこそ、怖くなかったんですか? あんなこと……」

「怖いとかそういう感情はなかったな。僕は田舎者なんですよ」

「……」

「田舎は、助け合うのが普通だから。あんなふうに身勝手なことをしている人はあんまり見ない。
だから、ついつい……余計なことなんでしょうけど」


確かに、余計なことだと片付けられることなのかもしれない。

でも、年配の男性と拍手を出来たことに、私は久しぶりに気分良く、電車を降りることが出来た。



「みんな、わかっているのに、なかなか言えないんですよ。間違ってますよって……」

「……でしょうね」


盛田さんはその通りだとうなずきながら、ポケットから1枚の紙を取り出した。


「今、最初に拍手をしてくれた年配の方が、僕にこれをくれました」


盛田さんの手に握られていたのは、ある居酒屋チェーンの券だった。

あの拍手をした年配の男性は、その会社の関係者で、株主招待券らしい。


「これで思う存分飲めって言われたんだけど、お酒は飲めないんですよ。
だから、森田さんにあげます。会社のお友達と一緒にどうぞ」

「いえ……そんな。食事にだっていけますよ、盛田さん」

「長野にはないんですよ、この店」

「エ……」

「僕は、来月には長野に戻りますから。あと3週間しか東京にはいませんし……
こっちには研修で来ているんです。一緒に行くような友達もいませんから」


来月には長野に戻る……。その時、ほんの少しだけ、私の心がチクリと動いた気がした。





そんな小さな事件の後、私と盛田さんは駅で会うと、よく話しをすることになった。

彼は長野で『盲導犬』の世話をしていて、東京へはそのスポンサーともいえる、

ドッグフードメーカーの研修に来ているのだ。


「しつけ教室とかもするんですよ。今じゃ、飼い主が甘やかしてしまって、
わがままな犬も多いし、あとは……有名人のペットとかを預かったり」

「へぇ……」


普通のOL仕事をしている私からしたら、なんだか珍しい話が多かったので、

私の読みかけの本は、なかなかページが進まなかった。





それから3日後、私たちが降りる駅前商店街で、半年に一度の『抽選会』があった。

にぎやかな集まりに顔を出すと、その真ん中で機械がガラガラ音を立てて回り、

色のついた玉が出るたび、カランカランとベルの音がした。


「おめでとう、3等賞です!」


そう言われてみたら、財布の中に赤い券が何枚か入っていたことを思い出し、

私はその場で数え始めた。

3枚で1回、回せるため、8枚あるから2回はチャレンジできる。


「どう、お姉さん、券持っているなら回して!」

「はい……」


6枚の券をおじさんに手渡し、私は機械の前に立った。

軽く1度回すと、出てきたのは白い玉。


「はい、残念、台所洗剤です」


なんとなくいやな予感をさせながら、もう一度回すと、また出てきたのは同じ白い玉だった。


「あらら……」


私は6枚の券と2つの台所洗剤を取替え、抽選会場になっている金物店を出た。


「おめでとう! 2等賞です!」


振り返ると、私の後ろに並んでいた小学生が、お母さんと当選を喜び、

楽しそうに飛び跳ねながら笑顔を見せる。

あと一人ずれていたら、あれが当たったのは私だったのかもしれない。


……そう、そうだった。私がこんな抽選に、当たるはずがなかったのだ。

私が当たるのは、嫌だな……と思ってしまうことばかり。


「こんばんは!」

「あ……」


目の前に現れたのは、盛田さんだった。





みなさんの考える道先へとつづく………






【第3回 アンケート結果発表】

Q3 この後、二人にあることが起きます。どちらだと思いますか……(投票数81票)


  美緒のピンチを盛田が救う  ……25票

  盛田のピンチを美緒が救う  ……56票

となりました。ありがとうございました。






【第4回 アンケート】

Q4 少しずつ盛田さんを意識する美緒ですが……


  盛田が素敵な女性といるところを発見!

  元彼、畑中と一緒のところを、盛田が発見!


投票期間は10日です。
みなさんの1票がなければ成り立たないお話です。
ぜひぜひ、ご参加下さい。ご意見、アイデアもコメントでお待ちしています。
(私にしか見られないので、大丈夫ですよ!)





みなさんで、一緒に作ってみましょう!

ランキング参加中です。よかったら1日1ポチ……ご協力ください。

コメント

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おぉ・・・

盛田のピンチを美緒が救うだったんですね~
私は・・・どっちに投票したかな(汗)
ピンチというのが、どの程度のピンチなのかちょっと過大に想像していたので
おぉ!ピンチか!と違う視点に驚きました。
ヒカルワールドは極端ですからね(滝汗)

さてさて、次はどっちがいいかなぁ~

この程度です

ヒカルさん、こんばんは!


>ピンチというのが、どの程度のピンチなのか
 ちょっと過大に想像していたので
 おぉ!ピンチか!と違う視点に驚きました。

あはは……たいしたピンチじゃないけどね。
毎回、アンケートを 作っている時には、どっちにいくのか
全くわかっていなくて。

結果が出てから、『さて、どうするか』と考えてます。
次も、投票よろしくね!

犬好きはいい人なはず

yokanさん、こんばんは!


>こういう助けかたもあったんですよね、
 う~ん・・・さすが・・・と、
 ももんたさんの構想にうなってしまった^^

わぁ~い、ありがとうございます。
何も考えず、結果を待って、そこから書き始めなので、
『ピンチ』なんて言いながら、こんな感じになりました。


>盲導犬の世話をしているという仕事に、
 犬好きの私にとって、あら~素敵なお仕事~、

そうなんですよ。
盲導犬を育てている盛田さんと、美緒の恋の行方
もう少しお付き合いお願いします!

ドカンと来るか?

mamanさん、こんばんは!


>うちも田舎だけど、盛田君みたいな人はあんまりいない気がする。

ん? 本当に? このエピソードは実話なんですよ。
まぁ、場所は電車じゃなかったんですけど。
でも、何年も前のことです。
今じゃ、こういう人は少ないでしょうね。


>抽選会の景品よりもっといいもの
 ドカンと当たるんじゃないのォって思いました。

あはは……。さぁ、当たるでしょうかねぇ。

アンケート多数派でしたか? 
そう、そうなると結構嬉しいものらしいですね。
そうして喜んで参加していただかないと成り立たないので、
続きも、ぜひぜひ、1票よろしくお願いします!

勇気

良いことをするって本当に勇気がいります。少しだけでも手助けできたことに喜びを感じられたら、一日幸せで居られるでしょうね。

良い人だな~と思い始めた盛田さん。
やっぱりこの後は・・・・

お帰りなさい

yonyonさん、こんばんは!
お帰りなさいませ。


>良いことをするって本当に勇気がいります。
 少しだけでも手助けできたことに喜びを感じられたら、
 一日幸せで居られるでしょうね。

人の気持ちって、ちょっとしたことで明にも暗にも変化しますよね。
美緒にとっては、ちょっとした冒険でした。

そうそう、気になりだしたのですよ、そうしないと終わらないもん(笑)

盛田さんにほんわかぁ~

今頃、のそのそこんにちは。

前回私はアンケートにどう答えたんだろう????。
みんなの結果を聞いてからお話を作るなんてすごいなぁ・・・。

しかも盛田さんのピンチ、がてっきり仕事とかでのピンチかな?と思っていたけど
こういうピンチだったのか~心温まる結果になってほろっとなりました。

盛田さんの人柄もでて・・・よかったよかった。

>目の前に現れたのは、盛田さんだった。
嫌な事だけ当ると思っていたのに・・・・今度はどちらへ転ぶのかな??^^

その場でパチパチ

tyatyaさん、こんばんは!
のそのそでも、全く問題ないですよ。


>みんなの結果を聞いてからお話を作るなんてすごいなぁ・・・。

すごくはないです。
でも、考えておけない(その場で考えないとならない)のは、
結構大変です(今更言うな?)

盛田さんのピンチ。

そう、確かにそっちの方向へいくだろうなと思ったんですけど、
そこら辺にある出来事の方が、人柄を出しやすいのかな? と
思ったので。

続きも、おつきあいしてもらえたら、嬉しいです。