46F 切れない絆 ①

46 切れない絆

46-①


『解放されたい……』



拓也は、いつものように一人で昼食を取った後、『橋岡店』に戻った。

売り場の賑わいの中、階段を選び上に歩き出すと、携帯が揺れ始める。

相手を見ると芳樹だったため、そのまま通話状態にした。


「もしもし……どうした」

『あ、広瀬さん、大林です。元気ですか』

「まぁな」


拓也は、踊り場のところに小さな子供のハンカチが落ちていたためそれを拾う。


『今日、仕事の区切りがあるところで、こっちに来て下さい』


芳樹は、自分は1日中席にいますからと話し続ける。


「ほぉ……お前に俺は呼び出しされるのか」


拓也の前に、女の子が一人走ってきた。何やらキョロキョロしていたため、

もしかしたらと拾ったハンカチを振ってみる。

女の子は嬉しそうに頷いた。


『呼び出したとか言わないでくださいよ。奥嶋先生の個展の件です』


拓也は女の子にハンカチを渡す。


「ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


拓也はバイバイと手を振る女の子を見送ると、あらためて受話器に向かう。


「奥嶋先生の個展の件は、俺から担当に話したぞ。窓口はお前だっていいだろうし」

『そうなんですが、奥嶋先生が食料品売り場でやりたいと』

「は?」


拓也は食料品売り場で、どう開くんだと聞き返す。


『だからこちらに来て下さいと、今言いましたよね』

「俺は関係ないだろう。『久山坂店』のことは、『久山坂店』で考えろ。
あ、そうだ、そうだ、優秀な佐々木部長にでも話を持って行け。
さぞかし、先生の機嫌も損ねず、
『KISE』の名誉も保てる素晴らしいアイデアを、思いつかれるだろうし」

『……ものすごく分かりやすい抗議ですね』


芳樹は、奥嶋先生が広瀬さんをと言っているのだとしても、

突っぱねますかと聞き返してくる。


「先生が? 俺を?」

『そうです。とにかく、これからでも来てください。古賀課長の方には、
こちらから連絡が行くようになっているはずですから』


芳樹は絶対に来てくださいよと念を押し、電話を切った。

拓也は受話器をポケットにしまうと、軽く首を回した。





『KISE 久山坂店』

離れてから3週間くらいしか経っていないが、ずいぶん月日が空いた気がする。

拓也は駅の改札を出ると、そのまま地下の食料品売り場を目指した。

店内に入ると、それなりに活気があり、お客様を呼び込む店員の声や、

試食品などを配り、うれしそうに食べている人もいる。

売り場の隅から隅まで、歩きながら見ていくが、彩希の姿は見つからなかった。

11月の末で『伊丹屋』を辞めるということはエリカから聞いていたため、

もし、戻ってくるのなら、この場にいるはずだった。

この忙しい中にいないのは、戻ってきていないということになる。



『解放されたい……』



その言葉の重みを、今更ながら感じ、

拓也は売り場に背を向けると、そのまま通用口に入り、地下通路を歩く。

ここまできて素通りはないだろうと思い、拓也は2階の『第3ライン』に顔を出した。


「あ、広瀬さん」

「おぉ……」


席にいたのは益子部長と寛太だった。

拓也は仕事を続けてくださいと益子に話す。


「今日はどうした」

「奥嶋先生の個展の件で……ちょっと色々あるとか」

「あぁ……」


益子は、この間、初めて奥嶋先生がいらしていたけれど、

なかなかまとまっていないようだと、状況を説明してくれる。


「うちとしては、世界的にも名のある奥嶋先生だから、
8階の催事場での開催をお願いしているらしい」

「まぁ、それが無難ですよね」

「ところが、先生は作品を生きた状態で展示したいと譲らないんだ」

「生きた状態……」

「自分の作品は、ライトを当てて、ただ見てもらうものではないからと。
ようは商品を入れた状態でと」

「あぁ……それで食料品売り場だと」

「うん」


拓也は、気持ちはわからないわけではないが、場所を考えても難しいだろうと返す。


「あの先生はおもしろいな。佐々木部長が、それなら9階のレストラン街で、
展示をして、各お店の商品を中に入れようかとか、話をしたんだ」

「はい」

「そうしたら、私は『KISE』との縁をつなぎたいと思い、ここに決めたのだと。
適当な場所をあてがわれるくらいなら、辞めさせてもらいたいと言ったんだ」

「ほぉ……」


拓也は、怒られてどうしようかと青ざめる佐々木の顔を想像する。


「佐々木部長も、少し、無理難題を言われて見ればいい。
いつも、上からしかものを言わないのだから」

「益子部長」


拓也が聞いている人間もいますよと話すと、言うなら言えばいいと益子は胸を張る。


「わかりました。少し、話を聞いてきます」

「おぉ……また、帰りにでもここに寄れ」

「はい」


拓也は益子に頭を下げ、寛太の肩を軽く叩くと、芳樹のいる3階へ向かった。



芳樹のところに立ち寄った拓也は、催事場を担当する社員と、

奥嶋自身が、食料品関連とのコラボを希望されているという状況があるため、

計画に加わることになった佐々木部長と、数名で会議室に入った。

芳樹は『まずは座って、とにかく黙っていてくださいね』と拓也に声をかけていたが、

発言がないスタート時から、会議はヒートアップする。


「奥嶋先生は、とにかく食料品売り場の改革が、頭に残っているらしく、
アイデアを出して、生きた展示をしたいと譲らない。
全く、『第3ライン』が、秋のイベントで、『規格外』のことばかりをするから、
こうして多方面で迷惑がかかる」


佐々木の言葉に、芳樹はすぐ拓也を見た。

拓也は佐々木の挑発に近い言葉に対しても、表情も変えずに黙っていたので、

芳樹はよかったと息を吐く。


「まぁ、佐々木部長。そうおっしゃっても、あのイベントの成功があったからこそ、
奥嶋先生から是非『KISE』でと言われたことも事実です。
本来なら、『伊丹屋』クラスで、イベントを行うほどの相手ですよ。
ここはどうにか歩み寄って……」


催事担当の社員は、『歩み寄り』の意味を込めて、

自分の両手をつなぐような仕草を見せた。

1階の中に小さな展示場所を作り、上へ誘導するようにすればどうだろうかと提案する。

佐々木は、それならばレストラン街でも同じようにしたいと言い始めた。

はじめこそそれなりの会話だったが、だんだんと持ち場の利益ばかりが優先し、

あっちからもこっちからも、奥嶋本人の思いをよそに、

身勝手な意見が飛んでは、場所も構わず落ちていく。

拓也は、ずれていく話題に、一度大きく息を吐いた。


「あの……」

「あ、広瀬さん」


拓也を気にしていた芳樹は、すぐに反応してしまう。


「なんだようるさいな、大林。お前が来いと言ったんだ。
俺はここに、時間をつぶしに来させられたわけじゃないだろう」

「時間つぶしって……広瀬さん」


拓也の一言に、芳樹がすぐに止めに入った。

佐々木の冷たい視線が、拓也に向かう。


「なんだ、広瀬。お前はまたここであれこれ言って、かき回すつもりか」


佐々木は隣に座る木村に、『どうしようもない』というような顔をしてみせる。

木村は、なんとなく笑う顔だけを見せ、すぐに眼鏡を直した。



46F-②




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