46F 切れない絆 ②

46-②


「かき回す……まぁ、そう言われるのならそれでも構いません。
でも、ならば佐々木部長。『KISE』でぜひと言われた奥嶋先生に対して、
あれこれアイデアを出すことの、いや、そこからずれた会話しかしていない、
今のこの状態をかき回すことの、どこが悪いのか教えていただきたい」

「何?」

「広瀬さん、とりあえず……」


芳樹の言葉も、拓也には届かなくなる。


「依頼主のため、店舗に買いものに来る客のため、
なにをどうすれば期待に応えられるのか、それを目一杯考えることが、
私たちの仕事ではないのですか。それをかき回すと表現するのなら、
当然のことでしょう」


拓也は、出来ないものは出来ないことをきちんと相手に説明し、

その範囲の中で、どこまで広げられるかが勝負だと口にする。


「変えることを面倒だとか、規格外だとか、そんなことを言っている時点で、
うちは奥嶋先生に負けているのですよ。名だたる職人の作った芸術的作品でも、
先生は、漆器は、食べるものがそこに入って、
初めて生きるとそう言っているのでしょう。
それを……レストランに入っている店の中に組み込めば、
食べ物と一緒だからいいでしょうだなんて……あまりにも考えがない」

「うわ……広瀬さん」


芳樹は、電話で話したことをここで言ってしまったと、思わず顔を覆う。

自分の意見を『考えがない』と表現された佐々木は、拓也をにらみつける。


「広瀬……お前」

「奥嶋先生に、とことん見てもらえばいいのですよ。うちの食料品売り場を。
店員が一人ずつ、商品の知識を持ち、客の希望を叶えるために努力しています。
宣伝したからいいですよとか、高級な箱に入っているから、あなたに似合いますとか、
そんなものではないのが、『嗜好』でしょう。それでも、出来ない物は出来ない。
どこまで歩み寄れるのか、どこまで冒険できるのか、そこから考えなければ、
新しいものなど、何も生まれてきません」


拓也はそれだけを言うと、そのまま席に座る。


「冒険ねぇ……それなら、広瀬はこれをやりきれると……」

「そうやって、責任逃れをするのは辞めてください」

「は?」


芳樹は、言葉で止めるのは無理だと思い、拓也の膝を何度も叩く。


「この仕事を担当するのは、ここにいるみなさまでしょう。
『KISE』4店舗の中でも、トップを走る『久山坂店』のスタッフではないですか。
それを、面倒だなと思った瞬間、奥嶋先生が望んでいるからと、
こちらに話を振ってきて、失敗したら責任論、いや、成功してもか……」

「広瀬さん、ちょっと……」

「大林。お前は何をしにここへ来た。意見がないのなら、言うつもりがないのなら、
動くなよ」


拓也は、横に座る芳樹のネクタイをつかんだ。


「いや、だって、広瀬さん」

「いいか、そもそもお前が書道の会で、
『KISE』という企業が、素晴らしいようなことを奥嶋先生に話すから、
こういうことになる」

「いえ、僕は……」

「うちなんてな、これが精一杯だ。あれこれ正論らしきことを並べたって、
企業の枠を、決めごとを、取り崩すような冒険は出来ない。
そういう会社ですと、ご期待には応えられませんと、あらためて話をしてこい」

「広瀬!」


佐々木は立ち上がると、お前は必要がないから出て行けとそう怒りをあらわにする。

拓也は自分を指す佐々木の指を見た後、『わかりました』と答えた。

そして、そのまま会議室を出て行ってしまう。

芳樹も立ち上がり、残るメンバーに頭を下げると、すぐに拓也を追う。

結局、二人はその場に20分くらいしかいられなかった。

廊下をしばらく進み、突き当たりの場所にまで到着する。


「広瀬さん……」


芳樹は『あそこまで盛り上げなくても』と思わず口にする。


「悪いな、大林。ああいう場所で、能面のようにしていることなど、
俺には出来ないわ」


拓也はそういうとそのまま階段を降り、喫煙所に向かう。

芳樹もその後ろについた。



喫煙所に着くと、拓也はソファーに座る。

ポケットに手を入れると、タバコの箱を取り出した。


「佐々木部長、これで、さらに怒ってますよ」

「別にいいよ」

「でも……」


芳樹は、『戻れる可能性が……』とため息をつく。


「俺が何かを言うと、どこかで必ず誰かが怒るものらしいし」


拓也はタバコを口にくわえたまま、ライターで火をつける。

芳樹は拓也の目の前に座った。

拓也が吐き出したタバコの煙が、上へ向かう。


「広瀬さん」

「ん?」

「江畑さんは、うちに戻らないのですか」


芳樹の問いかけに、拓也は視線を合わせる。


「なんだよ急に」


拓也はそれだけを言うと、またタバコを吸い込んだ。

彩希の名前を出されて、すぐに別れた駅での一言が蘇ってくる。


「『伊丹屋』は辞めることになって、戻ってくるのかと思っていたけれどと、
大山から聞きまして」

「あぁ、大山か。そうか、お前たち同期だったな」

「はい」


拓也は『戻らないかもな』とつぶやくと、首を軽くまわす。


「どうしてですか」

「『解放されます』と……言われた」

「解放?」

「あぁ……。お父さんが東京に戻ることが決まって、
家族と、もう一度やり直せるというめども立った。
そういう状況の中で、江畑が俺にそう言った。
8年前に起きた出来事から、やっとこれで抜け出せると、まぁ、うん……」

「抜け出せる……ですか」

「俺を見れば、会えば、あいつはそこにまた戻される。
もう思い出すこともしたくないから、『解放されたい』と、そういうことだ」


拓也は、自分の思いに気づき、背中を押そうとしてくれた芳樹だからこそ、

弱気になる自分をそのままさらけ出した。

自分にとって、彩希の存在がそれ以上のものであっても、

彼女の心を傷つけるのは避けたいという、苦しい気持ちになる。


「人のアラばかり探す無能な上司とか、くだらない規則なんてものを、
無視して戦う勇気はあるけれど……」



『広瀬さん……』



「俺が目の前にいるだけで、罪のないあいつを、
これ以上、苦しめるのかと思うとさ……」


拓也のつぶやきに、芳樹は『そうですか』と下を向く。

視線を向けた窓の向こうには、晴れとも曇りともいえないような微妙な空があった。


「まぁ、そういうことだ。よし、益子部長のところに立ち寄ってから帰るよ」


拓也はタバコを灰皿で消すと、一度両手で膝を叩き、

そのまま喫煙所から出て行ってしまう。

芳樹はその後ろ姿に同じ距離を保ちながら、しばらく歩き続けた。





「まずは乾杯」

「うん」


冬馬は彩希を誘い、近頃知ったというレストランに入った。

コース料理が評判のお店は、予約の客が優先で、飛び込みはなかなか入れないという。

彩希は冬馬に対して、父の晶がどういう事情で3年間家を空けたのか、

それなりに最初から説明をした。冬馬はワインに口をつけながら、

何度も頷き真剣に聞き続ける。


「ということは、『雫庵』の跡取りを作ったのが、おじさんだと言うことだろ」

「作ったというのは大げさだよ。お父さんの話だと、もっと年配の職人さんもいたし、
指導しながらも教えてもらったところもたくさんあったって」

「でも、おじさんの腕が見込まれたことには変わりない。すごいな……彩希」


冬馬は、それなら『福々』再会も夢じゃないよと、嬉しそうに話す。

彩希は、未だに再会を果たしていない新之助のことを思い出す。


「おじいちゃんがね、まだ許してくれていないの」


彩希はそういうと、『気持ちはわかるけれどね』と、複雑な顔をする。

冬馬は、昔、白い作業服を着て、店の奥で仕事をしていた新之助と晶の姿を思い出した。


「まぁ、そういうことはさ、時間が解決するよ。な、彩希」


冬馬は励ますつもりで、明るく言って見せる。


「でもさ、そんなすごい情報、どこから流れてきたんだよ。
『雫庵』だって、隠そうとして必死だったんだろ」

「……さん」

「ん? 何」

「広瀬さんが、探してくれた」


彩希は、そういうと冬馬を見た。

そこまで明るくしていた、冬馬の表情が変わる。


「あいつが?」

「うん……」

「どうしてだよ」


冬馬の問いかけに、彩希はここまでの流れをさらに語った。



46F-③




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