46F 切れない絆 ③

46-③


拓也が8年前の出来事に関わった人だとわかり、

苦しさと辛さから土下座をさせてしまったこと。

それでも彩希の苦しみを理解し、拓也がアンテナを張り巡らせた結果、

芳樹の書道の会に入った奥嶋から、知ることが出来たということも、全て話していく。


「ふーん……」


冬馬は、自分にとって、プラスの効果を導いた拓也のことを話している彩希も、

やはりどこか元気がない気がして、二人に何かあったのかと、思い始める。


「8年前のあの出来事に、広瀬さんは関わってしまった。
『KISE』に入社して、今度こそとお客様のために頑張っていたのに、
私と再会したことで、また時間が戻されてしまって」


彩希の脳裏に、土下座をしてまで『第3ライン』に自分を残そうとしてくれた

拓也の気持ちが、色々なシーンとともによみがえってくる気がして、

心がチクチクと痛む気がしてしまう。


「一生懸命に父の行方を捜してくれたし、私のためにと、色々動いてくれた。
本当に長い間、江畑家の人間も苦しんだけれど、
広瀬さんもずっと……ずっと苦しんできた」

「彩希……」


彩希は、取り乱し大声を出す自分の前で、寂しそうな顔をしていたことを思い出す。


「冬馬……」

「何?」

「成績を上げたいからって、仕事で絶対に無理はしないでね」


彩希は冬馬を見る。


「冬馬はさ、昔から友達も多くて、人と話をするのも上手で、
私は本当にうらやましかったの。ほら、この前のこともあるでしょう、
傷が残るような仕事を、して欲しくないから」


彩希は、冬馬のことを語りながら、その奥で拓也を重ねていた。

拓也がこの8年、自分たちを追い込んだことで出来た傷を抱え、

苦しみながら生きてきたことを、あらためて痛感していたからだった。

それを冬馬の立場に置き換えて、彩希は語り続ける。

冬馬は、彩希の話を聞きながら、

心は見えない部分まで『広瀬拓也』で埋め尽くされているのだと、あらためて考えた。


「大丈夫だよ、俺は……」


冬馬は、自分のことではない話に、返事をするのもおかしいかと思い、

そこで言葉が止まる。


「ほら、食べようよ、彩希。冷めたらうまくなくなる」

「……うん」


彩希もそうだよねと言いながら、ナイフとフォークを握る。

冬馬は、彩希を見ながら、自分のグラスに残っていたワインを飲み干した。





「これ、お願いします」

「あぁ……うん」


奥嶋の個展に関する会議から『橋岡店』に戻った拓也は、

書類に印を押し、時々売り場に出て客の動向を見るという、

なんとなく拍子抜けした時間を過ごしていた。

新しく上司になった古賀に、自分なりの企画を提出したが、

それは結局、採用されないままになる。

佐々木と言い合ったあの日、喫煙所を出た拓也は、その後『第3ライン』に戻り、

部屋に残っていた益子と寛太に、会議の内容を話し、

ちょっとしたアイデアを置いて帰った。

それを寛太の意見としてあげてもらい、奥嶋本人からの了承も得たという事実を、

今朝、エリカから送られてきたメールで知ることになる。



『店の選定は、うちに任せてくれたけれど……』



奥嶋の作品、漆器をいくつかの店に配置し、

その中に見本として各ブースのお菓子を入れる。

そこには8階の催事場で個展が開かれているという宣伝のちらしを置き、

相乗効果を狙うというものだった。

食料品売り場で個展を開きたいという奥嶋の希望だったが、

出来ない部分の説明をこなしたことで、妥協案を受け入れてもらう。

『KISE』にとっては、年が明け、『春』に向かう前の大きなイベントになった。





「奥嶋恒夫か。あの先生は、昔から破天荒だからな」

「まぁね。そもそも『伊丹屋』ではなく、うちだもの」


エリカと純は、いつもの店で飲みながら、奥嶋の個展について語った。

純は、拓也の顔を思い浮かべる。


「広瀬か……」


純の無意識なつぶやきに、エリカは横を向く。


「何? またもやと悔しくて歯ぎしり?」

「は? どうしてそんなことを」


純は別にどうでもいいことだと言い切り、『江畑さんは』とエリカに尋ねた。

エリカは黙って首を振る。


「そうか……『KISE』に戻るつもりはないのか」


グラスを持ち、お酒を飲みながら、

純は彩希がどういう気持ちで『伊丹屋』を去ったのかと、考え始める。


「何かあったのかしらね、あの二人」

「何か?」

「そうよ。広瀬さんも江畑さんが戻ってこないことを、
なんとなくわかっているような雰囲気あったし」

「何かってなんだと思うんだ」

「わからないわよ」


エリカはそこまで親しくないものと、頬杖をついた。

純はエリカのお酒の残りと、自分の残りを見る。


「それじゃ、ここで語っても仕方がないね。
他人のことで悩むほど、無駄な時間は無い」


純はそういうと、店を出ようと伝票を持ち立ち上がる。

エリカも遅れて席を立つと、耳につけたイヤリングにそっと触れた。





慌ただしい年末が終わり、世の中は新しい年を迎えた。

岡山から晶が戻り、江畑家では久しぶりに親子揃っての正月を迎える。

しかし、ぜひ一緒にと話した新之助とカツノは、

『あゆみの丘』に残るという選択をしたため、ここにはいない。

晶と新之助は、未だに再会を果たしていなかった。


「それじゃ、行ってきます」

「気をつけてね、彩希」

「うん」


彩希は、まつばと恵那と待ち合わせをして、初詣をすることになった。

初売りが始まったため、すでに仕事状態の恵那が終わるのを待ち、

3人で出かけることに決めていたが、話したいこともあると言ったまつばと、

少し早めに待ち合わせをする。

場所は、いつものコーヒーショップだった。


「バタちゃん、あけおめ」

「うん……あけおめ」


まつばはブレンドを買い、彩希のいるところまでやってきた。

バッグを置く状態で、就職は決まったのかとすぐに聞いてくる。


「うん……と言いたいところだけれど、まだ」


彩希は、どうしようかなと考えていたが、先を越されたと舌を出す。


「そうか」

「うん」

「ねぇ……バタちゃん」


まつばは、自分の言葉を彩希が聞くように、

注目をさせようとテーブルを両手で軽くペタペタと叩く。


「とりあえず、うちの派遣じゃダメってこと?」


まつばは、派遣だったら辞めるのも難しくないので、決まるまでいたらどうだと提案した。

彩希は、それがいつ決まるかわからないからと、ごまかそうとする。


「いや、まぁ、そうだけれど……」


まつばは提案をあきらめきれないような顔をした。

彩希は、拓也の影を感じるのが辛いという言葉は、とても出せないまま、

『カフェオレ』を飲んだ。



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