47F 『KISE』発、未来行き ①

47 『KISE』発、未来行き

47F-①


冬馬も拓也も、重ねてきた時間を、丁寧に戻っていくくらい、

長い時間が流れたような気がしてしまう。


「つまり、お父さんが見つかったことで、俺が清々していると、
江畑がそう思っていると言うわけですか。『KISE』に自分が関わると、
また俺と会うことになるし、忘れたい過去を思い出すと……」


拓也は彩希の思いに気づき、あらためて冬馬を見る。

冬馬は黙って頷いた。


「どうしてそんなことを言いに来たんだ。江畑がそう思っているのなら、
そのままの方が、君には都合がいいだろう」


拓也は冬馬に尋ねた。


「はい。勘違いしたままでいてくれたら、正直、それでいいと思います。
それで忘れていけるのなら、俺は待つつもりですし」


冬馬は、膝の上にのせた両手を、握りしめる。


「でも、あいつはいつも楽しそうじゃなくて。
俺と会っても、心が別のところにあるのがわかるんです」


冬馬は、会うたびに、昔とは違う彩希との距離を実感していた。

それは近づくことなく、だんだんと遠くなっていく。


「俺も男ですから、こうなったら別の意味で、彩希のためになろうと思いました。
言われっぱなしは嫌だったし。彩希を利用した、いつまでも半人前だと、
あなたに言われたままなのは……」


冬馬は、だからここまで来たのだと、拓也を見る。

冬馬の決意は、拓也にも感じ取れた。そこからまた、時間が静かに流れていく。

飲み始めたドリンクは、互いに空になっていた。


「河西さん」

「はい」

「今は、杉山さんのところで、働いていると……」

「はい」

「仕事に順位はないと思うし、成績を上げられているのなら、
あなたに向いているのかもしれない。俺自身は、無理だと思った世界でしたから。
それでも、これから色々あると思います。
その中で、江畑に対しての思いが君にあるのなら、それを忘れないで頑張ってください」


拓也はそういうと『ここまで来てくれてありがとう』と冬馬に頭を下げ、

伝票を持ち立ち上がる。


「河西さん、あなたが来てくれて、一番大事なことを思い出しました。
江畑は、お菓子の味覚に関しては一流だけれど、その他のことに関して、
たくさん抜けているところがあることを、そういえば忘れていましたから」


拓也はそういうと、冬馬を残したま支払いを済ませ、店を出て行った。

冬馬は、店の窓ガラスに映る拓也の後ろ姿を見ながら、大きく息を吐く。

おそらく、拓也の出す答えは、自分の思っているとおりだろうと考えながら天井を見ると、

自分の中にある彩希との思い出と、今がごちゃ混ぜになったからなのか、

少しずつ目に涙が浮かんできた。

冬馬はそのまま目を閉じて、しばらく動くことはなかった。





『解放されたい』



冬馬の言葉を聞き、拓也は『橋岡店』に戻る途中で、彩希の番号を呼び出した。

何度かの呼び出しが鳴っているものの、すぐに通話にならない。

『早く出ろ』と念じていると、やっとボタンの音が止まる。


『はい』

「お前、遅いな、電話に出るの」


拓也のいつものようなトーンに、彩希は『すみません』と言葉を戻した。

それでも、突然電話がかかってくる意味もわからずに、

鼓動だけがどんどん速くなっていく。


「今、何してるんだ」

『今ですか。これから『あゆみの丘』に行く途中です』


彩希は、新之助とカツノに会うため、『あゆみの丘』へ向かうところだと説明した。

拓也が冬の空を見あげると、遠くに飛んでいく飛行機が見える。


「そうか、それならその用事が済んだら、そのままこっちまで出てきてくれ」

『エ……』

「話があるから」


拓也はそういうと、『橋岡店』だぞと念を押す。

彩希が戸惑っている間に、勝手に通話を切ると、その場で大きく背伸びをした。

飛行機は右から左に動き、その姿はどんどん小さくなっていく。



『話があるから』



頭の中に、『どうしたらいいのか』と、

受話器を持ったままたたずむ彩希が見える気がして、

拓也は口元に笑みを浮かべると、そのまま仕事場に戻ることになった。



『話があるから』



受話器を閉じた彩希は、坂道を登りながらずっと『話』とは何かを考えていた。

電話の相手が拓也だとわかったとき、鼓動が一気に速くなったため、

1、2秒、呼吸を整えてから通話にした。

もう会わない方がいいと思いながらも、声を聞くだけで、

どこかで会えると言うだけで、何かを期待し、心を弾ませる自分がいる。

彩希は、『あゆみの丘』から見える街の景色を見ながら、大きく息を吐いた。



「はい、彩希」

「ありがとう、おばあちゃん」


彩希はカツノから出されたお茶を飲むと、新之助を見る。

新之助は、二人から目をそらしたまま、お茶の温度を下げようと息を吹いた。


「この間ね、『チルル』の白井さんが、ご夫婦でうちに来てくれたの」

「あらご夫婦で」

「うん……」


カツノは、お店があるのにと言いながら彩希を見る。


「そうだよ、どうしても会いたくなったって。
お父さんもね、色々と迷惑をかけてすみませんでしたと謝って。
でもしんみりしたのはそこだけ。そこからは、お菓子の話で盛り上がっていた」

「そう……」


カツノは、晶は嬉しかったでしょうねと彩希に微笑みかける。

彩希は、何度か頷くと、話に加わろうとしない新之助の前に立ち、頭を下げた。


「何をしているんだ、彩希」


新之助は、彩希から視線をそらす。


「おじいちゃん、お願い。お父さんに会って欲しいの」


彩希は、お父さんはおじいちゃんが許可をしてくれなければ、

ここに来られないと思っていると、気持ちを代弁する。

彩希の言葉に、カツノも顔をあげ新之助を見た。


「お父さん、白井さんに『福々』を再開しないのかと言われて、
それはおじいちゃんが許可をしてくれなければダメだって……話していた。
『福々』は、おじいちゃんが育てて決めた店の名前だからって」


彩希は、『もう一度』だけと、新之助に再び頭を下げる。


「おじいさん」

「辞めなさい、彩希。そんなことは必要ない。晶がやりたいのならやればいいし、
おじいちゃんは何も……」

「それじゃダメなんだよ、おじいちゃん。おじいちゃんがわだかまりを取ってくれないと、
私たち、お父さんもお母さんも、前に進めない」


彩希は、8年前、立ち退きのあった頃、新之助が謝り続ける拓也に向かって、

『どら焼き』を出した話をし始める。


「あなただけの責任じゃないって、おじいちゃんも思ったと言うことでしょう。
だから、広瀬さんに、『もういいから食べなさい』と、出してくれたんだよね。
過去の失敗にこだわっていたら、そこから感情も時間も、全て止まってしまう。
広瀬さんは、あの出来事を乗り越えて、お父さん探しを手伝ってくれた。
おじいちゃんも、こだわりは捨てて、お父さんと歩み寄ってよ……」


彩希は、江畑家が一つになってこその『福々』だと口にする。


「みんながまた、『福々』いう場所を作って、一つになること。
それが……彩希の一番の願いなの」


彩希の言葉に、新之助の顔があがる。


「彩希……」

「お願いします」


カツノは新之助の表情を見た後、彩希を見る。


「彩希……おじいちゃんはわかっているよ、大丈夫だから」


カツノの言葉を聞きながら、新之助はお茶を飲む。


「雲が多いな、雪でも降るのか」

「何を言っているんですか。そこまで寒くありませんよ」


カツノは美味しいサブレがあるからと言いながら、戸棚を開けた。



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