47F 『KISE』発、未来行き ②

47F-②


『橋岡店』


彩希は、『あゆみの丘』を出た後、木瀬電鉄に揺られ、『久山坂店』の路線に向かうと、

そこからさらに奥へと進んだ。

『KISE』の4店舗の中で、彩希が唯一足を踏み入れていないのが『橋岡店』になる。

電話をもらった時には、戸惑いがありながらも、

『また会える』という思いの方が強かった。

しかし、いざ、場所が近づいてくると、『話』の中身がどういうことなのか、

そちらが気になってくる。

彩希は電車から見える景色を見たり、車内刷りの広告を見たり、

落ち着かない時間を過ごした。



彩希が『橋岡店』に到着し、拓也に連絡を入れると、

30分後に降りるからと言う返事だったため、

初めて来る店舗の中を、観察することにした。

『木瀬百貨店』の代表とも言える『久山坂店』は、

本当に総合店舗と言えるくらいの品揃えだが、専門店を含みながら、

相乗効果で売り上げを出そうとする『橋岡店』は、

その場所によって全く違う色を持つ、異色なところも多かった。

彩希の足は、自然と地下の食料品売り場へと向かう。


「いらっしゃいませ、夕食の献立にぜひ!」


店員たちはやはり活気のある声を出し、生鮮食品から、お菓子など、

品揃えもそれなりにあった。彩希の目の前を、数ヶ月前まで着ていた制服姿で、

歩いて行く店員が通り過ぎる。



『バタちゃん……これ頼んでもいい?』

『バタちゃん、こちらのお客様、お願い』



彩希は『かもと』の前に立ち、『淡雪しるこ』を買うことにする。

洋菓子の方へ進むと、『ライナス』の売り場を見つけた。



『私はこっちの方が……』



ケースに並んでいる味は、去年から売り出している『アーモンド』味で、

試食会で味わい、彩希も加わって選んだものだった。

味を思い出しながら、さらに拓也と向かい合い食事をした時のことも思い出す。

彩希は、店員を見つけ『すみません』と声が出てしまった。

拓也を待つ30分の間、彩希は食料品売り場で、色々と買い物をしてしまう。

従業員出口の場所に戻ったときには、両手に紙袋が握られる状態だった。





「すみません」

「いや、お前に30分を与えた俺が悪い」


拓也は両手に袋を持っていた彩希に気づき、半分を受け持つとそのまま歩き出した。

彩希はどこに行くのかわからず、ただついていく。


「『あゆみの丘』に行くって、言っていたよな。
おじいさんたちと、お父さんのわだかまりは取れたのか」


拓也の問いかけに、彩希は黙ってしまう。

拓也は『そうか』と一言言うと、そのまま歩き続ける。

彩希は、やはり拓也の気持ちの中に、『謝罪』が消えないのだと考えた。


「もう……そんなに気にしないでください。『橋岡店』に来てまで、
気にしてもらうのは……」


彩希は、結局、話はそこに戻ってしまうのだと下を向く。


「さて、ここから少し登るぞ」

「どこに行くのですか」

「川」

「川?」


彩希はどうして拓也が川へ向かうのかわからないまま、その後を追い続ける。

風を遮る物が何もないため、頬に冬の風が直接触れた。


「うん……ここだな」


拓也は見える景色に、満足そうなコメントを出す。

『橋岡店』から歩いて10分くらいすると、このまま海へと流れていくはずの、

大きな川が目の前に見えた。

川の向こうには、新しいマンションがいくつも建ち、

部屋の明かりがあちこちについている。


「あのマンションが建っている場所、あれは10年くらい前まで、
大手企業の工場があった場所なんだ」


拓也が指を向けた場所を彩希も見る。


「海に近くなるし、流通面を考えてその場所にしたのだろうけれど、
土地の価値が変わり、その企業は工場をさらに田舎へ移し、
あの場所にマンションが一気に建設された」


拓也は、あのマンションが建ったことで、このあたりは人口が一気に増え、

『橋岡店』が出来たのだと教えてくれる。


「『橋岡店』は、出来てからまだ5年だ。だから、このあたりは、毎年のように、
景色が変わっている」


彩希は、川の向こうにあるはずの、海を想像する。


「今日、『橋岡店』に彼が来た」


『彼』と聞いた彩希の目が、拓也を見た。


「河西君」


拓也は、冬馬が自分に会うために、ここまで来たことを話す。


「冬馬が……何か言いましたか」


彩希は、拓也のことをよく思っていない冬馬が、

色々な事情を知って、また何かを言いに来たのかと心配する。


「いや、文句を言いに来たわけではないよ。
彼の話を聞いて、江畑が大きく勘違いしているのがわかったから、
これはそのままにしておけないと、今日はここへ呼んだ」


拓也はそういうと、小さな公園内にあるベンチに座る。

彩希もその隣に座り、話の続きを待った。


「江畑……『KISE』に戻ってこい」


拓也の言葉に、彩希は返事をしないままになる。


「お前が『久山坂店』にいたら、俺がお前の姿を見て、いつまでも8年前のことから、
抜け出すことが出来ないって、そう思っているんだろ。河西君から聞いた。
いいか、それが勘違いだって言うんだ」


拓也は、確かに消えてなくなることはないだろうが、と付け加える。


「今のように、どうしたのかと聞くのも、どうするつもりだと聞くのも、
それは申し訳ないという思いからじゃないんだぞ。江畑彩希を知り、
江畑彩希の家族だから、どうなっているのか、いい方向に進んでいるのかと、
気にしている」


拓也は、『江畑彩希だから』という部分を、もう一度繰り返す。


「食料品売り場の担当になる前まで、ほとんど顔を出したことがない場所だったのに、
今、立ち寄ってみると、お前が『KISE』の食料品売り場にいないというのは、
何かが足りない気がしてしまう」

「広瀬さん……」

「それまでにはなかったものが、知らなかったことが自分の中に入ってくる。
それが『出会い』というものなのだろう」


拓也は、『橋岡店』の現状を考えつつも、

なるべく早く『久山坂店』に戻るつもりだと、そう言った。


「『岡山』から戻って、実は俺の方が思っていた。奥嶋先生の家から帰るとき、
江畑が口にしたのは『解放されたい』という台詞だったから」

「あ……それは」

「それは?」

「これで広瀬さんもきっと『解放されたい』と思っているだろうなと、
そう考えていたら、口から出てしまって」

「ん?」

「文章的にはおかしいですけど、まぁ、意味が伝わるかなとか」


彩希は、別れ際だったしと言った後、拓也を見る。

拓也は彩希の言い分がおかしな気がしてしまう。


「江畑、お前、そこはきちんと言わないとだめだろう。
『解放されたい』っていうのは、自分にかかる言葉だ」

「そうですけど……」


彩希の困ったような顔を見た拓也は、軽く首を振る。


「いやいや、そうだよ、そうだった。河西君が来てくれて思ったんだよ。
お前は味を見る舌は一流だけれど、その他のことは抜けていたことが多かったし。
いや、だからさ、俺が思っていたわけ。お前が俺を見ると、過去に戻るだろうなと。
だから、ここに『橋岡店』に異動だと言われたのも、まぁいいのかなとか」

「そんな……」

「だろ、そうなんだ、俺たちは互いに思い込み過ぎてる。
自分が引くことで、自分がいなくなることで相手が助かると、
そう勝手に思い込んで行動していた」


拓也はそういうと、彩希を見る。


「本当は、考え始めると、そのことで埋め尽くされるくらい気にしているのにな」


拓也の言葉に、彩希は心の中を見抜かれた気がして、素直に頷いていた。

何をしても、どこにいても、どうしているのか考えなかった日などない。

知りたいのに、知ることが出来ないという時間は、気持ちを保つのも大変だった。


「もっと素直に……なっていいと思う」


拓也の視線に、彩希は目をそらせなくなった。

あの日、『岡山』から帰る新幹線の中で、引き寄せられたことを思い出す。


「もう一度言う。戻ってこい……」


拓也の腕が彩希の体を押すようになり、そのまま引き寄せられる。

彩希が目を閉じた瞬間、唇が重なっていた。



『戻ってこい』



拓也が、最初に口にしたときには、『KISE』にという言葉が乗っていたが、

2回目の今は、そう限定されていない。

彩希は、『自分のことを思う気持ちも全て……』だと、そう理解する。

一度離れたものの、再び互いに近づき、もう遠慮などしないからというキスに変わる。

吐息混じりの彩希の息が、白く見えた。

冷たい風が吹く川のそばにいるのに、速まる鼓動のおかげで、寒さを感じなくなる。


「広瀬さん」

「うん」

「それならもう……過去のことは気にしないでください」

「うん……」

「母も父も、おじいちゃんたちもそう言っています」

「わかっている」

「私も……『素直』にそう言ってます」


彩希は、嬉しそうに笑顔を見せた。

過去を思い出しても、それが未来に向けてつながるのなら、気にすることは何もない。

勘違いを乗り越えた二人は、自然と微笑み合う。

拓也は彩希とおでこを合わせるようにすると、

寒いから『何か食べに行こう』と声をかけた。



47F-③




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