47F 『KISE』発、未来行き ③

47F-③


寒さはさらに強くなるが、彩希の気持ちはとても温かかった。

拓也との遠慮がちな関係が終わり、新しい1歩を進み始める。

彩希は、拓也に会いに行ってくれたという冬馬のことを思い出し、

駅からの道を歩きながら、メールを送る。



『冬馬、ありがとう』



この一言だけで、きっとわかってくれるだろうと思いながら、

少し早足で歩くことにした。





「いらっしゃいませ、何かお探しですか」

「あぁ、あのね、これくらいの小さなケーキで……」

「はい」


拓也の言葉にも押され、彩希はまた『KISE』の食料品売り場で働くことになった。

待遇は派遣社員のままだが、益子部長の提案もあり、

週に1度だけ、『第3ライン』の会議にも出席している。


「こちらです、どうぞ」

「ありがとう……」


お客様を希望通りの場所に案内し、彩希は持ち場に戻る。


「バタちゃん、この後、納品だって」

「わかりました、行きますよ」

「あら、いいの?」

「いいですよ」


高橋はラッキーという顔をして、竹下を見る。

荷物が絡むと、高橋はすぐに人に振るのだからと思いながら、

竹下はとりあえず微笑み返した。


「ねぇ、これ本物なのでしょう」

「はい。奥嶋先生の本物の作品です」

「なんだか栄えるわよね。家にあったら素敵だわ」


高橋は、やはり年配のお客様は、

8階の催事に興味を持ってくれると思いながら、ちらしを見る。


「そうですね……」


彩希はそろそろ時間だと思い、竹下に声をかけると、

納品者が到着する地下の駐車場へ向かった。





「いやぁ……佐々木部長のひきつった顔、見たかったな」

「今頃、唇真っ青ですよ、きっと」


その頃、『第3ライン』でも、思いがけない出来事があり、

武とまつばが楽しそうに話しあっていた。奥嶋に8階の催事場での個展を提案し、

希望の一部分である、食料品とのコラボも実現した。

新しい『木瀬百貨店』を作れると上層部からも評価をもらい、

企画の提案者である『荒木寛太』に声がかかった。



『この企画の立案者ですが、それは広瀬拓也さんです』



寛太は益子と会議に出席し、奥嶋の奥様に対して、食料品売り場の店員が、

気持ちに添うような接客をしたこと、そこからさらに付き合いが深まり、

拓也自身を信頼し、企画を持ち込んでもらったことなど、隠さずに語り続けた。


『広瀬君は、どこに……』

『現在、橋岡店に』


『橋岡』に異動した理由は、どこにあるのかと社長から声がかかり、

益子は、『リリアーナ』に対しての出来事と、『キセテツ味の旅』での、

拓也の取り組みを話した。

長い歴史を持つ店だからこそ、

怖がらず新しいことにチャレンジする姿勢を持つ社員だと補足も加わり、

話はどんどんと佐々木の思惑からずれていった。


「うちのメンバー、広瀬さんを含めて社長賞をもらえるらしいけれど、
それからどうなのかは、まだ何も聞いていないよね」

「あぁ、そうだな」


武は持ちつ持たれつでこれでおしまいになるのではないかと、心配する。

まつばも空いたままの拓也のいた席を見た後、

『そうですよね』とつぶやいた。





奥嶋の個展が無事終了した2月の終わり、

朝から新聞を読み続けていた小川の耳に、どこかで聞いたことがある、

忘れた方がよかったような、足音が聞こえてきた。


「ん?」


前のデスクに座っているのは、女子社員が2名。

これから数名出社することはわかっているが、胸騒ぎはなかなかおさまらない。


「コホン」


気持ちを落ち着かせるために一度咳をして、前を見た。

すると人かげがわかり、扉が開く。


「うわぁ!」


怪獣でも襲来したような驚きで迎えられたのは、拓也だった。

拓也は声をかけてくれた社員に、『おはよう』と挨拶をする。


「広瀬……お前、どうしてここに」

「おはようございます。キセテツの暖房は効きすぎですよ。
汗ばんできますから」


小川の驚きなど無視したまま、拓也は以前座っていた場所に腰をおろした。

小川は、おそるおそる拓也の顔を見る。


「広瀬、お前は……」

「今日は用事でここに来ました」

「用事、用事というのは、終わったら終わりと言うことだよな」


小川の言葉に、拓也はにニヤリと笑う。


「そうですよ。何をひきつった顔をしてるのですか」


拓也は、『橋岡店』から頼まれたものを持ってきましたと、バッグを広げた。

すると、数分遅れで、芳樹が入ってくる。


「あ、広瀬さん、どうして座っているのですか。そこは僕の席でしょ」

「そう、そうだよな、大林。ここはお前の席だよな」


小川は、目の前の出来事を整理しようと、『ここは大林』と口にする。


「いいじゃないか、大林。今はお前の席でも、明日は俺の席かもしれない……」


拓也の言葉に、小川から『エ……』という声が漏れてくる。


「あ、ありました。はい、小川課長」

「うん」


拓也から受け取ったのは、売り上げ実績と、売り場変更のデータだった。

小川は、それを空いているクリアファイルに挟み、デスクの中に入れる。


「久しぶりに一緒の電車になって、コーヒーを買うところまで行ったのに、
勝手にいなくなって」

「人聞きの悪いことを言うな。並んでいる人が多かったから、お前に頼んだだけだろ」


拓也は並んでいる人間が少ない方が、スッキリすると笑う。


「でも、人に頼んだのだから、先に出ても普通は待ってますよね。
店から出たら、僕……あれって」

「トイレに一緒に行く、女子高生みたいに言うな」


拓也は芳樹からブレンドのカップを受け取ると、席に座ったまま一口飲む。


「あぁ……もう」

「なんだ、文句か?」

「いえ、この2ヶ月くらい、こんなことなかったなと、なんだか嬉しいです」

「そうか、それはよかった」


拓也はそういうとカップを持ったまま立ち上がる。


「それじゃ、行きます」

「おぉ……そうか、もう用事は終了か」

「他に寄るところがあるので行きます。まぁ、春になったら、こちらに戻るようなので、
もしかしたらまた、ご指導を受けることになるかもしれません」


拓也は言葉をわざとゆっくり押し出し、小川を見る。


「春? あ……そうか、そうなんだ」


小川は、引きつった笑いのまま、拓也を見送っていく。

その姿が部屋から消えたことを確認し、すぐに内線電話を回した。


「もしもし、木村か……いいか、よく聞け。
お前、絶対に食料品関係であいつを受け取れよ! あいつ?
そんなもの、広瀬に決まっているだろう」


小川と木村の会話を聞きながら、芳樹はカップをデスクに置き、

なんだかんだ言いながら、拓也は小川課長が好きなんだなとそう考えた。



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