47F 『KISE』発、未来行き ④

47F-④


「色々とありがとうございました」

「何を言っているんだ、賞を取ったのはお前の実力だ」

「いえ、メンバー全員で取ったものなのに、俺の異動がらみにしてしまって」

「みんなが望んでいるのだから、それでいいだろう」


拓也が向かったのは、益子のところだった。

小川に話したように、拓也は4月から『久山坂店』に戻ることが決定する。


「食料品第3ラインでと、押してはいるがね」

「まぁ、そこまでは」


拓也は、あまりこちらの言うことばかり通すのもと、軽く笑う。

益子は、デスクに置かれた企画案の紙を拓也に見せた。

拓也は表紙にまつばの名前を見た後、中を見るためにめくり始める。

まつばが提案したのは、売り場の一番端に、『キセテツ散歩』というコーナーをもうけ、

地元の店に、2週間ごと小さなショップを出してもらうという提案だった。


「散歩ですか、今度は」

「そうだ、『コートレット』のこともあるし、味の旅に出た店の中にも、
またお願いしたいと思うものも結構ある」

「はい」

「それに……」


益子は拓也に一歩近づく。


「彼女の実家、準備は進んでいるのだろう」


益子の視線に、拓也は『まぁ……』と言葉を濁す。


「なんだ、お前に聞けばわかるはずだと、横山が」

「いや、あの……」


益子が拓也に聞いたのは、彩希の実家、『福々』のことだった。

拓也は、彩希が来た時にでも聞いてあげてくださいと、全てを話そうとはしない。


「ほぉ……」

「部長」

「いやいや、ちょっとからかっただけだ」


益子はそういうと、拓也の肩を軽く叩く。

拓也は持っていたコーヒーに口をつけ、そのまま全て飲み干してしまった。



『福々』



拓也も、彩希の実家がどういうように動き始めたのか、もちろん知っていたし、

彩希からも逐一報告を受けていた。

彩希の頼みもあり、あれから新之助と晶は再会する。

晶は、自分の身勝手さと、今まで指導を素直に聞けなかったこと、

親子だからこそ、向き合わなければならなかったと、全て謝罪した。

新之助も、あらためて家族の絆を取り戻し、これからの『福々』を築いて欲しいと、

晶に店を託すことになる。

『雫庵』の協力。

さらに、仕事の中で跡取りがいないことで、

和菓子店をたたむ店があるという情報を、冬馬が持ってきてくれて、

中古であるけれど、菓子作りに必要な道具を、格安で揃えていけることになる。

新之助とカツノは、今の生活が楽しいこともあり、

このまま『あゆみの丘』で暮らすことになったが、

趣味程度に菓子作りを手伝うことになった。


拓也は『第3ライン』から食料品売り場に向かい、

お客様が楽しそうに買い物をする活気ある場所に目を向ける。

同じような制服を着ている女性たちの中で、すぐに彩希を見つけた。


「おはようございます」

「おはようございます」


声をかけてくれたのは、チーフだった。

拓也は何も言わないまま軽く頷き、しばらく彩希の姿を見続ける。



『戻ってこい……』



そう宣言してから、彩希は素直にここへ戻ってきた。

奥嶋の個展から話は順調に進み、

『橋岡店』から、自分がおそらく戻ってこられるだろうと言うこともわかっていたが、

もしダメだった場合、ガッカリさせてはかわいそうだと思い、

正式に言われるまで彩希には黙っていた。

今日はその報告も、しておこうと考える。


「すみません、チーフ。少しだけ江畑に話をしたいのですが」

「はい……」


チーフは売り場に出ると、彩希のそばに向かった。

彩希はすぐに拓也を見て、嬉しそうに笑う。

チーフに頭を下げると、小走りでやってきた。


「悪いな、仕事中」

「いえ……今日はこっちですか」

「今日は渡すものだけ渡した。でも、春からはまた毎日だ」

「エ……」


彩希は、それなら戻れるのかと拓也に尋ねた。

拓也は『そうだ』と頷き返す。


「よかった……」


彩希はまだ『第3ライン』なのかと聞き返すが、拓也はそこまではわからないと言う。


「でも、よかった」

「うん……」


拓也は、店の準備について、さらに彩希に尋ねた。


「今、益子部長からも言われたよ。どうなっているのかと」


拓也は、後で報告しておけばいいと、彩希に話す。


「はい」

「うん……」

「場所は、色々と考えて今の場所で。お父さんとおじいちゃんで、
あらためて何を売るのか、考えているみたいですけれど、
そんなに品数は増やさずに、基本を大事にと……」

「そうか……それならあの『どら焼き』も」

「どら焼き? あぁ……おじいちゃんの」


拓也が8年前に薦められたが、食べられなかった味。


「そっか、おじいちゃんに言います。広瀬さんが作ってくれって言っているよって」

「うん……」


拓也はそういうと、彩希の頭の向こうから、

高橋や竹下が興味深そうに見ているのがわかる。

このまま話し続けていると、あれこれ詮索されそうだと考えた。

彩希は、拓也の話が終わったのだろうと思い、『それじゃ』と戻ろうとする。


「彩希!」


彩希はすぐに振り返ったが、拓也は『江畑……』と言い直す。


「ごめん……つい。後から連絡する。今日は何時まで?」

「……えっと」


彩希は壁にかかっている『からくり時計』を見る。


「4時……かな」

「しばらく待てるか、駅の下で」


拓也の言う『駅の下』とは『コーヒーショップ』になる。


「もちろん」


彩希は『おいしいものを食べに行こうね』と、小さな声で答えると、

そのまま売り場へと戻っていく。

拓也は、いきいきと働く彩希の後ろ姿を見送り、食料品売り場を離れた。


「ねぇ、バタちゃん」

「はい」

「今、アキって言ったでしょう、あの広瀬さん?」


高橋は、今絶対にそう言ったよねと、彩希を見た。

彩希は『職場では名字で……』と決めていたのに、

ふと拓也から名前が出てしまったことに、少し照れくささもありながら、

名前で呼ぶことが当たり前の時間が、二人に築かれてきているのだと、

その数倍、嬉しくなってくる。


「あぁ……はい。お気に入りのお菓子の話をされたので。
季節はどうだって言われて、『アキ』って……」

「エ……何? アキって『秋』、季節の秋のことなの?」

「はい、そうです」

「エ……うそ……いやいや」


彩希は『それ以外の何がありますか』という顔で高橋を見る。


「そうなの? 秋なの? エ……だってアキって」


彩希は高橋の疑問を冷静に封じ込め、『今日も頑張りましょうね』と声をかける。


「すみません、店員さん」

「はい」


お客様の声が聞こえ、彩希は『いらっしゃいませ』とすぐに笑顔で振り返った。




【さあ、お気に入りを買いに行こう  終】





コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント

毎日、楽しみに通っています
ありがとう

ありがとう

てまりさん、こんにちは

>毎日、楽しみに通っています
 ありがとう

こちらこそ、読んでいただいて、こうしてコメントをいただくと、
とっても嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。