1 追憶の空 【1-1】

1 追憶の空

【1-1】


私の人生は、それほど珍しいものではなかったと思う。

確かに小学生になる頃、両親は離婚し、私は母に引き取られたし、

そのおかげで、冗談でも楽だとは言えない生活を強いられることにもなった。

でも、毎日辛いと思ったことはなく、積み重ねてさえいけば細い道でも、

先へ先へと続くものが見えてくると、そう信じて疑わなかった。








「あ……意外と寒いなぁ」


高校2年の秋、10月。

私は窓を開け、外の気温を肌で確認した後、リモコンでテレビを消した。

それから家に鍵をかけ、横に止めてある自転車に乗る。

少しこぎ出すと砂利道から脱出し、車が通れる広めの道路に出た。

自転車の前カゴ……少し曲がっている気がする。

そうだ、この間、駐輪場に置いていたときに強い風で倒された。

私は右手で直しながら、『ふくたろう』に向かう。



『ふくたろう』



ここは、近所にある『お好み焼き』の店。

お店は安めの日本酒や焼酎を出しながら、お好み焼きを酒のつまみにして、

近所の職人や、会社帰りのサラリーマンを相手に営業している。

店自体は夜の11時まで営業をするが、店長の決めごとで、

パートの主婦は10時までで帰るように、そう言われていた。

店から家まで歩いたとしても、15分程度だけれど、

一度、近所で『ひったくり』の被害が出たため、

少しのんびりしている性格の母を心配した私が、お迎え役をかって出ることにした。


「はぁ……」


自転車をお店の脇に止め、小さな小窓から中をのぞく。

満席とは言わないけれど、平日にしては混んでいるような……


「おい、風音(かざね)」


声の方向へ顔を向けると、

そこに来たのは真四角のリュックを背負った、同じクラスの『古川蒼(そう)』だった。


「あ……塾帰り?」

「まぁな」

「そっか、今日もおばさんと帰るわけか、優しいんだね、蒼」


私は蒼の周りをゆっくりと歩きながら、わざと気にしそうな台詞を言ってみる。


「うるせぇな、ここで会うたびにいちいち言うな」

「いちいちって何よ、そんなに言ってません」


蒼のお母さんも、母と同じこの店で働いているため、

塾帰りによくここへ来ては、あいつは携帯をいじっている。


「ねぇ、蒼。バスケ部、出し物、喫茶店なんだって?」

「あぁ……うん。女子が急に盛り上がってさ。1年もわいわいやってたわ」

「ふーん」


蒼はバスケ部。1年生の頃から試合にもよく出ていて、女の子からも人気がある。

普通、部活動を一生懸命にやると、勉強にはどうしても時間が取れないものなのに、

きっと神様に愛された男なのだろう、いつ寝ているのかわからないくらい忙しいのに、

成績も常にトップクラスだった。

蒼は、店の横に置かれているプラスチックのビールケースを逆さにして腰掛ける。

私は自分の自転車に乗り、ただペダルを漕ぎ続けた。


「ねぇ、蒼。バスケ楽しい?」


私自身、運動音痴とは言わないが、特に運動が好きだと言うわけでもないので、

部活とは名ばかりの『世間話同好会』、別名『クッキング部』に所属している。


「楽しくなければやらないだろう。相手とのボールを挟んだ駆け引きとか、
そう、フェイントでガードを外してのシュートとか、すげぇ……おい、風音、
お前、そんなことして、外れたら倒れるぞ」

「外れませんよ、ロックした」


最初はゆっくり、そして少し速くこぐ。

あまり頑張るとバランスが悪くなるので、ペダルから足を外して、

空回しさせていくと、だんだん速度が落ちてくる。


「駆け引きねぇ……。走ってばっかりで疲れちゃうのに」


私はそうつぶやくと、またペダルを思い切りこぎ始める。

その速度について行けなくなるまで、限界に挑戦。


「おぉ……」


思わず、足が取られそうになるものの、ギリギリでペダルを離す。

くだらないのはわかっているけれど、少しだけ爽快感。


「ガキだな、やっていることが」

「ひまつぶし、ひまつぶし」


こんなたわいもない会話を10分ほど続けていると、店から母が姿を見せた。


「お母さん」

「風音……」


そんなやりとりは、斜め前でも同じようにあって。


「それじゃ」

「おやすみなさい」


お互いの親同士が挨拶をし、その日が終わる。

私は自転車を押しながら、パート帰りの母と家までの道を進んだ。

ガードレールはなく、車がすれ違うのにギリギリくらいの道。


「蒼君、塾の帰りでしょう。風音も行かなくていいの?」

「今のところいいよ。蒼は頭がいいからさ、目指すところも高いだろうし」


高校2年の秋かぁ……。そろそろ大学受験にも関わる時期だけれど、

正直、どうするべきなのかは迷っている。

うちは『母子家庭』。お金に関しては、奨学金を借りるなど方法もあるので、

気にしなくていいと母には言われているけれど、どうしてもという思いまで、

自分が到達している気もしない私は、『それなり』に目指せればいいのではと、

あまり切羽詰まった気持ちは、存在しなかった。


「ねぇ、それよりさ……」


学園祭の話をしようとした時、母の携帯が揺れた。

母は相手を見たからなのか、受話器をあけることなくまたバッグにしまう。


「いいの? 電話」

「うん……出ない」


私は、そんな母の行動が気になりながらも、自分の話しをしたい方が優先で、

特に誰からなのか、なぜかかるのかも聞かずに、自転車を押し続けた。


【1-2】



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