1 追憶の空 【1-3】

【1-3】


「あぁ……。あまり見かけたことがない人だったから、声をかけようかと思ったけどね、
うちのが店を出て行ったら、入れ違いでいなくなって」

「ふーん……」


私は首を傾げてみたが、思い当たるような人はいない。


「セールスとかじゃないかな。結構しつこい人いるし」

「セールス?」

「うん……それじゃ」


誰が尋ねてきたのか、誰に用だったのか、

あまり深く考えないまま、そのまま家に入った。

それでも、母と私という女だけの家なので、何かあってはと思い、戸締まりを確認する。


「よし」


私はテレビをつけると、とりあえず携帯を出す。

みずなに見せて欲しいノートの場所があったことを思いだし、

その内容を素早くメールに打ち込んだ。





『学園祭』の前は、授業もどこか浮かれがち。

先生達もそれを知っているので、頭を悩ませるような宿題は出してこない。


「あぁ、もう、わからない」


そう思った私が甘かった。


『数学』のメガネ。

あいつにはそういう、学生が盛り上がる雰囲気というものが伝わらないらしい。

流行の髪型をしていて、年齢はまだ20代だったはず。

学生時代が他の教員より近いのだから、学生が浮かれてしまう気持ちも、

理解したらいいのに。

『学園祭』はあさって。それなのにこれだけの宿題を出すというのは、

悪趣味以外の何物でもなくて。

テレビを見ながらみずなに連絡をし、わからないところを聞き出そうとしたが、

『今回は私も、頭がグルグル』と言われ、無理だと判断する。

時計を見ると、少し早くはあるが、待つくらいの方がいいだろうと思い、

私は自転車の前カゴに、ファイルに入れた宿題を乗せて、

今日も自転車をこぎ出すと、母を迎えるために『ふくたろう』を目指す。

それと同時に、蒼が来たら……


『この前はポスターありがとう、助かった』


そんな言葉を、もう少し素直に伝えて……


ついでに、この難問も処理して欲しいとお願いすることに決めた。





「で、ここを解くだろ。そこまではわかるか」

「うん……わかる」


いつもと同じくらいの時間に、蒼が来てくれた。

店から漏れてくる明かりを使いながら、私はファイルの上にプリントを乗せて、

蒼に解き方を教えてもらう。


「あ……で、ここから」


ビールケースを並べて座っているから距離が近いのは当然なのだけれど、

蒼の説明に力が入ってきているからなのか、また少し距離が近づく。


「ここを……」


蒼の指。

こんなに間近で見たことなどなかったな。

私とは、太さも違うし、いや、強さのようなものが違っていて……


「風音」

「ん?」

「聞いてたか、お前」

「あ……うん、いや、あの」


聞いていたつもりだったけれど、聞けていなかった。


「ごめん、もう一度、ねぇ」


私は左手の人差し指を立てて、お願いしますと頭を下げる。

集中して蒼の話を聞いて、それから自分で式を書いていく。

数字、間違えないように、きちんと解かないと。


「……出来た、ねぇ、これで合っている?」

「うん」

「よかった」


ほっとした。楽しい学園祭を前に、メガネにガミガミ言われたくはない。

蒼の右手が、私の頭の上に乗り、ポンポンと軽く叩かれる。


「よく出来た」


なんだか、子供をあやしているみたい。


「何よそれ、なんだか少しバカにされている気がする」

「バカになんてしてないよ」



蒼の……『世界一の笑顔』。

今、私だけがこの場所で見ている。



学校では、素敵な先輩であり、かっこいいヒーローのような蒼だけど、

この時間に声を掛け合うときには、どこか隙があって、突っ込めるような間がある。


「まぁ、色々とありがとう。勉強も、この前のポスターも」


そう、私は絵史のように、堂々と態度には出せないけれど、

蒼の気持ちなんて、知るよしもないけれど、

本当は、クラスメートなんてものではない、少し憧れと、そして愛しさを持って、

この人を見ている時があって。

母を迎えに行くのが寒い夜だとしても、面倒でも辛くもないのは、

蒼と会って、話すことが出来るからで……

心臓がドキドキ音を立てている気がして、大きく息を吸い込むと、

母とおばさんが揃って姿を見せた。



母と歩く、いつもの道。



「蒼君に」

「うん……難問が難問ではなくなった。残り1問も、家で解ける自信も出来たし」

「そう、よかったわね、頭のいいお友達を持って」


母は、肩にかけたバッグの位置が気に入らなかったのか、一度かけ直す。


「いいよね、どうしてだろう、どうして頭がいいのかな。
時間もそれほどないはずなのに」

「集中力があるのよ、きっと」

「集中力、確かにそうかも……」


前カゴで揺れているプリント。『数学』のメガネは嫌いだけれど、

こんな時間を持たせてもらえたのは、ラッキーだった。


【1-4】



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