1 追憶の空 【1-4】

【1-4】


そして、『学園祭』の前日。

私は、いつものように母を迎えにいく。遠くからでもわかる、あのリュック。

今日は、蒼の方が早かった。


「こんばんは」

「おぉ」


蒼は小さな倉庫の前に立ち、こっちを見た。

私は、自転車をいつもの場所に止める。


「ねぇ、塾って毎日あるの?」


蒼が塾に行き始めたのは、たぶん、夏休み明けくらいから。

私が母を迎えに来るようになったのが、この10月くらいからだけれど、

4日連続で、会うこともあるから。


「ない日も、なるべく自習室に行くようにしているから」

「自習室」

「うん……。家だと、気が散るし」

「ふーん」


これがトップとボーダーの差。


「ねぇ、明日さ」

「風音」

「何?」

「明日、ラストの『夢コメ』、一緒に書こう」



蒼の目と言葉に、心臓が、一気に鼓動を速くする。



「同じ紙に書いてくれ」



うちの高校では『学園祭』の終わりに、その年のメイン学年、

つまり2年生が、『夢のコメント』を残すのが伝統だった。

将来どんなふうになりたいとか、逆にこんな思い出を残しましたと、

日々への感謝を綴る人もいる。

いつからだろうか、特別な感情を持つ人同士が、同じ紙を選んで書いていくという、

そんなエピソードが加わるようになって。

掘り起こされるのが、10年後……


「ずっと言おうと思っていた。来年の俺たちは特別参加者だ。今年がメインだろ。
だから、コメントをお前と残したい」


顔だけは冷静にしているつもりなのに、声を発したら裏返りそうで。


「俺、風音のことが好きだから」


恋の嵐は、突然に吹いてくるのだと、天気予報では誰も教えてくれなかった。

少女漫画は昔から好きなので、告白シーンなんかは照れながらも何度も読んだ。

でも、そんな主人公達と同じような表情も、台詞も、私は出せそうもない。


「……ダメかな」


蒼の自信なさそうな顔。

こんな顔、見たことがない。

いつも笑っていて、いつもみんなの中心にいて……

世の中の端っこに生きている私なんて、蒼の視線の片隅にも入っていないと、

思っていたのに。


「これ」

「ん?」


私はポケットから、ウサギの刺繍がついた、水色のタオルハンカチを出した。

どうしてそんなことをしたのか、わからないままに、その手を蒼に向かわせる。

蒼は左手でハンカチを受け取って。


「明日、それでおもしろいことしてよ」

「……は?」

「このハンカチで、私がクスッと笑えるようなこと」


何を言っているんだろう私……


「明日は『学園祭』だもの、そんなユーモアセンスがないと……」



蒼……ありがとう……

こんな片隅の私に、気づいてくれて……



「そういうおもしろさがないと、一緒に『夢コメ』を書く相手としては、
ふさわしくない」


一瞬、こわばった蒼の表情が、そこからゆっくりと解けていく。


「面倒なこと言うな」

「全然面倒じゃありません。クスッと笑えたらいいのだから。
合格ラインは低い、低い」


そう、ようするに答えはイエスだ。

ハンカチなんてどうだっていい。

明日、一緒に私たちは最高の思い出を残しましょうと、そんな約束を交わした。


「素直じゃないよな、お前」

「そんなことはないです」


照れ隠しもあり、『まだ終わらないのかな』と言いながら、お店の中を窓からのぞく。

母の姿は見えない。


「風音、何か言うことないのかよ、返事とか」



『好き』



この返事。

『私も大好き』と、言いたくなるのに……


「明日、おもしろかったらね」


蒼、今日はごめん。あまりにも照れくさくて言えない。

『大好き』なんて……言えない。


「あれ? お母さんいない」


私はそういって、お店の扉を開けた。

蒼のお母さんと目があって、母は30分前に早退したと教えてもらう。


「早退ですか」

「うん……もしかしたら、風音ちゃんとすれ違ったのかしら」

「わかりました」


私は扉を閉めると、蒼を見る。


「なんかすれ違ったみたい」

「うん……」


自転車の留め金を外し、ペダルに足を乗せる。


「明日ね……蒼」

「うん」




私はその日、きっと、人生で一番明るい笑顔のまま、蒼を見ていたと思う。

『愛』なんて言葉の意味が、『恋』と大して変わらないと思っていた頃。

蒼の優しい笑顔、私にとって『世界一の笑顔』は、

明日も、あさっても、まだまだ見ていられるのだと、疑わなかった時間。




私たちはここから、どこに向かって続くのかわからない道を、

互いに進むことになるとは、全く考えずに……


【1-5】



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No title

ナイショコメントさん、こんにちは

>あぁ、もう、キュンキュンします

あはは……キュンキュンですか。
私も書きながら、ヘラヘラしていたかも(笑)
ぜひぜひ、楽しんでください。