2 別れの朝 【2-2】

【2-2】


「転校って、だって」



私は悪くない。私は何も悪くない。



「お母さんもね、先生方の話を聞いて、その方がいいと思ったの。
風音が悪いとは思っていないよ。でも、これからみんな受験に向かうでしょうし。
おばあちゃんたちも、埼玉に来ることを賛成してくれて」

「もう聞いたの?」


私が入院している間に、母は田舎に帰ると言う選択肢を選び、勝手に勧めていた。


「嫌だよ、そんなの」

「風音、変な苦労はしない方がいいわよ。やり直そう、知らないところで」


母は昔からこうだった。

私には相談もせずに、大事なことを決めてしまう。


「嫌だ」

「どうして」

「どうしてって」


離れたくない理由は、ある。


「大学受験なら、地方からだって出来るわよ。いや、おばあちゃんの家は埼玉だもの、
それほど田舎でもないし、十分」


受験とか、そんな遠い話はどうでもいい。

私にとって、今、この場所を離れがたい理由は。



蒼……



蒼がいるから。





母が帰った後、消灯時間になった病室の中で、

私は声をあげないようにしながら、ただひたすら泣き続ける。

こんな理不尽な出来事を、どうして私一人が受け止めないとならないのか。

悔しさと、空しさと、表現しきれない真っ黒な感情が、そこにあるはずなのに、

流れていく涙は、どこまでいっても、透明だった。





噂というのは恐ろしいもので、私の戦いたいという気持ちを無視したまま、

どんどん身勝手に膨らんでいった。

橋爪クリーニング店に来るお客様から、話題に出されるたびに、

みなさん総出で、新聞記事を見せ、真相をアピールしてくれた。

その場では、そうなのかと納得してくれたように思えても、

指示を受けていくのは、刺激的な内容の方ばかりで……

それでも、私は気持ちの不安定さを克服して、

なんとしても、学校に復帰するつもりになっていたのだが。

病院を退院し、戻った家の中に入ったとき、足が震えてしまう。


「お茶でも入れようか」

「うん……」


あの玄関、あの下駄箱、あの床……

そう思うだけで、手に嫌な汗をかいていく。


「風音」

「大丈夫、荷物置くから」


私は何も責められることはしていないし、後ろ指をさされることもない。

しかし、結局、のしかかるのは全て、私の心になっていて。

同じ夜なのに、病室にいるのとは全く違う。

おやすみと言っても、目を閉じることが怖くて、

部屋の電気を全てつけていないと、トイレに立つことも難しくて……





「これが、書類です」

「はい」


結局、私は先生たちの意見と、母の意見を受け入れ、転校することになった。

県立の学校だということもあり、埼玉の高校側に色々と事情が話され、

簡単な試験を受けるだけで、途中入学が認められた。

その書類を受け取ったのも、学校側の妙な配慮があり、

学生があまりいない土曜日になる。


「ごめんね、みずな」

「何言っているの、風音が謝るようなことじゃないよ」


私の転校が決まり、すぐに駆けつけてくれたのはみずなだった。

こたつに入りながら、ただ湯飲みを両手で握る。


「確かに風音と離れるのは寂しいし、とても残念だけれど、
今の状況を考えると、それでいいと思う」


みずなは、絵史が中心になって、あのデマを流していたのだと、そう報告してくれる。

『新井絵史』か。

蒼と話していると、露骨に嫌な顔をしてきたな。


「最初はさ、すごく刺激的だったから、みんな悪いなと思いつつ、
ちょっと興味心をくすぐられて、あれこれコソコソ話していた人もいたけれど、
今は、そういう人たちも少しずつ減っている」

「うん」

「でも……風音が学校に戻ってきたらきっと、また……」


また根も葉もないことがささやかれるようになるだろう。

みずなは言葉を濁したが、そういう意味だと思う。


「携帯って楽だし便利だけれど、嫌なところもたくさんあるね」

「そうだね、本当に」


相手と自分だけの、誰にも邪魔されない通信機器。

そんなものが発達していなければ、もっとみんな新聞をしっかり読んで、

情報を的確に得ただろうし、興味を持たない人には、

話題としてあがることもなかっただろう。

手軽さ、気楽さ、単体で語れるという壁の低さが、

こういった2次被害を生んでしまう。

私は湯飲みに口をつけているみずなを見る。

『蒼はどんな感じだったのか』と、聞きたくなる気持ちは山々だけれど、

会わない方が、もう、いいのかもしれない。


「私ね、本当はお見舞いに行ったんだよ、病院にすぐ」

「うん」

「すぐって言っても、やっぱり3日くらいは足が動かなかったけれど」

「うん……」


素直で正直な、みずなの台詞。


「そうしたら……」


そうしたら……


「病院の前で、蒼に会った」

「エ……」

「蒼が、来ていた」


蒼が病院に……


「うん」

「そうなんだ」

「じっと病室の方を見ているから、蒼も一緒に行こうよって、私言ったの」

「うん」


心臓が早く動き始める。

それから何があったのかと、みずなの言葉をせかすように。


「そうしたら、首を振って」


みずなは、その日の蒼を思い出しているのか、ゆっくり首を振った。


【2-3】



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