2 別れの朝 【2-5】

【2-5】


「乾杯」

「うん」


大学受験を終えたみずなと、その日の夜は一緒に食事をした。

『受験生』という肩書きから解放されたという思いで、

勢いに任せて、未経験のお酒に手を伸ばしたくなるところだけれど、

それは当たり前で辞めておく。


「大学もさ、お互いそれほど遠くないし、これからもこんなふうに会えるよね、風音」

「もちろんです」


私は、離れても変わらないみずなとの絆を実感する。


「ちょっとね、私、焼きもちもあったんだよ」

「焼きもち? 誰によ」

「誰って……。だってさ、埼玉の高校生活で、楽しそうなことばかり言ってくるし、
友達との写真とか、送ってくれたり」

「エ……そうなの? 私はさ、こうして頑張っているよと言わないと、
みずながイジイジするだろうなと」

「イジイジって何よ!」

「あはは……ごめん」


みずなとは、本当に気をつかわなくて済むから、時間があっという間に過ぎていく。

食事も美味しいし、景色もいいし。

このまま東京に残りたいくらいだ。


「あ、そう、今日、蒼のことを聞いた」

「あ……うん。どこでと聞くところだけれど、まぁ、町中で有名だしね」

「やっぱり有名なんだ」

「うん……。私もさ、蒼が転校したこと、風音に知らせようかなと思ったこともあるの。
でも……受験とか色々、終わってからの方がいいかなと」


みずなは、言葉を出しながら、コーヒーにミルクを入れる。


「何? 蒼に何かあったの?」

「何かというか。みんなの噂ではね、おばさんが大きな会社の重役にアタックされて、
蒼も夢をつかんだみたいになっているけれど、実際、当時の蒼は、ちょっと色々あって」

「色々? あの蒼に?」

「うん……風音が転校して少ししてから、蒼、バスケ部辞めちゃって」


私の転校の後、いや、確か蒼はあのとき、選抜の合宿だと聞いていた。

それなのに、それから辞めるだなんて。

『ふくたろう』で聞いた時も、バスケが好きだと、そう言っていたのに。


「まぁ、どう頑張ったって3年の夏には引退だから、
少し早く勉強のために辞めたのかなと思ったけれど、成績も、あの蒼がだよ。
3年の最初には、真ん中くらいまで下がっていたし……」

「ウソ」

「ウソじゃないよ。先生にも何度も呼ばれて、色々と言われて」


成績が真ん中って、とても信じられなかった。

どんなに忙しくても、きちんと成績を取って、

後輩からも素敵な先輩と思われるのが、蒼だと思っていた。


「何か、あったのかな」

「うーん……男の子だからね、今考えると母親の再婚とか、複雑だったのかも」


みずなは、難しい年頃なのよと、自分の台詞に納得しているのか頷いている。

私はストローを回しながら、想像できない蒼の姿を、必死に考えてみた。

何事にもチャレンジ精神で、参ったなんて言わないのがあいつだったし、

大変なところも、そう見えないくらいにこなしているのが、蒼だったから。


「成長していく中で、人は色々と学ぶのよ」

「……何それ、精神論?」


私は『参りました』と両手をテーブルに置く。

みずなは、妙なことをしないでよと、笑ってその手をはたいてきた。





帰りの電車、空いていた席に座り、心地よい揺れに身を任せながら、

蒼のことをまた考えていた。

引っ越す前に書いた手紙。

あの時の思いを、素直に書いただけだったけれど、

一応、引っ越し先である祖父母の家の住所も、残しておいた。

もしかしたら、手紙くらいくれるかなと、勝手に考えていたが、

そんな手紙は、届くことがなくて……


『色々……』か。

もしかしたら、変わっていく自分の環境に戸惑っていて、

蒼自身も精一杯だったのかなと、窓の景色を見ながら考える。

ずれてしまった時間と道筋は、修正に向かうことなく、

さらに大きくそれてしまうのだろうかと、そんなことを考えた。





『城相大学』

私は3月の終わり、世話になった祖父母の家を出て東京に戻ってきた。

入居を決めたアパートは、今流行の建築デザインらしく、

意外に倍率が高かったが、不動産屋の人の運があるのかないのか、

ちょうどうまい具合に収まってくれる。


「私、最初ダメって言われて、落ち込んだの」

「うん……」

「でも、キャンセルが出て、こうしてここへ」


共同スペースとも言える中庭には、ベンチと自動販売機が用意されている。

引っ越しが一緒だった『開田藍子(あいこ)』とは、

この場で大学も一緒だと言うことがわかった。

少し話しただけで、互いにきっと気が合うだろうなと感じて。

本当なら親元から離れて、少し寂しい気分もあるだろうし、

一人暮らしをすることで、消えていたあの事件のトラウマが、

よみがえるのかを心配していたが、そんなことは全くなく、

毎日入学式を終えても、どこか高校生の延長戦みたいな時間を送っていた。



「美味しいね、学食」

「確かに……。これだけ安くてバランスがいいのは得だよね」


二人とも『貧乏は楽しい』というモットーを持ち、生活することに決めたため、

よく夕飯を一緒に作り、食べていた。

藍子は出身が福島で、これだけ便利なのは驚きだと何を見ても、どこを見ても、

同じことを言う。


「今時、福島だって色々とあるでしょう」

「あるよ、あるけれど、ここまでないもの」


コンビニにコインランドリー。

東京は右を見れば、色々と見つかるし、

さらに左を見れば、もっと違うことを考えられるくらい選択肢があると、両手を広げる。


「風音は、埼玉でしょう」

「うん……」

「まぁ、埼玉はそれほど変わらないか」


藍子はそういうと、美味しいよねとさらに念押しする。


「ねぇ、藍子。少し早く食べないと。午後の講義、うるさい教授だよ」

「あ、そうだ、そうだった」


楽しいランチを済ませ、教室を探していく。

最初の1ヶ月くらいは、様子見程度の授業だったが、

ゴールデンウイークが終わる頃には、さすがに色々なものが揃い周りも見え始めた。


「あ、ここだ」

「うん……」

入っていこうとした時、少し前で笑う女性の声に、思わず目が動く。


「やだ、そんなこと言って」


大人びたメイクをしていたけれど、私はすぐにそれが絵史だとわかった。



【ももんたの小ネタ交差点 2】

お話に出てくる『橋爪クリーニング』のような個人経営店、
昔に比べたらずいぶん減りました。うちの息子は、学生時代の学ランを、
ずっと同じ『クリーニング店』に出していて、お店のおじさんやおばさんと、
成長ぶりを話したりしていました。チェーン店も便利だし安くていいのですが、
『ボタンの傷』や、『裾のほつれ』の思い出話は、なかなか出来ませんね。



【3-1】



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コメント

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ここで続きって!

こんばんは

読み始めたら止まらなくなって、追いつきました。
絵史の登場、波乱の予感!
毎日更新ってステキ❤
続き待ってます〜!

ありがとう

なでしこちゃん、こんばんは

>絵史の登場、波乱の予感!

感じてもらえたら嬉しいです。
毎日更新は、短く切っているから出来るのよ。
こまごま、ほそぼそ……
また、遊びに来てね。