3 再会の音 【3-4】

【3-4】


『古川蒼』


あの頃と同じように、その場所に来るだけで、あっという間に空気を変える。

ただそこに立つだけで、いるというだけで意味を持つ人。


高校生の頃、あまりに蒼が眩しいから、正面から語ることが怖くて、

『ふくたろう』の前の暗い場所で、私の照れて赤くなる顔など、

絶対に見えない場所で、会うことを楽しみにしていた。


心の奥にしまい込んでいた思い出が、呼吸と一緒に、外へ向かおうとする。


蒼が来たことに気付いた当時の仲間が、あっという間に輪を作った。

蒼も、3年の途中で転校したのだから、今どうなっているのか聞く人も多いだろう。



今日もきっと、私は輪の中に入らずに、ただ、見ているだけで……



「それではみなさん、そろそろ乾杯に……」



それでもただ、同じ場所にいることが出来たら、

ここへ来た意味が、十分にあるから……



『乾杯』の声にグラスをあげ、色々な思いも全て飲み込んだ。





会が始まる頃は、どこか戸惑い気味だった仲間たちも、

時間が経っていくと、それぞれの間合いも思い出せたのか、笑いの輪が広がり、

それと一緒に、空気も熱を持ち始める。

一緒にいたみずなは、私がなじめたことにほっとしたのか、

別の友人と話をしている。私は、熱気に押されて、一度外に出た。


「ふぅ……」


冷たい空気が、心地よい。

その時、ふっと手を捕まれる。


「こっち……」

「エ……」


私の腕をつかんだのは、蒼だった。

そのまま体育館の横を抜け、校舎の裏にある花壇の前まで歩く。

どこで歩くのを辞めるのだろう。立ち止まったら、何か言わないと。

『久しぶりだね』とか、そんな言葉でいいだろうか。


「手紙、返事も出さずに悪かった」


先に言葉を出してくれたのは蒼だった。


「そんなこといいよ、引っ越す前に会えなかったから、
読んでもらおうと思っただけだし」


あの時、引っ越しまで時間がなかったから、合宿中の蒼には会えなくて。

それでも残したかった感謝の気持ち。


そう『感謝』の気持ち。


「あの日……あの事件の日、俺、お前の後を追ったんだ。
『ふくたろう』で話した時には思い出さなかったのに、帰り道、
前の日に教えた問題の答え、間違ったとわかったところがあって」


数学の宿題。

結局、出すことはなかったけれど。


「そうだったの」

「でも、家の前に行ったら、すでに大騒ぎになっていて。警察もいたし、
野次馬も多くて、近づくことが出来なかった」


意識が朦朧としていた私には、わからない時間。


「もっと早く気付いていたらとか、店の前に長い間いたらとか……俺」

「蒼……」


『たられば』は、確かに思うかもしれない。でも……


「そんなこと、蒼が考えることはないよ、手紙にも書いたよね。
色々言う人はいたけれど、事実は記事になったことが全て。
殴られて、鼻の骨折ってしまったけれど、ほら、こうして私、乗り越えているから」


それはウソでは無く、本当のこと。

今でも暗闇が怖いと思うことはあるが、仲間達に支えられて越えようとしている。


「風音……」

「見た目、おかしくないでしょう」


私は自分の鼻に触れながら、蒼に向けて、今できる一番落ち着いた表情を見せる。

蒼が責任なんて、何一つ、1ミリも感じる必要はない。

むしろ、あなたの存在に、私はどれほど励まされてきたか。


「蒼にね、『ありがとう』ってことだけ、どうしても言いたかった。
うん、やっぱり来て良かった。会えてよかった」



会いたかった……



そうは言えないけれど。



「私、蒼がくれた思い出に、ずっと励まされてきたから。
本当にそう思っているから」


私の知っているあなたは、いつも『世界一の笑顔』だった。

何も取り柄がない私のことを、『好きだ』と言ってくれたこと。


「蒼も、転校したんだってね」


私の問いかけに、蒼は小さく頷く。


「大学も向こうなの?」

「あぁ……『壮明』にいる」


『壮明大学』関西の名門。


「そっか、さすが蒼だね」


もっと話したいことがあった気がするし、聞いてみたいこともあったのに、

会えたこと、言葉を交わせたことで胸がいっぱいになってしまって、

次の台詞が出て行かない。

背の高さは高校時代とそれほど変わっていないと思うし、

声も仕草も、変わらないはずなのに、それでも間違いなく少し大人になった蒼を前にして、

私はただ呼吸を繰り返す。


「今日は俺、これで……」

「エ……もう?」

「うん……新幹線の時間があるから」

「そっか……」


蒼は東京ではない場所にいる。

今、聞いたばかりなのに。


「蒼……」


何を聞くのかも決めていないのに、声をかけてしまった。

数歩進んだ蒼が、振り返ってくれる。


「また……会えるよね」


その答えを聞く前に、蒼を探していた仲間に気付かれてしまい、

一人占めだった姿は、輪の中に消えてしまう。

蒼は、終わりまで残らず、このまま新幹線の時間があるから帰ると話したらしく、

すると、最後に撮るはずだった集合写真を、今、撮ろうという声かけが広まっていく。


無理にそうしてくれと頼むわけではないのに、

蒼が来ただけで……

みんながその場所に向かおうと、一気に動き出す。



やっぱりアイツは……

今でも、眩しいヒーローだった。


【3-5】



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