4 動揺の波 【4-4】

【4-4】


『見積もり』を午前中に約束していたお客様がいるのに、

担当者が予定を間違えたのか、時間には間に合わないという。


「誰か他に行けないのか」

「今日は予約が多いんです。結構、出払ってしまって」


どうしようかという視線が、定まる場所を探し始める。


「行きますよ、私」

「いや、でも、石本さんは今日、雑誌の広告チェックがあるだろう」


副社長を務める河石さんが、立ち上がって止めようとする。


「ありますけれど、それなら中村さんにお願いできますし。
今から他の営業所に事情を話して頼むのなら、私が動く方が、絶対に早いです」


前職が広告代理店の大手、『電旺』から来た中村さん。

もしかしたら、私より見る目が厳しくていいかもしれない。

現場から上がってきた私だからこそ、ここは。


「悪いな、なんだかんだと」

「いえいえ、そういうためにきっと、社長は現場を知っている私を、
就職させてくれたのだと思いますから」


2階のロッカールームに入り、

バイトで何度も着た『キタック』のユニフォームに袖を通す。


「よし……」


中途採用メンバーと自分を比べて見ると、学歴も経験も明らかに向こうが上。

社長は、私も含めて『これからのキタックを作って欲しい』と言ってくれたが、

もし、私が彼らより出来ることがあるのだとすれば、

『キタック』を知っているということなのだから。

どんどん、動かないと。


「じゃ、頼むね、石本さん」

「了解です」


私はそのまま、スタッフたちと打ち合わせをし始める。

『キタック』の1日が、そこからスタートした。





運送業界にも、それなりの業界紙が存在する。

今、現在、人件費にどれくらいがかかり、

トラックを維持するのに経費がどれくらいかかるのかとか、

食料品のメーカーが、単独配送を辞めて、企業同士連携を図れば、

トラックが1台で済むという、新しい形を築こうとしていることなど、

知らないところを教えてもらうことが多い。



『MAKINOさらに拡大へ』



『牧野運輸』が、大きく配送の幅を広げていく戦略を立てているという、特集記事。

私の目は、そのページのひと文字ずつを見逃すまいと読み続ける。

蒼も大学を卒業しただろう。

もっと勉強したくて、大学院に通ったというのなら別だが、

そうでなければ、どこかに就職を決めているはずで。

お母さんの再婚相手のことを考えると、『MAKINO』にいる可能性も……


「何、真剣に読んでいるんだよ」

「あ……すみません」


中村さんに声をかけられた。

私は、『MAKINO』はすごいですよねと、ごまかそうとする。


「間違いなく『MAKINO』はこれからも伸びるよ。
無理なくじっくりと足下固めをしていたからね。広げた時は一気だ」


中村さんは周りの様子を見る。


「その『MAKINO』にとって、まだ完全と言えないのが東京を中心としたエリア。
配送業だからね、全国に裾野を広げていくことが大事で、
弱い部分があると、バランスが崩れやすいし」


中村さんの言葉に頷きながら、『MAKINO』は関西に強いですよねと、

少しだけ知っていた知識を話す。


「確かに、発祥が向こうだからさ。
でも、東北にも北海道にも起点をこの数年間で作ったし、
九州方面も、いくつかの配送業者とタッグを組んだ」


中村さんは、自分の手帳を開き始める。


「今、『MAKINO』は全国制覇に向けて、東京の中小業者をいくつか狙っている。
うちもおそらく候補の一つだ」


中村さんは、その方が『キタック』ももっと、

事業を広げられるかもしれないとつぶやき、メモを1枚破った。


「うちが候補ですか」

「うん。『キタック』は確かに優良企業だと思うよ。企画も宣伝も、
予算からしたらしっかり流れていると思うし。
でも、これからも個人の引っ越し1本では、社長も頭打ちになると気づいている。
実際、俺もそう思うしね」


これからも引っ越しだけ……

確かに1年間、しっかりと仕事を回していくのは、難しいかもしれない。


「中西や松田も同じことを考えている。だから、条件とか、仕事の内容とか、
色々と調べて、どこと手を組むべきか、そのチャンスをうかがっているところなんだ」


業界第2位の『MAKINO』。

そして、外資系の企業で、配送部門に力を入れ始めた『クリニア』。

さらに、業界4位でありながら、元々東日本方面に強く、

積極的に人材をつぎ込む『山際運送』。


「そういう発展的な考えがなければ、俺たちがここに席を置くことにはならないからね」


中村さんはそういうと、『行ってきます』と席を立つ。


「あ……いってらっしゃい」


私は中村さんを送り出したあと、もう一度記事を広げてみる。



『MAKINOのノウハウを植え込む』



『MAKINO』の社長が、さらなる前進をと力強く思っていることはわかったが、

蒼が入社したのかどうか、当たり前だけれどわかる記事はなかった。





「運送業界も大変なんだ」

「そうみたいだね。私は内向きな仕事が多いから、あまりわからないけれど」


定例会と銘打った3名の『女子会』。

会場はちょうど真ん中になる、私の部屋と決まっている。

藍子とみずなは、会社の近くで美味しいお店を見つけたからと、

色々おかずを持ち寄ってくれて、こちらは受け入れるだけという状態。


「みずなはいいでしょう。なんたって『SANGA』だし」

「『SANGA』って言っても、販売店だよ」

「贅沢、贅沢」


みずなは自動車会社の大手、『SANGA』に就職を決めた。

『SANGA』は普通乗用車をメインに作っているが、

配送業界に、多く利用されているトラックを主に作る、『野村自動車』が子会社になる。


「『どこまでも速く行け、野村のトラック』は業界で1番でしょう。
そういう企業との結びつきが、一番間違いないよ」

「そうそう」

「藍子、話すのに、いちいちCMソング歌わなくていいから」


藍子は寝具メーカー『今川』に就職を決めた。

内容は事務のため、毎日数字を見るのが面倒だと渋い顔をする。


「電卓があるでしょうよ、電卓」

「そうなのよ、でもね、私、指が太いとは思わないけれど、
なぜか2つ数字を打ってしまうことがあって、よく失敗するの」


藍子は、特に多いのが5と6だと笑う。


「それ、指が太いんだよ」

「あ、どうしてそういうことを言うかな、みずなは」


社会人になっても、3人で会ってしまうと、すぐに時間が戻っていく。

子供に戻ったり、大人のコメントをぶつけてみたり、楽しくておかしくて。


「そう、そういえばこの間、営業所が騒がしくなって。何が起きたのかと思ったら、
『SANGA』の社長のお嬢さんが来たのよ」

「社長の娘?」

「そう、『北島里穂(りほ)』。『聖蘭女子』を出ているんだよね、まぁ、びっくり」

「何よ、みずな。社長の娘さんの名前、知っているの?」


私は思わず聞いてしまった。


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