5 視線の針 【5-1】

5 視線の針

【5-1】


「今までの実績があるので、『MAKINO』からも提案されたとおり、
『キタック』の名前は残ります。これからは私たちプラス、
『MAKINO』の社員が力を合わせて、業界のトップを目指すように、
戦っていきたいと思います」


ここに『MAKINO』の社員が来る。

その社長の発表に、中西さんや松田さんは少し不満そうな顔をした。


「社長、向こうから人を送り込むと」

「うん……それは『山際』からも同じ条件を出された。
互いに人を入れていくことで、新しい感覚が生み出されると言われてね。
現在、東京で展開している『MAKINO』の支社には、
別企業から出向している社員も、結構いるらしい」


相手のいいところを受け入れ、新しい形を作り上げていくことが重要だと、

社長は言ってくれる。

大手の締め付けから抜け出てきた松田さんや中西さんは、

また、『MAKINO』という企業に、締め付けられるのではないかと少し嫌な顔をする。


「弱気になるなよ。いいじゃないか、来たいと言うのならくればいい。
こちらだって、色々考えて今を迎えている。相手がどう出てくるのか、このさい、
見定めてやろう」


中村さんは、来るべき相手が未熟な人間なら、

逆に仕切ってやろうと強いコメントを出し、松田さんたちを励まそうとする。


「まぁ、そうだよな」


いいようにされたら困るという気持ちで、迎え撃とうと3人がまた一つになった。

そんな話を、私は少し離れた場所にいる気分で聞いている。



『MAKINO』



蒼は、この会社に入ったのだろうか。



今、何をしているのだろう。





年明けには明らかになるだろうという情報だけをもらい、私は年末実家に戻った。

少し年を取って、動きが鈍くなった祖父母をこたつに座らせて、

母と二人、それなりに掃除を始めていく。


「お母さん、このへんのもの、捨てていいよね」

「あ、ちょっと待って」

「また待てなの? 進まないけれど」


もったいないが口癖の母は、何でもすぐに残そうとする。

『捨てることはいつでも出来る』というが、その『いつ』がいつなのか、

全くわからない。


「必要なものなら、こういうところに引き出しがあるのだから、
ちゃんと入れないと……」


何気なく引き出しを引くと、病院の領収書があれこれ出てきた。

私は祖父母かと思い、名前を見る。



『石本香代』



母の名前。



「お母さん、ねぇ」


私は1枚を持つと、母のところに向かう。


「これ、どうしたの。どこが悪いの?」


私は手に持った領収書を上下に軽く揺らし、気づいてもらおうと音を出す。

検査とだけ書かれているため、何をどうしたのかがわからない。


「あぁ……うん、たいしたことないの。ちょっと心拍数が上がるから、念のため」

「心拍数? やだ、大丈夫なの?」

「大丈夫よ、検査したのだから」


母は蛇口をひねると、数枚の皿を洗い出す。


「ねぇ、本当に平気なの?」

「本当よ」


確かに、母の様子がおかしいと思ったことはないし、

今も元気に動いてくれている。これ以上、繰り返していても仕方が無いと判断し、

私は『そうなのか』と主張を認め、領収書を引き出しに戻す。


「ねぇ、悪いところがあるのなら、これからもきちんと診てもらってよ」

「わかっています」


母はそういうと、煮物の味を見てと、私を手招きした。





新しい年を迎え、東京に戻った。

久しぶりに入った部屋は、ある意味、賑やかな外よりも寒々しくて。

すぐに暖房を入れて、こたつに入る。

あたたかくなるまで上着を脱ぐことも出来ず、とりあえずテレビをつけた。

正月の番組もすでに終わり、

『そろそろみなさん現実に戻りましょう』と訴えかけるような、

ニュース番組が流れ出す。

自分の呼吸の音も、聞こえてくるような感じ。

ここにいて、一人でテレビを見ていても、寂しいなんて考えなかったのに、

人のぬくもりや、笑い声は、どんな暖房器具よりもあたたかいのだと、あらためて思う。


「ふぅ……」


母に持たされたミカン。

なんとなく皮を剥きながら、口ずさんでいたのは……

『清廉高校』の校歌。




川の流れ、木々の香り、

時が夢を実らせ、風が思いを運ぶ。




歌っていた頃には、意味を考えたことなどもなかったのに、

なんだろう、懐かしさとともに、気持ちが新しくなるような気がする。


明日、『MAKINO』の人が来る。

そんなことを思いながら、私は最後まで歌いきる。


「忘れてないんだね、なぜか……」


私はみかんの皮を剥きながら、今度はハミングし始めた。





『MAKINO』との正式な作業協力は4月以降になるらしいが、

『キタック』が、新しい歩みを始める日という点では間違いなかった。

私たちはいつもより早く出社し、相手を待つ。

『MAKINO』からはとりあえず、仕事を進めるために、

2名が来るという話だけは聞いている。

どんな人なのか、男性なのか女性なのか、それすらもわからない。


「あ……来た」


3階の事務所の窓から見ていた中西さんが、車が止まった、車から降りたと、

細かく声に出し、『2人とも男だ』とメイン情報を明らかにする。

松田さんも気になったのか、自分のデスク前から動き、

どんな感じだとすぐに窓から覗いたが、私はあえて動かないことにする。

数秒前にのぞいでも、数秒後に頭を下げても、同じこと。

階段を上がる音がし始め、最初に社長が姿を見せた。

私たちは頭を下げて、そして顔を上げる。





顔を……





「どうぞ」


男性2人は、私の前を通り、社長の横に並ぶ。


「おはようございます。『MAKINO』から来ました、古川です」


自分の心臓の揺れがあまりにも大きく、心も身体もバランスを保つのに必死だった。


【5-2】



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コメント

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No title

だよねと思いながら、読みました
ますます、楽しみです

やはり

てまりさん、こんばんは

>だよねと思いながら、読みました

ですよね(笑)
ほとんどの人がそう思っていると。
ある意味、ここからスタートとも
言えるお話です、
このまま、お付き合いください。

なのよ

なでしこちゃん、こんばんは

>期待した展開なのに(おそらく)私もドキドキ……

だよね。『きたか』と思っているはず、みなさん。
ある意味、ここからスタートなのよ。
よろしくです。