5 視線の針 【5-2】

【5-2】


蒼……





全員がその時に合わせ、頭を下げたのに、私はそれが出来なかった。

『また会いたい』と願った言葉が、今、この場で現実になる。


「今日から、しばらくみなさんと仕事をすることになりますが、
必要なことは、こちらからその都度、指示をさせていただきます」


蒼の言葉に、どういうことだろうかとみんなの視線が泳ぎ出す。


「『キタック』が何を考えるのか、どうしたいのか、
色々とご意見があるのはわかりますが、今の段階では情報は必要なものだけで結構です。
妙な気の回しは必要ありません。こちらから求めたものだけにして下さい」


蒼の視線は、メンバーに少しずつ動く。


「基本的な方針は、『MAKINO』として出来上がっていますので、
まずはそれを受け入れていただきます。時間には限りがありますので、
4月に間に合わず、仕事が流れないなどということがないように、
手際よくお願いします」


蒼は、私にとって『世界一の笑顔』を持つ人だった。

後輩にも人気があり、姿を見せたら、その場の空気がすぐに変わるような、

そんな力を持っている人だった。

こんなふうに、機械的に淡々と話し、追求や要求など全てを跳ね返すような言葉を、

聞いたことがなくて。

このタイミングで、ドライバーリーダーの鶴田さんが、3階に上がってくる。


「古川さん、このメンバーが今のうちの中心です。それぞれ名前を」

「はい」


自己紹介……

社長と副社長は、数回顔を合わせているからと言う理由で、省略される。

鶴田さんが年長者と言うことで最初に話し、そこから中村さん。

さらに、松田さん、そして中西さんと続く。


私は……


「じゃ、最後に、会社の経理や事務仕事を担ってもらっている、
奥村さんと石本さん」

「はい……」


ベテランの事務員、奥村さん。

今年の10月で退社し、ご主人と一緒に田舎暮らしをするのだと、横で話している。


次は私。


古川さんと実は同級生ですと言ったら、場が和むのだろうか。

そう考え前を見ると……




私の動きに合わせてきた蒼の目が、

その向けられた視線が、あまりにも冷たく思えて……




「この3月で、入社してやっと1年の石本風音です。よろしくお願いします」


こんな挨拶しか出てこない。


「わかりました」


蒼は自分と一緒に入ってきた男性を、『清川』と紹介した。

清川さんは私たちに対して、黙って頭を下げる。

あっけない自己紹介に、『お前、風音だろ、何言っているんだよ』と、

笑ってくれることもなく、予想外に緊張した空気のまま、朝礼が終了する。


「それでは、早速仕事に入らせていただきます。
『キタック』に、現在、籍を置いている人たちの名簿は全て目を通したつもりですが、
チェックしたい箇所もありますので、登録名簿をもう一度出していただけますか」


『登録名簿』

ドライバーや、引っ越し助手のパート主婦たち。

『キタック』が『MAKINO』と仕事をしていくと決めた時から、

名簿は出して欲しいと言われていたので、すでに提出したことは知っていたが、

さらにチェックをという言葉に、何か嫌な予感がし始める。


「石本さん」

「はい」

「営業所全ての契約者名簿、出してあげてください」

「はい」


契約者の名簿。

正直、提出項目に響かないデータは、弾いている箇所もある。

細かく見られたら、印象も変わるかもしれない。


「ドライバーのみなさんは、本来の仕事をしてくださって結構です」


蒼の台詞に、鶴田さんはそれならと頭を下げ、部屋を出て行ってしまう。

蒼は自分のバッグを開くと、あれこれファイルを取り出した。

その間、『キタック』の社員達は、黙ったままになる。


「申し訳ありません。営業職の方も、普段通りの仕事を始めてください。
こちらにいる中心社員の方と、他の人員とは、うちもハッキリわけていますので」


それはそうだろうという中村さんの顔。

私たち、普段3階で仕事をこなすメンバーは、新しい組織に加わることが決まっている。

ということは、これから名簿を見て、選別していくのだと、

宣言されていることは明らかで。



『MAKINO』と『キタック』



資本金も従業員数ももちろん違う。

だから、同じ条件で仕事をするとは思っていない。

でも、蒼の年齢は私と同じはず。

いくらいい大学を出ても、入社2年目だろう。

だとしたら、ここにいるみなさんは年上。

いや、先に降りた鶴田さんだって、父親に近いくらいの年齢だ。

大きな企業から来たと言っても、もう少し、人生の先輩方に対する、

話し方があるのではないだろうか。


「基本的な形を決めて、4月からは新体制でと思っています。
みなさんから見て、この先も残したい人がいると言う方は、推薦という形で、
きちんと提出してください」


蒼の台詞に、空気がざわつき出す。


「あの、残したいというのは、私たちに下で作業をするメンバーの仕分けをしろと
いうことですか」

「当然です」


中村さんの目が、瞬間的にきつくなった。


【5-3】



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