5 視線の針 【5-3】

【5-3】


「それは……」

「一緒に、仕事をしてきたのはみなさんですから。
私よりも、個別の能力も理解しているはずです」


蒼は、全くひるまない。

初めて来た場所、初めて話す人たち、どちらかと言えば敵陣に近いはず。

それなのに、戸惑いも、照れも、焦りも見えないくらい、冷静で。

そして……


「誰が戦力で、そうではないのが誰なのか、考えていただかないと。
私の仕事はハッキリ言って、人員整理です。
今の状態では、とてもスリムに経営が出来ない。無駄なところは今のうちに、
しっかりそぎ落としましょう」


『人員整理』

『そぎ落とす』


初めて来た会社の中で、蒼が話したのは、いきなり『人を切る』と言うこと。


「古川さん、ドライバーに関しては、現状そのままだと、話しあいで……」

「そのままですよ、条件をきちんと受け入れることが出来るのなら」

「あ……あの……」

「『MAKINO』はただ、やたらに人を切ると宣言しているわけではありません。
荷物は増えているのに、人手不足と言われている時代ですし、確かにその通りです。
しかし、不満がないように多い人数を束ねるには、
説明のつかない例外があってはならない。これは、うちの基本方針です」


社長の顔。

雰囲気を見ても、そこまでの話は出ていなかったのではないかと思えてくる。


「古川さん」


社長の動揺を見抜いた蒼の態度に、副社長になる河石さんが思わず声に出す。


「私たちは、『MAKINO』に飲み込まれたわけではないはずですが」


そう、私たちは一緒に仕事をすることで、互いにプラスに向かうと思っている。


「あらためて言われなくても結構です。それはわかっていますから。
しかし、『キタック』は、安定した仕事を得ること、
そして『MAKINO』はすでに出来上がっている企業のノウハウと、
実力のある社員を得ること。それが互いのプラス面です。
だからこそ、今日が来ているのではないですか」


最初こそ、蒼が入ってきたことに気付き、驚きの方が勝っていたけれど、

話を聞いているうちに、言葉を受け止めているうちに、

これ以上、黙っていることなど出来ないという気持ちが、湧き上がってくる。

副社長の言うとおり、

私たちは『MAKINO』に何もかもすがっているわけではないのだから。


「古川さん」


『蒼』ではない呼び方、初めて呼ぶ。

あいつの目が、私を見る。


「初めてここへ来て、まだ会社の内容も何もわからないのに、
いきなり人を切るってどういうことですか。名簿を提出というお話の時にも、
そういう目的だとは聞いていません。どんなふうに彼らが仕事をしていて、
うちの会社が、その力をどう使っているのか、全く見ていないのではないですか。
まずはそれを見て、それから考えることだと思います」


言ってやらないと、気が済まなかった。

有名大学を出て、優秀なのかもしれないが、かっこつけるのもいい加減にしろ。

お前は、何様だ。


「内容がわからない……」

「はい。わからないからこそ、名簿を見て……」

「人の言葉に過敏な反応をする暇があるのなら、
あなたこそ、もう少し考えたらどうですか」


『あなたこそ』って、何その……冷たい言葉。


「考え?」

「石本さん、今、お仕事は経理も含まれていると言われましたよね。
それならば、人件費がどれほど会社に負担をかけるかもご存じでしょう。
ドライバーという立場の彼らは、荷物を運ぶことが仕事です。
極端なことを言えば、機械のように、常に変わらない安定した勤務を維持できること、
それが一番優秀です」


目の前にいるのは、本当にあの蒼だろうか。

人のことなど、人とも思わない、機械のように動けばいいという冷たい言葉が、

一番似合わない人だったのに。

いつも人に囲まれて、その中心で輝いていたあいつは……


「すでにここへ来て30分以上が経過しています。申し訳ないですが私は……」


蒼の私のやりとりの中で、ここへ一緒に来た『清川さん』が、

先に部屋を出て行ってしまう。


「とにかく4月まで時間がありません。すぐに取りかかります」

「まだ、話を終えてはいません。彼らは運ぶことだけが仕事ではなくて、
お客様のことを考えて……」


私の訴えの途中で、蒼が手に持ったファイルを、無造作に置く音がした。

『黙れ』と指示された気がして、さすがに声が止まる。


「そんな初歩的なことを、ここでアピールされないとならないのですか。
もう一度だけ言います。『MAKINO』は『戦力』を受け入れます。
言いたいことはそれだけです」


ダメだ……言い返せない。


「形は決まっていますので、とにかく始めましょう」


蒼の登場で、今までにはなかった最悪の雰囲気が漂う。

それでも私は、名簿を管理する社員として、蒼と向かい合わないとならなくなった。




懐かしい思い出も、美しい日々も、『世界一の笑顔』も思い出せないくらい……




あいつの目は、冷たくただ、そこにあった。





「名簿です」

「ありがとうございます」


中村さん達は指示された通り営業活動のため、外へ出てしまい、

残されたのは社長と副社長、そして奥村さんと私、蒼の5人になる。


「古川さん」

「はい」

「今回、『MAKINO』の傘下に入るという簡単な説明を、
下にいる社員達には伝えてありますが、実際いらしたことがわかっているので、
これから何が起こるのかと浮き足立っています。一度、下に降りてきますので」

「わかりました、構いません」


『MAKINO』との正式な活動開始は4月。

つまりその前に、こちらの状態をスッキリさせたいというのが、

蒼がここに来た目的。

社長が扉を開けて、副社長と一緒に部屋を出て行く音がする。

奥村さんも銀行に入金があるからと、その後、部屋を出て行く。



思いがけず残された私たち。

蒼は黙ったままで、名簿をめくっている。



『また会えたら』と、成人式の会で、私は声をかけた。

でも、こんなふうには会いたくなかった。

感情が入り乱れて、とにかく居心地が悪い。


「ふぅ……」


蒼のため息。


「最初に出していただいた名簿と、ずいぶん中身が違いませんか、これは」


やはり気づかれた。

勤務状態も、条件も、ウソにならない程度、きれいに整えている。


「これでは動けません。A、B、Cと勤務状態、条件で3つのランクに分けてください」

「A、B、C?」

「今もトップラインで活動してくれている社員がA。
そこから現在は少し欠けていても、これから条件を提案し、
現在のトップと同じように仕事が出来る契約になる人がB。
企画から外れる人間は、全てCです」

「Cは……その言い方だと、辞めさせろと言うことなの?」


ここには今、二人だけだと思い、つい、日常会話のような言い方をしてしまう。


「当然です。グループ企業となるからには、『MAKINO』の基本を、
受け入れてもらわないと」


蒼の言い方は、全く崩れなかった。

私は、『わかりました』とは言いたくなくて、口を閉じる。

『ABC』という切り方には、到底納得いかないから。

ここは『キタック』なのだ、『MAKINO』ではない。


「はぁ……」


黙っている私の前で、蒼から漏れていく空気のような声。


「……風音」

「エ……」


名前を呼ばれるとは思わずに、予定外の慌てぶりで蒼の顔を見た。


【5-4】



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コメント

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No title

この展開、面白すぎる〜ヽ(^。^)ノ
ツンデレ、大好き❤
更新される明日まで長すぎる……

ありがとう

なでしこちゃん、こんばんは

面白いと思ってもらえたら嬉しいな。
これからも、コツコツ続けます